激動の昭和の時代を振り返るとともに、現代に残したい当時の学びを探るコーナー「昭和土産ばなし」。今回は、今ではちょっと考えられない「昭和のテレビのお色気事情」について紹介します。

どうも、昭和ライターの服部です。

インターネット全盛の時代とはいえ、いまだに大きなテレビの影響力。ただネットが普及する前、とりわけテレビがほとんどの家庭に普及した昭和40年代以降は、テレビの影響力は現在以上に絶大で、学校や職場などでの話題の中心は前日の“テレビ番組について”だったものです。

今では放送できない内容もたくさんあった

そんな昭和のテレビですが、いま思い起こせば「よくあんな番組が放送できたな」と思えるような、今では絶対放送できない番組も多々ありました。

害虫などのゲテモノを食べたりもする「奇人変人コーナー」が日曜お昼の番組でやっていたり、何も知らない一般人(もちろん顔にモザイクなし)にドッキリを仕掛けて放送する番組があったり、今の時代のテレビしか見たことがない人にとっては、驚くような内容が普通に放送されていたのです。

そして現在のテレビとの最も大きな違いは、家族団らんを楽しみながらテレビを見るゴールデンタイム(19:00~22:00)でも、女性の裸がバンバン出ていたことではないでしょうか。

銭湯や温泉が出てくるドラマに女性の裸はつきものだった

森光子さん主演で、シリーズものとしては1970年(昭和45年)から1989年(平成元年)まで放送された「時間ですよ」は、下町の銭湯を舞台にしたドラマで、女湯のヌードシーンがお約束でした。放送回によって異なりますが20時か21時スタートで、たいていの家庭にテレビは1台しかない時代ですから、女性の裸が映ると、親も子供もなんとなく居心地の悪さを感じたものでした。

「2時間ドラマ」と呼ばれる21時スタートのサスペンスを中心としたドラマでは、温泉で裸の女性が殺されているシーンが冒頭に出てくるのが、これまたお約束でした。また事件に至る回想部分でのベッドシーンも、見せ所のひとつでもありました。

2007年まで放送された「混浴露天風呂連続殺人」では、古谷一行さんと火野正平さん演じる刑事が胸を露わにした若い女優と混浴するシーンが、男性視聴者お待ちかねのシーンでもありました。

たくさんあったロードショー番組では、ポルノ映画の放送もあった

ビデオデッキの普及とレンタルビデオ店が急増したことで、すっかりその数が減りましたが、1980年代(昭和末期)までは毎日のように「◯◯ロードショー」や「◯◯洋画劇場」といった映画番組が放送されていました。その多くが21時開始の2時間番組で、小学校中学年にもなれば十分テレビを見ている時間でしたが、ここでも女性の裸は欠かせないものでした。

日本初公開時には「ソフトコア・ポルノ」と宣伝されたフランス映画の「エマニエル夫人」ほか、際どい性描写で話題になった「ナインハーフ」、セクシーエイリアンが人間の男性と性行為を重ねる「スピーシーズ 種の起源」など、どう考えても家族そろっての視聴は厳しい作品が頻繁に放映されていたことにも驚きです。

子供たちが見るアニメにも女性の裸が普通に登場していた

現在では深夜アニメですら、女性の裸が出る際には「謎の光」や「湯気」が出てきて大事な部分を覆い隠してしまいますが、昭和のアニメではバッチリ露出しているものもありました。

たとえば、最近になってアニメ版・実写版とリメイクされた「ヤッターマン」の1977年(昭和52年)放送開始のオリジナル版では、悪党のリーダー、ドロンジョがヤッターマンに成敗されるときには、衣服が破れるポロリシーンが入りました。放送時間は18時30分からと、子供向けの時間帯でした。

また、平成に入ってのことですが、水をかぶると主人公の乱馬が女になってしまうという設定の「らんま1/2」は、1989年(平成元年)の放送開始当初は19時30分スタートでしたが、第1話から女性になった主人公とヒロインの胸が、隠すことなくしっかりと描かれていました。

志村けんの“バカ殿様”のお約束といえば…

バラエティ番組で見てみると、アイドル全盛の1980年代を中心にゴールデンタイムで放送されていた「オールスター水泳大会シリーズ (フジテレビ)」などの芸能人水泳大会では、必ずといっていいほど女性タレントのビキニがずれて、「ポロリ」シーンが映り込んでいました。この「ポロリ」を見せてくれるのは、たいていは一般にあまり知られていないタレントさんで、このシーンのために呼ばれた人たちだったといわれています。

また、現在でも放送が続く「志村けんのバカ殿様」でも、ある時期までは女性の裸体が登場するのが恒例となっていました。裸の女性を並べて女体神経衰弱のようなものをやっていたりと、親とは一緒に見てはいけない番組のひとつでした(「しらべぇ」の調査によると、「バカ殿」に裸体が登場したのは1999年《平成11年》の放送が最後だったとのこと)。

意外にも、昔から規制はあった

では、昭和時代のテレビは、本当に何でもあり&やり放題だったのでしょうか?

実はそんなことはなく、しかも1963年(昭和38年)と意外と早い段階から「低俗番組追放キャンペーン」という民間主導の運動が行われていて、低俗番組を放送するテレビ局に改善を申し入れをしたりしていました(※)。

1978年(昭和53年)には、PTA全国協議会がテレビ番組のワースト7を発表。「8時だヨ!全員集合」「スターどっきりマル秘報告」「みごろ!食べごろ!笑いごろ!!」「ウィークエンダー」「飛べ!孫悟空」「うわさのチャンネル!!」「女子プロレス(フジ)」が槍玉に挙がっていました(※)。

※参考文献「メディアの生態学/青木貞伸著(大月書店)」

最終的には政治が介入する事態に

とはいえ、ネット時代以前では民間や個人の意見が世間を動かすのはかなり難しく、PTAなどが反対意見を述べてもすぐに反映されることはなかったようでした。そんなもどかしい状態を一変させたのは、政治の力”でした。

最初に規制されたのは、深夜番組でした。過激な内容のコーナーが視聴率を稼げるとわかると、各局競って過激度を上げていき、番組中にアダルトビデオを紹介したり、放送中に女性に性感マッサージを行ったりとやりたい放題。とうとう、1985年(昭和60年)2月に国会で問題視され、各局に対して改善を要請。その結果、ソフト路線に変更した「オールナイトフジ」をのぞくアダルト向け深夜番組が同年3月いっぱいで一斉に打ち切られました(※)。

※参考文献「放送中止事件50年/メディア総合研究所(花伝社)」

1994年には総務省が「青少年とアダルトビデオ等の映像メディアに関する調査報告書」を出すなど(※)、放送や出版のわいせつな内容が青少年の教育に悪影響を与えると日に日に注視されていくようになり、2000年頃から自主規制の名目で女性の裸や性に関する描写はテレビから消えていきました。

※参考文献「発禁・わいせつ・知る権利と規制の変遷/橋本健午(出版メディアバル)」

インターネット上には氾濫しているとはいえ、現代では日常で見る景色の中にわいせつな映像や雑誌、チラシ、ポスターなどが入り込むことはほとんどなくなりました。

現存する身近なアダルトコーナーとしては、たとえばコンビニの「成人向け雑誌コーナー」などがありますが、そういえばコンビニで女性の裸が載った本が売られているときがあったね、なんて思い出話になる日も来るのでしょうか。

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Spotlight編集部。東京都出身。ウェブの編集をやったり、文章書いたりしてます。脚本家の端くれでもありアニメ好き。かなりの酒好きで、頻繁にそこここで酒に飲まれてます。
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