夏真っ盛りで、連日うだるような暑さに苦しめられ、折角の休みにも、外に出る気が失せてしまい何もやる気が起きません。ただ日中にクーラーの電源を入れてしまうのは、電気料金の心配が募り、それは結構な恐怖であるため、我慢してもうもうと熱気がこもった自室でじっとしていると、休日が地獄の拷問のようで余計に身体が怠く頭がおかしくなりそうです。疲労は蓄積されていくばかりです。

(そうだ!温泉に行こう!)

僕が暮らす安アパートはユニットバスです。便器を横目で眺めながら風呂に浸かるのは精神衛生的に疑問であり、普段はシャワーだけで済ませています。やはり、この身体の怠さを取り除くには、ゆっくり広い風呂に浸かって、存分に手足を伸ばし、一週間の労働で溜まった肉体疲労と精神的汚れを清浄な温水を浴びることで、洗い流す必要があります。

温泉

家から自転車を漕いで一時間ほどの距離にある温泉施設は、地元ではなかなかの人気で、とろとろの湯が肌に良いと評判です。広い畳の部屋に、カラオケ機材が設けられ、昼間っから近所の高齢者たちが酒を飲みつつ歌合戦に興じています。

その日は、週末の夜で混みあっていました。

家族連れも多く、小さい子どもの甲高い声がやかましく耳に鳴り響き、湯の表面を手でバンバン叩く飛沫が顔にかかったりして、注意しろよ親、と心で唱え周囲を睥睨し肝心の父親らしき人物を探しますが、なんと父親は子どもと一緒に水を掛け合って遊びだし、嘘だろ日本、大丈夫なのか、僕は国家の暗澹たる未来を嘆き悲しみ、入浴料でストレスを買ってしまったのかも知れぬと、気持ちが湯船の底へ重く沈んでいくようでした。

露天

曇ったガラスの向こうで、誰かが立ち上がるのを、内湯から捉えた僕は露天風呂へ移動します。ある程度時間がたって少し空いてきたようです。子どもも居なくなり、ほっと一息します。やっと寛げそうです。肩まで湯に浸かり、立ち上がる仄かな硫黄の香りに、ぼうっと物思いに耽っていると、正面の二人組が気になります。小柄でやせた気弱そうな若者A四十代前半くらいの白い肥満体型の薄毛Bでした。

寄り添って話しているので、初めはてっきり知り合い、友達、連れだと見なしていたんですが、なんだか違和感があります。Bの声がやたらと大きく会話の内容が丸聞こえでした。一方的にぐいぐいBは若者Aへ質問を畳みかけています。二人は赤の他人であるようです。

B「仕事なにやってんの?」

単刀直入な質問に若者Aは言葉を濁し、ええ、いやまあ…今は休業中で、等と周囲にあまり聞こえないように配慮してか小声でぼそぼそ答えます。

B「えっ、なんで。何してたの。どうして辞めたの?」

Aの気配りを全く気にしない様子で、デリカシーの欠片もなく、プライベートな直球質問をぶつけます。

A「その、役場で。公務員だったんすけど。ちょっと病気になって…」

公務員かあ、すげえ、どこの役場?と野太い声でBは感心します。もったいねえ、わかいのに、と言葉を続けます。ところで、そう発するとBの独演会が始まったんです。

起業家

B「俺は、自分で会社起こして、もう十年になる。十年間、一日も休んでない」

Bの自慢話開演の幕が開きました。まさに裸の付き合い。包み隠すものなんて何もない全裸独演会です。取り敢えず、今ゆっくり露天風呂に入っている時間は何なのだ、これも仕事にカウントしているのか、絶対休んでるだろう、と早速つっこみたくてたまりません。

B「日本で五本の指に入る大学を卒業した」

具体的な大学名は決して明かしません。五本の指に入るというフレーズを連呼します。一位は東大、二位は京大でしょうが、その後が気になります。

B「大学で、その道の権威たる著名な教授から、研究所入りを熱望された。起業するつもりしか無かったので断った」

五本指大学の凄い教授から、Bの類稀なる能力は認められていたそうです。しかし、果たして、それがどんな能力なのか何の分野なのか定かではありません。

B「楽天の三木谷社長……の側近中の側近から仕事を依頼されたことがある」

一瞬、おおっと感嘆の声を上げそうになりましたが、側近中の側近って誰だ、だから君は一体仕事は何してるんだ、話は曖昧でBが何屋なのかさっぱり掴めません。そうして満を持してBは最後にAに向かって言い放ちました。決め台詞でした。

B「俺の会社で働かないか?休みは無いけど」

Aは苦笑いで、あは、なんて誤魔化して、すんませんじゃあお先に、と湯船から上がりました。おお、と応えたBの口元が変に歪んで寂しげでした。気まずさを取り繕うように、Bも露天から出ると、洗面台でシャンプーを始めました。後頭部に広がる丸い砂漠が、哀愁を誘います。

「なんや、あれ。新手の詐欺か」

ひそひそ声で隣りにいたおっちゃん同士が囁いていました。



この記事を書いたユーザー

久留米の爪切り このユーザーの他の記事を見る

男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス