7月29日、全体練習の開始直前、浦和レッズの選手達はピッチの一角に集まっていた

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浦和レッズの練習拠点であるさいたま市にある「大原サッカー場」。この日の全体練習直前、選手達はピッチの一角に集まっていました。でも練習前のミーティングでもなく、気合を入れるために集まっていたわけでもありません。

それは7月末をもって、16年間に及んだ浦和レッズでの“勤務”を終える、あるレジェンドを送り出すセレモニーを行うためだったのです。

ん?レッズに16年も在籍してる現役選手なんていたっけ…

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プロサッカーの世界では、16年もの長期に渡って同一クラブに所属している選手なんて滅多にいません。クラブ間の移籍は「年に一度のクラス替え」のようなものと言われるほどに当たり前のことだからです。

ゆえに16年も同じクラブに留まるのは異例なこと。浦和レッズのファンの方であればすぐにおわかりでしょうが、現在のレッズにおいて選手最古参は在籍期間14年の平川忠亮選手(37歳)です。

彼より2年先輩ということになるのですが、その方とは一体…?

チームを去るレジェンド、その背番号は“334番”

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選手達の集まるピッチにいざなわれたのは、平井ミサヨさん。クラブハウスの清掃スタッフとして、16年間勤務してきた女性です。

7月末をもって退職する彼女に、選手会長の宇賀神友弥選手より花束が贈呈され、選手全員が集まっての記念撮影。さらにペトロビッチ監督から直々にユニフォームが手渡されます。

そこには選手達からのねぎらいのメッセージと共に、彼女のお名前にちなんだ背番号334(ミサヨ)という数字が記されていたのです。そして、すその部分には「2000・10・17」という日付が。

その日は彼女が清掃スタッフとして、浦和レッズにやって来た日でした。

16年前、清掃スタッフとして採用された平井さん。しかし…

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2000年10月17日、クラブハウスの清掃スタッフとして急遽、採用されることになった平井さん。しかし、驚いたことに清掃スタッフは彼女一人しかいなかったのです。

引き継ぎもなければ仕事を教えてくれる先輩もいない、プロのスポーツクラブで勤務した経験も彼女にはない。ごく普通の主婦でしかなかった平井さんは、当然この状況に戸惑いを隠せませんでした。

しかし、彼女はすぐにこう切り替えたのです。

「そうだ、私には長年の“主婦経験”がある。家事と思ってやろう!」

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※画像の女性はイメージです

プロのスポーツクラブで働いた経験はないけれど、自分には主婦として培った経験がある、それは必ずこの仕事に活かせるはず。「家事は一生懸命やってきたけど、それ以上に真剣に取り組もう」と、平井さんはこの仕事に全力を尽くすことを決意。

そんな彼女の仕事に対する姿勢、取り組み方は並大抵のものではありません。選手達が練習のために1日中クラブハウスに詰めている日は、掃除の手が思うようには回りきらない。そこで練習がない日を見計らっては練習場を訪れ、仕事に打ち込みました。

ご自分の都合やオフなどおかまいなし、「選手達に常にいい気持ちで使ってほしい」その思いは16年間途絶えることはありませんでした。

そしてもうひとつ、彼女が仕事をする上で貫き通してきたポリシーがあります。

仕事をする上で貫いた「誰にも言わない」というポリシー

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彼女が仕事をする上でもうひとつこだわった点、それは職場で「見たことは誰にも言わない」というポリシー。

市原悦子さん主演ドラマ『家政婦は見た』ではありませんが、いつもクラブハウスで仕事をしている平井さんは、表には出ないチームの裏側を見ることもあったそうです。

しかし、自分がそこにいるのはヤジ馬としてではなく、プロのスタッフとしてのこと。平井さんは、見たことを言わないばかりか、クラブハウスで働いていることすら、他人には話さずに16年間過ごしてきました。

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昨今では企業コンプライアンス違反による個人情報漏えいが、ニュースに取り上げられることも珍しくはありません。仕事を請け負う側として、当然守らなくてはいけないプライバシーの保護なのに徹底できない人が後を絶たない中、彼女の仕事に対する姿勢、考え方はまさにプロフェッショナル。

ピッチで仕事をする選手達はもちろんプロのアスリート。自分も同じ意識を持ってやらなくては、周りに満足してもらえるような仕事なんてできない。

そう考えた彼女は、クラブチーム事情に己のライフスタイルを合わせ、何よりもチーム最優先で仕事を全うしてきました。そんな彼女の仕事力、私たちも大いに学ぶところがあるのではないでしょうか?

チームに身も心も捧げた16年。いつしか選手達にとって“ママ”と呼ばれる存在へ

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※写真中央にいらっしゃるのが平井ミサヨさんです

平井さん:「大変なことはたくさんありましたけど、選手に元気を頂いてました。

小野(伸二)くんはすごく優しかったし、永井(雄一郎)くんや岡野(雅行)くんも向こうからあいさつしてくれて。長谷部(誠)くんは口数は少ないけど、礼儀正しくて、本を読んでるときに掃除をしていると『すいません』と言って足を上げてくれるんです」

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平井さん:「大成される方はみなさん、普段から周囲への配慮が素晴らしいものだと感じてきました。

いちばん声をかけてくれたのは永井雄一郎選手。いつも『ありがとう』と丁寧に言ってくださったのを思い出します。小野伸二選手も、若いころからとてもやさしかった。今は福岡の監督になられた井原正巳さんも、必ず向こうからあいさつをしてくださいました」

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「大原サッカー場」にはいつだって彼女の姿がある。名も無き黒子としてチームを影から支え続けた彼女は、気づけば選手達にとってもファミリー同然の存在に。

その安心感から、いつしか「大原のママ」と呼ばれるようにさえなっていたのです。

06年の優勝祝賀会へ参加を打診されるも、家の事情で断る平井さんに当時の監督は…

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06年、リーグ年間優勝を果たした当時のブッフバルト監督のことも平井さんは忘れられないといいます。

内々での優勝祝賀会には、平井さんも誘われたのですが、当日に娘さんが第2子を出産。上の男の子の面倒を見るため、彼女は出席を断念せざるを得ませんでした。

しかし、ブッフバルト監督はスタッフを通して「お孫さんも一緒なら、会に参加できるでしょう」と平井さんに提案。

当時2歳1カ月だった第1子は、大柄なドイツ人指揮官に抱かれて記念撮影をしました。その子は今、サッカーに夢中になっているそうです。

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平井さんの仕事がチームのリーグ優勝に貢献していたことを、ブッフバルト氏はちゃんと見ており、心から認めてくれていたのです。

彼女はただの「清掃のおばちゃん」ではない。共に戦うチームメイトであることが伝わってくる素敵なエピソードですね…

レッズを支えた清掃員の献身、そんな裏方に最大級の敬意を表すチーム。世間の反応は…

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・「どんな仕事でも、敬意を持たれる仕事をする。プロの姿ですね。」

・「人になかなか知られることのない仕事をしてきた方の心遣いにしびれました。」

・「レッズはいろいろ言われるけど、改めて歴史のある良いチームなんだと思う。」

・「他サポだが心が温まった。」

・「結局、生き方なんだよね。周りとか関係ない。」

・「こういう人がいなくなるのは寂しいな。」

・「プロの仕事だ。見習おうと思う。」

※上記は本件に寄せられた投稿の一部です。

チームを離れるのは寂しい。だけど“1ついいこと”がある

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全選手、全スタッフに惜しまれての退職になった平井さんですが、“1ついいこと”があると楽しみにしていることがあるそう。それは「周囲に遠慮することなく優勝パレードを見られる」ということ。

前述にもありましたが、平井さんはクラブハウス清掃員として勤務してきたことを、他人にはいっさい話しては来ませんでした。本当は06年にリーグ優勝を果たした際も、喜びを爆発させたかったでしょうし、友達にも思い切り自慢したかったはず。でもその気持ちはそっと胸にしまって、何よりもチームのことを重んじてきたのです。

「オープンカーで、浦和の街をパレードする皆の姿をまた見ることが出来たら、そんなに幸せなことはない…」

それがチームを離れることになる彼女にとって“いいこと”の1つです。

勝って“大原のママ”に退職の花道を

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平井さん退職前のラストゲームとなった7月30日のヴァンフォーレ甲府戦。敵地に乗り込んだ浦和イレブンは見事、2-0で勝利をおさめました。

試合前、槙野智章選手は「僕や監督よりもこのチームのことを知っている方。長くチームに携わってきた方が辞められるのはさみしいですけど、いいニュースを届けていければ」と寂しさを覗かせながらも、彼女に“いいニュース”を届けるため、気合を込めていました。

ペトロヴィッチ監督は「大原サッカー場を離れても、彼女が家族の一員であることに変わりない。これからも、ともに戦っていく仲間です」と彼女への敬意を惜しまないコメントを残しています。

ちょっと大きな息子達が「ママ」に届ける“優勝”という名のプレゼント

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リーグ優勝というタイトルは、選手達だけでなく平井さんにとっての悲願でもあります。

ピッチを駆け抜けるちょっと大きな息子達が「大原のママ」に優勝という最高のプレゼントを届けてくれる日は、そう遠くはなさそうです。

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