「おかえりー!!」「待ってたよ!」

2016年5月11日、彼らが帰ってきた。THE YELLOW MONKEYの再結成ライブの初日、満員の代々木第一体育館は喜びの笑顔と涙に包まれた。注目の1曲目は「プライマル」。2001年の活動休止後に発表されたラストシングルで幕開けという憎らしい演出だった。以降も勢いそのままに数々の名曲を演奏し、会場を沸かせ続けたメンバー。

そんな彼らがここまで待ち望まれる存在となるに至り、これまでにも多くのターニングポイントがあっただろう。今回紹介するのはTHE YELLOW MONKEYがブレイクするきっかけとなった楽曲である。

あの時、あの曲。

#7 「太陽が燃えている / THE YELLOW MONKEY」

出典www.amazon.co.jp

95年に発売された8thシングル『太陽が燃えている』は、アルバム「FOUR SEASONS」の先行シングルであり、この曲でデビュー初となるオリコンチャートTOP10入りを果たした。ファンからも根強い人気があり、2013年に行われた「イエモン-FAN'S BEST SELECTION-」の投票では14位を獲得した。

出典 YouTube

92年にメジャーデビューしてから3年間は思ったように評価されなかったTHE YELLOW MONKEY。メンバーは日々スタッフと共に方向性についてミーティングを重ねていた。その場で、ディレクターであった宗清裕之はこう質問した。

「10万枚で終わるか、オリコン1位を目指すのか」


これに対し、メンバーは「オリコン1位」と返答。これをきっかけに売れる楽曲作りに路線を変更した。その年リリースされた「Love Communication」はオリコンTOP30入りを果たし、「追憶のマーメイド」がTOP20入り。そして『太陽が燃えている』がTOP10入りとなり、着実に人気ロックバンドとしての地位を高めていった。どっしりした演奏に乗るメロディの親しみやすさは、売れ線を狙って本当に売れてしまうほどに人々を惹きつけるものがあった。

そして音楽はもちろん、ルックスにも注目が集まった。彼らの華々しさは当時どれほど異彩を放っていたか。それにはどうやらあのレジェンドが関係しているらしい

デヴィッド・ボウイの色気を継ぐ男、吉井和哉

音楽もビジュアルもとにかく華があり、昨今ではあまり見られない男らしさも兼ね備えるヴォーカルの吉井和哉。彼から醸されるセクシーさはデヴィッド・ボウイに似ている。それもそのはず、吉井はボウイのファンだと公言しており、初期イエローモンキーのライブスタイルや衣装には特にその影響が強く出ていた。ステージの映像を見ては表情や顔のシワまで研究して真似していたのだそう。

Licensed by gettyimages ®

デヴィッド・ボウイは英国のマルチ・ミュージシャン。2016年1月10日逝去。世界中の音楽ファンが彼の死を悼んだ。

派手な衣装と化粧で中性的とも言えるルックスは、70年代に流行したグラムロックへの憧れからであり、重厚で骨太なサウンドもボウイやT.REXを感じさせる。

グラムロックは真正面なロックンロールにビョーキ的な暗さを加えたような面を持つ。第三次バンドブーム全盛の90年代中期、グラムロックを下敷きにするイエモンはそのブームからは一線を画す存在だった。180cm前後の高身長で派手な見た目のメンバーから漂う普通じゃない感もそうだが、吉井節とも言える楽曲の独特な雰囲気が特徴的だった。

ではなぜ、私たちはそのように感じていたのだろう。その理由は吉井の少年時代まで遡る。

歌謡曲に親しんだ少年時代。イエモンサウンドの源流とは

吉井の家は両親の趣味で、さまざまな種類の歌謡曲が常に流れているような環境だった。ムード歌謡、ラテン歌謡、民謡などのレコードを聴いて育ち、自身はフィンガー5ピンク・レディー沢田研二を好んで聴いていたそうだ。

歌謡曲は外国音楽のテイストを日本人の解釈で再構築したものが多く、演奏は外国風でメロディーは日本風となる傾向が強い。吉井の楽曲はその歌謡曲シーンの特徴をロックに昇華させている。イエモンの鋭いロックの中にどこか懐かしさ切なさを感じる人は、日本人として心地良いメロディーの感覚を吉井と共有しているのだろう。

2014年に昭和歌謡曲をカバーしたアルバム「ヨシー・ファンクJr.~此レガ原点!!~」、2015年には『ヨジー・カズボーン~裏切リノ街~』を吉井和哉ソロ名義でリリースしている。このアルバムを聴いてみてもやはり吉井と歌謡曲の親和性がよくわかる。

出典 YouTube

青春時代 / 森田公一とトップギャラン (1976年)のカバー。

このような音楽的基盤を持ち、日本を代表するバンドとなったTHE YELLOW MONKEY。サイケな格好にフェロモンたっぷりのヴォーカル、それを支えるストレートながら粘り気を感じさせる演奏は、90年代の音楽史としてもカテゴライズが難しかった。「イエモン」というジャンルであるかのように孤高という言葉が似合っていた。

“悲しみの雨がやみ 希望の空の下で 孤独の服で着飾った 君の手を強くつかんで”

出典THE YELLOW MONKEY『太陽が燃えている』

『太陽が燃えている』の歌い出しの歌詞。同楽曲には他にも「暗い夜空に朝日がのぼるだろう」「キズも涙も今は捨ててしまおう」「いくつもの夜を越えて」のように希望を感じさせる言葉が散りばめられている。

2001年の活動休止、2004年の解散を発表してから12年。長いあいだ復活を待ち望まれてきた中でついに再結成を果たし、新曲「ALRIGHT」も発表。全国各所を回るツアーを敢行し、来年にはドキュメンタリー映画も決定している。

当時のブレイクから今も変わらず唯一無二の輝きを放つ彼らは、幅広い世代のロックファンと音楽シーンを太陽のように明るく照らしてゆくことだろう。 

この記事を書いたユーザー

Spotlight編集部 なーろ このユーザーの他の記事を見る

分野を問わずなんでも飛びつく雑食な人。うんちくを収集しがちで、会話の中でナチュラルに差し込めるよう、大縄跳びが苦手な人みたいにタイミングをうかがっています。

得意ジャンル
  • 音楽
  • 動物
  • カルチャー

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス