◆ 手練手管(てれんてくだ)とは?

[花魁]-麻優
by Chris Photography(王權)

吉原をはじめとした歓楽街で働いていた遊女達。見世(店)への借金を返す為、多くの贔屓客を抱える必要があった彼女達は、あの手この手で多くの男性を自分の虜にしていました。それを手練手管(てれんてくだ)と言っていたそうです。

手練手管とは、遊郭の「さと言葉」といわれる、いわゆる業界用語から起こった言葉です。 遊女がお客の気を引き、意のままに操るテクニックのことをいいました。 そこから派生して、現在では「人を騙すために用いるテクニック」などの意味に使われるようになっています。

出典 http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp

出典 http://www.immortalgeisha.com

遊女の中には器量(容姿)だけではなく、手練手管で花魁にまでのしあがった遊女も多くいたんだそう。また、手練手管にたけた遊女は男性客だけではなく、自分が抱える禿をはじめとした子供や女性をも意のままに操る事が出来たそうです。

女郎はな 思ったとおりのことを客に言わせることができるんじゃ。
それを手練手管と言うんじゃ

出典さくらん(安野モヨコ)

◆ 客を繋ぎとめる為に必要な技だった

Samurai Film Studio Turns Into Edo Period Bar
by Ryosuke Yagi

一晩を一緒に過ごした客を翌朝送り出す時に、客が「また来よう」と思わせる為、様々な別れ方の演出を遊女達は見世(店)から叩き込まれます。

いかにも客が帰るのが惜しいようなさみしげな態度を示したり、客の背後から着物を着せるときに抱きついたりするなど、様々な演出をほどこしつつ別れを惜しんでいました。

Samurai Film Studio Turns Into Edo Period Bar
by Ryosuke Yagi

客側も、例えそれが遊女の演技だと分かっていても、騙されていると分かっていても、また通おうという気持ちになったんだそうです。このあたりは、昔も今も変わらないですよね。現代でもキャバクラ嬢がテクニックとして使っていそうです(笑)。

今回はそんな、現代でも使えそうな遊女の手練手管をご紹介します。もちろん、そのまま使えるとは限りませんが応用はできるかも知れません。

01:口説(くぜつ)

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口説はくぜつ、くぜちとも読みますが、くどきとも読めます。その通り、くり返して説くという意味の動詞(くどく)の名詞化であり、口先だけのもの言いや男女間の痴話げんかを意味する事もありました。

まるで男性客に本当に惚れてしまったかのように、遊女達は口説をうまく使いこなし、男性客を自分に引き付けていたのです。

『傾城は まことらしげに 嘘をいい』 と川柳にもあるように、遊女たちの「まこと」を「真実」と思う客はいない。それはウソだと客は分かっていた。だが、分かっていながらも信じたくなるところ に吉原の魔力があったのである。

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02:髪切り

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髪は女の命、と言いますが、その大切な髪の毛を男性客にわざわざ切らせた上で渡していたという方法です。自分自身の分身、という意味が込められており、「いつもあなたと一緒にいます」という意志表示になっていました。

遊女だけではなく、ドラマや漫画のエピソードでも自分の髪の毛を相手に渡し、渡された相手は大切にハンカチに包んだり懐中時計に入れたりして肌身離さず持ち歩く、というシーンは多いですよね。

遊女自らの髪を切り、客に渡して誠意を示す方法である。ただし、切るときは遊女が自分で切るのではなく、客に切らせる。客に切らせることによって 共犯的な意識を持たせるのである。

切り取られた髪の毛は、いわばその遊女の分身であり、客に持たせることによって、いつでも一緒にいるという気持ちにさせるし、体の一部という意味 で誠意も高まるのである。

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03:放爪(ほうそう)

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意味合いとしては髪切りとほぼ同じですが、髪の毛は切っても痛くもなんともありませんが爪は痛いですよねえ…。それだけ、価値があがるという意味でもありました。あなたのためならこれくらいの痛みは平気!というアピールですね。

ただ、さすがに何枚も爪を剥ぐ訳にはいきませんので、長く伸ばした爪を渡すなど、ある程度の細工はやはりなされていたようです。

遊女自ら爪を剥ぎ、客に与えて自分の気持ちの強さを表す方法である。髪切りに比べ、爪を剥ぐという行為はかなりの苦痛を伴う。それにより、自分の 気持ちはこんなにも強いのだということをアピールしたのである。

しかし、本当に爪を剥いだわけではなかった(中にはいたかもしれないが)。まだ客を取らない妹分の振袖新造の爪を伸ばさせ、長くなったところを切っ て、いかにも自分の爪を剥いだように見せかけた。

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04:指切り

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まるでヤクザの指詰めのような指切りですが、髪の毛、爪よりもさらにランクアップという事ですね。小指の第一関節が多かったそう。 遊女にもそれなりの覚悟がいる為、男性客もそれを受け入れる心構えが必要でした。

しかし、実際に指を切った遊女は少数です。死体の指を使ったり、まるで本物のように作られた偽物の指を使う遊女もいたそう。指は生えてきませんからね…。

小指と小指をからめて「指切り、拳万、ウソついたら・・・」という約束方法、いわゆる「指切り」もここからきている。気安く小指と小指をからめているが、 本当に小指を切るということは忘れられているようである。寂しいことだ(?)。

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そうだ…きよ葉 てめえにやってもらおうか
この指をあの人に送って誓いをたてるのさ

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05:起請誓紙(きしょうせいし)

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いわゆる、現代でいうところのラブレターです。起誓文、誓詞とも言われ、遊女が誓いの言葉を文章にしたため確認する事を指していました。いくら口で「お前さんしかいない」と言ったところで、男性客はなかなか信用しなかった為、遊女は神に誓い、その証拠として起請文を作っていたのです。

ただし、普通の紙に書くだけでは意味がありません。熊野神社が発行する「熊の牛王」という用紙が使われていたんだそうですよ。

これは熊野神社が発行する厄除け護符の一つだが、その裏面には何も書いてなく、 そこが起請文として使われる。一枚の起請文を遊女が書いて客に渡すのが一般的だが、同文三枚を作り、互いに一枚ずつ所持し、もう一枚を熊野神社 に奉納するという、手の込んだ方法もあった。

さらに、書くだけでは納得しないという客に対しては、遊女自らが起請文に血判を押して、その信用度を高めた。指を切り、その血で印を付けるというの は、最高の誠意を表す方法だったからである。

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06:刺青

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これも指切りと同様に、一度やってしまったら二度と元には戻らないため、男性客を信用させるには絶大な効果があった方法です。「○○さま命」というように、男性客の名前を入れ墨していました。まず、男性客に二の腕に筆で書かせ、その筆跡を針などで刺すと墨が皮膚内に入り、入れ墨ができあがります。

中には偽の入れ墨もあった。ただ墨で書いてもらうというものである。ニカワを混ぜた墨でそれらしく書いてもらうと、簡単には落ちない。それを客にちらりと見せるのである。 

本物の入れ墨をしてしまった場合、それを消すことを「火葬」あるいは「腕の灸」という。入れ墨部分に灸をすえて焼き消すのである。本物の彫り師に彫 らせたものではないだけに、多少熱い思いをすればきれいに消えた。

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07:手紙

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花魁が頭を抱えて手紙を書く様子(『新板錦絵当世美人合』「秀佳きどり」歌川国貞 画)の拡大画像

遊女は1日に何人もの男性客を相手にします。いちいち本気になっていては彼女たちの身が持ちません。そこで、手紙を書いて自分の気持ちを男性客に伝えるという方法も多く取られていました。キャバ嬢のメール営業の原型とも言えるでしょう。

手紙は送るタイミングが重要!遊女は男性客が帰った4~5日後に手紙を送ったと言われています。それは自分の事を忘れないで貰う為に最適なタイミングだったんだそう。男性客は手紙を受けとった瞬間、忘れかけていた遊女との楽しい夜が思い出された事でしょう。

二十日すぎ…文で追っかけ追んまわし
天下の三雲も年末はさすがに無心の文をよこしたな

出典さくらん(安野モヨコ)

花魁でも苦しくなる年末は、贔屓の客に手紙をよこしてお店へ呼んでいたみたいです

08:お見送り

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帰ろうとするお客に羽織を着せようとしている遊女(『青楼十二時 続』「卯ノ刻」喜多川歌麿 画)の拡大画像

楽しい一晩を過ごした翌朝、男性客を見送る際にちょっとしおらしく、寂しそうに振る舞いながら今でいうところの玄関(見世の入り口)まで遊女は出て男性客をずっと見送っていたそうです。心理的に、見送られた側や切り上げられた側はいつまでも別れのシーンを覚えており、名残惜しさもより強く感じるんだそうです。

10:心中

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年季があけるまで遊女の仕事をやめられなかった彼女達は、大好きな男性客と一緒になるためには心中という方法しかありませんでした。つまり、これは恋愛テクニックなどではなく、本当の遊女の愛情表現でもあったのです。

また、その逆に遊女に本気になりのぼせあがった挙句に、遊女を殺してしまうという男性客もいたんだそう。

究極の愛情表現の心中です。 吉原の外に出られない遊女は間夫と一緒になるためには死ぬしかなかったのです。

出典 http://www.geocities.jp

◆ その他に気になる遊女のアレコレ

陰毛のお手入れ

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体が商売道具でもあった遊女達は、もちろん下半身のお手入れにも余念がありませんでした。陰毛については全て処理していた遊女が多かったのですが、毛先のチクチク感を男性客に感じさせない為に、一本一本毛抜きで抜いていたそうです。また、毛先を線香で軽く焼いて丸くさせるなど驚きのテクニックも駆使していました。

避妊

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この当時コンドームなどありませんので、基本的には男性客は何もせず、遊女が自分で自分の身を守っていた事になります。まずは洗浄です。当時の避妊具は御簾紙と言う薄くて丈夫な紙を、油引きの紙で包んで体内に入れていたそうです。なるべく体液が中に入ってこないように…という気持ちは分かりますが、当然、妊娠します。 

妊娠したら堕胎をしますが、中絶専門の医者に任せていました。ですが、ほうずきの茎などで掻きだす、水銀を飲ませるなど非常に荒っぽいやり方です。これらの方法で命を落したり、身体を悪くした遊女は沢山いたと思われます。

梅毒

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梅毒の遊女を出したら男性客は怒るのでは?と思うかもしれませんが、意外にも男性客も梅毒になる事は遊びを極めた証しであり、ある意味ステータスとされていました。恐ろしいですねえ。

梅毒は当時では不治の病の一つです。再発してゴム状の腫れ物が出来、鼻が取れ、脳神経まで犯され、最後は投げ込み寺に棄てられて一生を終えることになります。

「梅毒」ですが、別名「鳥屋(とや)につく」と言いました。 鳥の羽の生え変わりを梅毒による脱毛に例えました。 「鳥屋につくことは一人前の遊女の証し」と言われた理由は、一次症状が過ぎ潜伏期に入ると「完治した」と思われており、見た目も元に戻り、妊娠し難い身体(流産・死産含む)になります。 見世側にとっては好都合なので、一流というより便利だったのかもしれません。

出典 http://www.geocities.jp

◆ いかがでしたか?

Samurai Film Studio Turns Into Edo Period Bar
by Ryosuke Yagi

遊女はただの娼婦ではなく、器量はもちろんの事、歌や将棋、三味線に琴など様々な努力をした上で才色兼備が花魁にのしあがって行く世界に生きていました。その中のひとつが、手練手管だったという訳です。

真実の愛ではなかったかも知れませんが、男性の心を掴むための手段だった手練手管。現代における恋愛テクニックに通じるものがあるかも知れませんね。

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