今から1年ほど前のこと。オーストラリア在住のサラさんは幸せの絶頂期を迎えていました。セントラル・ヴィクトリアで小学校の教師をしていたサラ・ホッキングさん(28歳)は、自分の仕事が大好きでした。そしてお腹には新しい命が宿っていました。

これから新たな人生の始まり。出産に向けてナーバスではあるものの興奮と嬉しさでいっぱいだったと当時を思い出し語るサラさん。ところが去年6月ぐらいから、目に違和感を覚えるようになったのです。

「身重だし疲れているのかしら…」

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授業中、いつも見ているホワイトボードが見にくくなったりパソコンの画面や本の文字が見え辛くなっていることに気付いたのです。身重で仕事もしていたために疲れているのだろうと思っていたサラさんですが、7月に入り夫のキャメロンさんと自宅でテレビを見ていた時に、視界が尋常ではないことに気付きました。

「夫と並んでテレビでニュースを見ていたんです。でも、キャスターの顔がはっきり見えなくて。顔はぼんやり見えても彼女の目の色やメイクをしているのかどうかということが全くわからなかったんです。」慌てて夫と病院に向かったそうです。

視神経の上の脳に3つの腫瘍が…

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CTスキャンの結果、サラさんの脳に3つの腫瘍ができていることが判明。腫瘍が視神経を圧迫していることによって視界に影響が出ていると言われました。お腹の子供に異常はないとわかったのですが、緊急帝王切開のためメルボルンのマーシー病院に搬送され、38週目で出産となりました。

サラさんの初めての出産は難産となり、大量出血をしてしまいました。生まれたアーチャー君も24時間ケアの集中治療室へ運ばれることに。すぐに我が子を腕に抱けると思っていたサラさんは、息子が別室でケアされなければいけない状態と知り言いようのない孤独と不安を感じたと言います。「生まれてすぐの母子の絆を確認することができなかったことはとても辛かったわ。」

そしてアーチャー君が生まれてすぐにサラさんは脳腫瘍の手術のために別の病院へと搬送されました。アーチャー君が生まれて9日目。その時の光景をまるで映画のように覚えていると語ったサラさん。

手術の直前、アーチャーはサラさんの胸で眠っていました。左にはサラさんの母親が。そして右には夫のキャメロンさんがついていました。眠っているアーチャー君以外、みんな泣いていたと言います。

「必ず助かってみせる」そう夫と母親に言い聞かせて手術に挑んだサラさん。サラさんのこの3つの腫瘍は「髄膜腫」と呼ばれるものでした。

髄膜腫とは脳腫瘍の一つです。脳腫瘍のなかでは比較的ポピュラーな腫瘍です。近年の日本脳腫瘍統計では1位で、脳腫瘍の約20数%をしめる脳腫瘍です。脳腫瘍の発生頻度は一般に年間発生率が1万人に一人といわれますから100万人の人口がいれば年間20数人ほどの方がこの病気がみつかる計算になります。

女性に多い腫瘍で、女性ホルモンとの関係も認められています。時に多発することがあります。髄膜腫は脳の外側、頭蓋骨の裏側にある硬膜という膜から発生する腫瘍です。つまり脳そのものから生じる腫瘍ではなく、脳の外側に発生して脳を外側から圧迫するできものです。

出典 https://square.umin.ac.jp

サラさんの場合、3つのうちの2つの骨髄腫が視神経の周りを包むようにできていました。7時間半の手術の後、サラさんの目は光を失って目覚めたのです。

それからは想像を絶するハードな日々が始まりました。見えなくなってしまったことでこれからの生活にどう対応していけばいいのか。どうやって子育てをしていくことができるのか。感情的にも現実に起こったことに慣れなければならず、最初は相当苦しんだとサラさんは言います。

光が遮られた生活。そんな中での子育て。アーチャー君のおむつや着替えなど、手探りで探していても見つからない時にはパニック障害を起こしたことも。我が子が初めて笑いかけてくれた瞬間も見ることはできませんでした。

でも、昼間の光の中では微かに、ほんの少しだけ顔がぼんやりと見えることがあるのだそう。そんな時にはアーチャー君の目の色も微かに見える時があるのだとか。「息子の顔がぼんやりと初めて見えたのは生後10週間目のことでした。よく目を凝らして見ようとしてみたら、息子が微かに微笑んでくれたような気がしてとても嬉しかった。」

周りはサラさんに介護の人を付けた方がいいと言ってくる人もいました。もちろんサラさんのことを思ってのことだったのですが、サラさんは「私には介護がなくても自分の世話は自分でできるし子育てもやってみせる」と強く思ったと言います。

そして奇跡的に、ほんの少し視力が戻ったのです。ぼんやりとした程度ではあってもそれは大きな変化でした。ただ、これまで使っていた電話やパソコンなどが使えないので目の見えない人用のものに変え、全てを一から覚えなければならなければいけなかった時には激しく落ち込んだりパニックを起こしたりもしたそう。

支えてくれたのは家族だった

テクノロジーに弱かったサラさんでしたが、目が見えなくても文字が打てるようにと指導してくれたセラピストや、日常的に支えてくれた夫キャメロンさんの存在があったからこそ、一年間頑張って来られたと言います。そして今ではブログも書いています。

ブログを書いているサラさんに、時には変わったコメントをしてくる人もいるのだとか。「あら、あなた目が見えないようには見えないわ。」時に失礼に思えるコメントにもサラさんはきちんと対応。「目が見えなくても、おしゃれを楽しんだりメイクをしたりしたいわ。」

いろいろなことがあったこの1年を振り返って…

この1年は、子供を産み、目が見えなくなった中での子育てという怒涛の日々でした。でも、夫が新しいビジネスをすることや、子供を育てていくことは1年前の計画に既にあったこと。目が見えなくなるという変化はあっても、違った形で家族で前に進んでいることには変わりないとポジティブな姿勢を見せるサラさん。

美しい我が子を無事に出産したことだけでも、サラさんにとってはきっとかけがえのない幸せでしょう。サラさんが微かに見えるというのはきっとアーチャー君も気付いているはず。後ろ向きにならずに、いつも前向きに強く生きているサラさんを同じ母としてだけでなく女性としても、1人の人間としても尊敬せずにはいられません。

これからのサラさん家族の人生が、希望の光に満ちていることを願う筆者です。

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公式プラチナライター。イギリス在住22年目。いつも読んで下さる皆さんに感謝。Twitterアカウントは@mayonesque18です。よろしくお願いします。

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