記事提供:TOCANA

世界は毒で満ちている。

フグ毒、TTX(テトロドトキシン)の構造は、赤潮の原因となるプランクトンが生産するゴニヨートキシンなどと同じで、かつ毒性も似たり寄ったり。前回は、そうした毒がさまざまな動物の体内を行き来しているという話をしました。

今回は、体内に入り込んだTTXがどういったことをして、毒性を発揮するのかを見ていきましょう。フグ毒とトリカブトの毒は実はライバル関係にある!? なんてこともわかってきます。

●覚えてるかな? ナトリウムチャンネルの仕組み

トリカブトの毒を紹介した際にも説明したように、私たちの神経は、神経細胞同士がシナプス(細胞と細胞の間で化学的な情報伝達を行う)でつなげられたネットワークを構築しています。

その神経細胞の軸索(突起)は、細胞の外にあるナトリウムイオンを、ナトリウムポンプという燃費の悪いシステムを使って出し入れして、脱分極/再分極を繰り返し、情報の伝達効率を上げようとしています。

つまりこの軸索には、ナトリウムの能動的な出入り口が存在するわけですが、トリカブトの毒・アコニチンは、このチャンネルを開きっぱなしにすることでナトリウムの流入を止まらなくして、それが心臓などの中枢まで至ると命を落とすことになります。

しかし、今回解説するTTXは、このナトリウムチャンネル自体に蓋をしてしまう毒なのです。

これではナトリウムが入ってこなくなるので、興奮刺激は止まり、神経の電気的な情報伝達自体も止まってしまいます。ゆえに、症状としても心拍は弱まり、感覚も鈍り

「ゆっくりして逝ってね!」

となるわけです。ようするに、TTXはトリカブトの毒と真逆の働きを持つ毒ともいえるわけです。しかも、人間の致死量も極めて近く、まさに「海の幸、山の幸」ならぬ、「海の不幸、山の不幸」の関係性。

では、この2つの毒を併用するとどうなるのでしょう? それを実行し、完全犯罪を試みた、歴史的にも極めて珍しい“まさかの事例”があるので紹介しましょう。

●トリカブト保険金殺人事件

1986年(昭和61年)、沖縄の那覇空港に到着した夫婦。しかし、個別行動中に妻が突然中毒死するという事件が起こり、司法解剖が行われたものの“急性の心停止”ということしかわかりません。

しかし、不審に思った担当医は血液を冷凍保存し、数年後に再調査を行うとアコニチンが検出されます。さらにその間、夫は莫大な保険金を受け取るために保険会社と裁判を行っていたことも判明。

しかも、2人の前妻も同様に心不全で死んでいるという事実が明るみとなり、この夫がトリカブトを用いて計画的な殺人に及んだのではないか……との疑惑が噴出、大ニュースとなりました。

ところが、トリカブトの毒(アコニチン)は服毒後20分程度で発症する即効性の毒。この事件では、妻と男性は別行動中に死亡している。つまり、妻がトリカブトで殺害されたならば、夫にはアリバイがあることになるのです。

これが警察をもっとも悩ませ、かつ夫を疑っていた保険会社も困惑する、崩せない証拠の壁となっていました。

ともあれ夫は、会社の横領罪で逮捕され、その後の身辺調査で大量のクサフグを購入していたことが判明します。そして、再調査によって冷凍保存されていた血液からアコニチンだけでなくテトロドトキシンも検出されます。

そう、今回のお題「テトロドトキシン」がトリックとして使われていたことがわかったのです。その実態は次のようなものでした。

夫は、妻が普段から服用していた薬に、自ら調合したお手製の毒薬を混入して飲ませていました。その毒薬こそ、クサフグの卵巣と肝臓から取り出したテトロドトキシンと、トリカブトから抽出したアコニチンの合剤です。

この2種類の毒を混合することで、一旦は体内で拮抗状態が起こるため、毒性は生じなくなります。しかしその後、片方の毒が生分解を受けて消失してくると、両サイドに高荷重を乗せていたシーソーの一方が軽くなったように、たちどころに毒が発動し急変します。

これは、時間差のトリカブト中毒を起こすことで人間を死に至らせるという極めて巧妙な犯罪でした。毒物事件史の中でも類を見ない計画的犯行で、夫はマウスを使った実験で、繰り返しその最適な分量を計算し、犯行に用いていたのです。

しかし、月々40万円という保険の高額な掛け金や、前妻の不審死などもあって、夫の犯罪は暴かれました。それは、保険会社が身辺調査を行い、警察や法医学者とも連携した成果だったともいえるでしょう。

その後の裁判で、夫には無期懲役の判決が下されました。単に殺人目的であれば、いまだ真相は闇の中だったかもしれません。


【これまでの猛毒一覧】

・ 青酸カリ「前編」「後編
・ リシン「前編」「後編
・ クロロホルム「前編」「後編
・ 一酸化炭素「前編」「後編
覚せい剤前編」「中編」「後編
・ トリカブト「前編」「後編
・ タリウム「前編」「後編
・ ドクウツギ「前編」「後編」
ヘロイン前編」「後編

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