夏の風物詩といえば「蚊取り線香」もその一つ。アウトドアや花火大会などには必需品ともいえるアイテムですね。最近は、蚊取り線香入れにもオシャレなものやレトロなものが流行しています。

ここで、蚊取り線香のルーツやトリビアについてご紹介しましょう。

蚊取り線香のルーツは、130年前に受け取った「防虫菊のタネ」だった

創業者である上山英一郎氏が、米国植物会社社長H・E・アモア氏と出会ったのが1886年(明治18年)。なんと130年に渡る蚊取り線香の歴史と伝統があるのです。

上山氏は、当時、日本になかった防虫菊の種子を譲り受けました。

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「防虫菊」とは、和名「シロバナムシヨケギク」英名「pyrethrum」と呼ばれます。キク科の多年草で原産国はセルビア共和国。

上山は、平安時代から日本に残る伝統的な風習「蚊遣り火」のように粉末状にした除虫菊におがくずを混ぜて燃やす方法を考えたが、夏に季節はずれの火鉢が必要であったために普及に至らなかった。

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そこで上山氏は、線香に防虫菊を織り込むことを考案したそうです。1890年世界初の棒状蚊取り線香「金鳥香」が誕生。

当時、乾燥させた除虫菊は粉末にしてノミ取り粉として商品化されていた。
粉末をそのまま使うのではなく、もっと簡単に殺虫効果を高められないかと考えた英一郎は、日本古来の「蚊遣り火」に注目。

火鉢や香炉などの火種の周囲に、除虫菊粉とおがくずを混ぜてくべてみる。
その結果は大量の煙と灰…、「夏に火鉢」という無理な設定もあって普及には至らなかった。

そんな頃、全国行脚の途中で立ち寄った東京・本郷の旅館で、たまたま仏壇線香屋の息子と同宿した英一郎は、はたとひらめく。

「そうだ、線香に練り込めばいいんだ!」


線香からヒントを得て2年後の1890(明治23)年、世界初の棒状蚊取り線香「金鳥香」が誕生した。

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画像のように、「金鳥香」は長さ約21センチの線香を、鉄製の台に3本立てるというもの。これでは40分程度しかもたず、上山氏はさらに研究を重ねて行ったのです。

妻のひと言がきっかけで...

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※画像はイメージです。

「最初の蚊取り線香は仏壇線香のノウハウで作られたもので、長さ20cm。40分ほどで燃えつきてしまうし、細かったので蚊取りの効果のためには3本くらいを同時に焚く必要がありました。縁側での素人将棋には良いけれど、睡眠中には役に立たないという欠点があったのです」

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「長時間、燃焼を持続させるにはどうすればいいのか…。」立ちはだかる問題に突破口を開いたのは、妻・”ゆき”さんのひと言でした。


『渦巻きにしたらどうですか?』



棒から渦巻きへ形状が変わったのは、1895(明治28)年。こうして、蚊取り線香に新しい形が生まれました。

そして渦巻き型の開発がスタート。当初は1本ずつ手で巻くことで製品化しようとしましたが、効率が悪く、試行錯誤しながら、60㎝のうどん状の素材を2本並べて丸めていく「ダブルコイル」方式の製造方法にたどりついたそうです。

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またもや、新たな問題発生

妻のひと言で、渦巻き型の蚊取り線香の大量生産を開始させようとしたのですが、ここで新たな問題が発生。それは乾燥方法でした。木の板の上で乾かせばくっつくし、吊るすと重みで長く伸びて形が崩れました。

そこに、また、妻のひと言が。


『金網の上で乾かしたら、どうですか?』

ぐるぐるっと巻くことで、線香は約60センチまで長く、そして太くなり、約6時間燃え続ける。

妻の何気ない一言から誕生した渦巻き型蚊取り線香は、試行錯誤の末、1902(明治35)年に発売される。棒状蚊取り線香誕生から12年後のことだった。

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蚊取り線香は、10センチで1時間燃焼するということです。

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※蚊取り線香を女工さんたちが手作業で作っています。画像を良くご覧ください。巻き方はどちらでしょうか?...

実はこの時、2つの技が編み出されました。木の芯に2本同時に巻き付ける「手巻方式」は、機械化される1957(昭和32)年頃まで続き、金網の上で乾燥させる方法は現在も使われているのです。

金鳥「蚊取り線香」商法登録は1910年(明治43年)

創業者・英一郎は「自社の製品が世界中で親しまれ、愛され、人々の健康に役立ちたい」という夢を、この商標に託しました。そして、製品の品質の高さによることはもちろんのこと、伝統的な宣伝戦略によっても「金鳥の渦巻」は、その夢の通りに日本や世界の家庭で親しまれるようになりました。

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画像は、初期の頃の海外向けポスターです。大正・昭和にかけて、石版刷りのカラーポスターがあちこちで見かけられるほどになりました。

右巻き?左巻き?

実は、販売当初から昭和32年にかけ、渦巻きは「右巻き」でした。これには、あるワケがあったようです。

「女工さんには右利きが多く、右巻きの方が巻きやすく生産性が上がるというので、当時の製品は右巻きでした」(宣伝部)
生産性を考えての右巻きだったんですね。熟練工の中には1日に3000~5000巻を仕上げる人もいたそう。

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女工さんが右効きの人が多く、生産性を上げるために「右巻き」だったようです。

機械化に伴い「左巻き」に。

「1958年(昭和33年)から機械による打ち抜きに製法が変わりました。その際に、他社さんとの差別化のため『左巻き』に変更しました」(宣伝部)

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左巻きの蚊取り線香は「金鳥」だけ

蚊取り線香が本格的に普及しはじめた昭和初期。殺虫成分をほどんど含まない模造品や類似品が出回りました。

金鳥は、殺虫効果が高いという性能はもちろん、優良取扱店(卸店)の組織化、積極的な宣伝活動などの施策を次々に打ち出し、類似品に対抗。

さらに、1957(昭和32)年には機械化に合わせ、“ネジが緩む”と嫌われていた左巻きをあえて採用し、差別化を図りました。
金鳥の蚊取り線香が「左巻き」なのは、機械化という文明の証しとも言えるでしょう。

「KINCHO」とは金の鳥?

KINCHOは、商標のことで、「大日本除虫菊株式会社」という名前が正式社名となります。創業者・上山英一郎氏は、1910年(明治43年)「金鳥」の商品登録をしました。

ここで、金鳥の商標のいわれについてご紹介します。

司馬遷によって編纂された中国史上初の歴史書「史記」のなかの「蘇秦伝」に、中国戦国時代の遊説家・蘇秦は、韓、魏、趙、燕、楚、斉の王たちに同盟を結び、秦に対抗すべきであると説き、

「それぞれ小国であっても一国の王としての権威を保つべきだ。秦に屈服するな」ということを伝えるために、「鶏口と為るも牛後と為る勿れ」という言葉を引用しました。つまり秦に屈して牛の尻尾のように生きるよりも、小とは言え、鶏の頭(カシラ)になるべきであると、各国の王を説き、合従策を完成しました。

出典 http://www.kincho.co.jp

■ 鶏口となるも牛後となるなかれ

【意味】大きな集団の中で下にいるよりも、小さな集団でも一番になるほうがいい。

【説明】鶏のくちばしとなっても、牛の尻になるべきではないという意味。

中国・戦国時代に蘇秦という人が、韓・魏・楚・斉・燕・趙の六国に対し、強大な秦に従うよりも、一国の王という状態を維持しながら連合して対抗したほうがいいと説いたときに引用したことわざ。「鶏口牛後」ともいう。

出典 http://kojiseigo.com

この一節を信条としていた上山氏。業界の先駆者として「鶏の頭」となるべき自覚と気概をもち、品質をはじめあらゆる面で他の商品より優れたトップの存在であることを願い、決して「牛後」となることがないよう、自戒の念を込めた決意だったのです。

正式な商品名は、「金鳥の渦巻」

現在も、蚊の季節に使用される「蚊取り線香」のルーツは、今から130年前に遡る1886年(明治18年)。創業者・上山英一郎氏が、H・E・アモア氏から受け取った「防虫菊」のタネでした。

それから、試行錯誤しながら研究を重ね、大正・昭和・平成の年号を隔て、インターネットの普及する現代にまで使用されているとは驚きですね。

KINCHOは、「電子蚊取り」をはじめ、「リキッド」や「蚊よけスプレー」「タンスにゴン」など、さまざまな商品開発をしています。

しかし、時代とともに進化しつつも「金鳥の渦巻」は、私たちの生活には欠かせません。創業者・上山氏の思いを受け継ぎ、130年の伝統を守り続ける、企業の歴史と伝統が感じられますね。

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cocon☆hanna このユーザーの他の記事を見る

キャリアカウンセラーの道を目指し、資格取得後オンラインカウンセラーとしてデヴュー。WEBライターとして活動をはじめ7年になります。人に「読まれる・読ませる」ライターを目指しています☆

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