“ミレニアル世代“によるNEO TOKYO MAGAZINE「SILLY」が、社会に埋もれた20代の声を代弁するコーナー「アノニマスリポート」。学歴社会や貧困問題などさまざまな社会事情の狭間で、自らの夢や将来について悩みながらも、彼らは光を見出していく。

高校を出たら、大学に行くもの。それを当たり前とする若者がいる一方、大学に行きたくても行けない事情を抱え、進路に迷う若者がいる。

「行きたい。でも、行けなかった」。そんな経験を持つ人の多くは、高等教育を受けていないことを引け目に感じながら生きているのかもしれないと、あらためて思う。

今回は、大学進学という目標を、経済的事情で諦めざるを得なかった「彼」の物語。芸大を目指し、一浪するも不合格。今は週2回、プログラミング教室に通いながら、ベンチャー企業でアルバイトをしているという、現在19歳。

彼の目標は、同年代が大学を卒業する22歳までに、フリーランスエンジニアとして一人前になること。具体的には、月に60万円の収入を目指すのだという。大学進学に代わる、新たな目標を見つけた彼の表情は明るい。目の前の将来に向け、邁進中の彼に、今の心境を尋ねた。

小説家志望の無職の父、奨学金で大学に通った姉

「家族は、母、ふたりの姉、兄、そして僕の5人。父親とは小2まで一緒にいました。父は、小説家志望の無職で、四六時中ずっと家にいるような人。今思えば、精神病も患っていたのかな。次第に暴力を振るうようになって。そのうち、『アイツとは、もう一緒にいられないね』って感じになり、母が離婚して、それっきりです。

姉たちは奨学金をもらって大学に進みました。でも、今返すのに苦労しているみたいです。手取り20万くらいなのに、そこから月3万円返済して、家賃を払って、なんてやってたら、とてもじゃないけど暮らしていけないですよね。兄も大学に行きましたが、バンド活動に目覚めて中退しています。今は、落ち着いて就職してるけれど。奨学金はどうしたのかな…」

傾きはじめた梅雨の合間の暑い日だった。傾きはじめた太陽は、まばゆいばかりの日差しを彼の横顔に向けている。カラカラと氷を鳴らしながら、アイスコーヒーを一気に半分ほど飲んだ彼は、一息をついたあと、今度は自分のことを話しはじめた。

経済的に二浪できずに、消えた夢

「僕も進学を希望していました。絵や造作が得意だったので、芸大に進もうと思って。でも、芸術家を目指してしまうと苦労が見えています。なので、家族を持ったときに食べさせていけるようデザインの分野に進もうと思いましたが、現役合格はできず、もう1年がんばろうと予備校に通いました。

そしたら、そこに絵がすっごいうまいやつがいたんですよ。僕が居酒屋のバイトで予備校に行くお金を工面しているあいだにも、そいつはせっせと描いているわけで。あれだけの才能を持っているやつが、あれだけの時間を費やしているんです。時間を縫ってどうにか通えている僕なんて、とうてい勝てるわけがない。結果は不合格。経済的にも二浪は無理なため、デザイナーになる夢は消えました

今年の3月のことだという。他の大学は受験しなかったのだろうか。

「経済的に私大は無理です。他の学部を受けるにしろ、絵の勉強だけでいっぱいいっぱい。ほかの教科まではさすがに手が回りませんでした。それに、大学ならどこでもいいわけじゃない。4年後には就職するわけですから、最低でもMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)くらいには入らないと良い仕事に就けないし、大学に行く意味もないですよ。それこそ奨学金を利用したら、何十年もかけて返していくことになるわけでしょ。コスパが悪すぎます

友人に導かれ、プログラミングの世界へ

本音とも強がりともつかない言葉の端々。大学を諦めてから、まだ半年も経っていない。それほどまでに焦がれていた進学への思いは、断ち切れているのだろうか。

「大学に落ち、これからどうしようってときに見かねた友人が声をかけてくれました。『これからますます必要になる職種だし、いまでさえも人手が足りていない。やる気はないか』って。それが、プログラミングでした」

プログラミングとは、平易に言うとコンピューターのソフトウェアをつくることだ。そのためには、専門的な知識が必要になる。日本でも2020年度より、小学校での必修化が決まるなど、IT化が今後ますます高度な方向に進むなか、注目されている分野である。

「自分でも調べてみたのですが、エンジニア人口って本当に少ないんですよ。なので、ある程度の知識と経験を積めば、どんどん仕事も入ってくるみたいで。学歴や年齢は関係ないし、案件によってはしっかり稼ぐこともできる。直感的に、『これだ!』と思いました。友人には、本当に感謝しています」

こうして彼は、5月から週に2回、スクールに通い始める。50万円の受講料は一括では支払えないため、月割にしてもらった。スクールのない日は、ベンチャー企業でのアルバイトと課題に充てているという。

お金のせいで何かを諦める生活はしたくない

卒業後の進路は、どのように考えているのだろうか。

「まずは、どこかに就職して、経験年数を稼ぐつもりです。フリーランスの案件って、応募条件に経験1年以上を謳うものが多いんですよ。なので、まずはそれをクリアしようと思っています。そのあとは、いよいよ独り立ちです。月収60万円を稼ぐようになったら一人前と言われている業界なので、22〜3歳までにはそうなっていたいですね」

そうなったときの自分を思い描いているのだろうか。彼の声がいっそう弾んで聞こえる。確固たる夢や目標を持つ者特有のテンションだ。

デザイナーからエンジニアへ。目標のチェンジは、すんなりいったのだろうか。

「うーん。でも、なりたいものには、もうなれないわけなんで、そこにこだわっていたって、どうしようもないじゃないですか。経済的に大変ななかで育ってきたから、お金のせいで何かを諦める生活はもうしたくないんです。

それこそ、もしも僕が女の子だったら、バイトなんかせずに身体を売ってましたよ。ちょっとの時間で一気に稼げるわけでしょ。そのお金で大学に行ける。そうやって考えると、エンジニアはお金を稼ぐのに非常にコスパが高い。投資額は50万、期間は半年ですから。費用対効果が一番良いものを選んだつもりです」

彼は続ける。

「さっきも言ったけれど、大学は本当にどこでも良いわけじゃないんです。学歴は、努力の証明であり、難関校は誰もが入れないからこそ世間に認められているんです。だから、なんてことのない大学に入って、奨学金をずっと返していくくらいなら高卒で働いたほうが、間違いなくコスパは良いですよ。でも、高卒だと職はそんなにも選べない。だから僕はいま、スクールで知識を得て、就職に執着することなく、大卒と引け目のない金額を稼ぎたいんです」

お金のためということなのか。

「お金は必要です。お金があったら選択肢が広がります。お金のせいで、夢を諦めなくてもいい。お金があるからこそ余裕が生まれ、世の中の役に立つことがしたいと思うようにもなる。僕はそう思っています」

では、お金のない家に生まれたことを恨んでいる?

「いや、恨んではないです。ただ、割り切っています。お金のある人とは、そもそもの環境が違うし、環境が違うから考え方も違う。そこを理解したうえで、僕は僕の人生を考えればいいと思っているんで。ただ、自分の子どもには、お金で苦労させたくはないですね。お金は用意するんで、何をしてもいいから目的だけは持ってほしいです」

貧困と、夢と、人生と

彼は言う。お金がないと、何をするにもハードルが上がる。心がさもしくなり、お金に困っていない同年代に憤りを感じるようにもなると。

その気持ちは、自分の代で断ち切りたい。彼は、自分の夢を、まだ見ぬ自分の子どもに託そうとしている。そのためにも今は、プログラマーへの道をしっかりとした足取りで歩いていくことが大切なのだ。幸いにもプログラミングの学習は、性に合っているという。

「やるからには1番になりたい。そういう気持ちでやっているから成績もついてきています」

それを聞いて、他人事ながら少し安心した気持ちになる。

彼は強い口調で続ける。

「僕の母は、看護師をしています。母のように、手に職を持ち、知識と技術を磨いていけば、中途半端な大卒には負けない自分になれると思っています」

ところで、目標を達成したあとのことが聞きたい。月60万円を稼ぐようになったあとは、どのように生きていくつもりなのか。

「合間の時間を使って、絵を描いたり、アプリの開発をしたりしたいです。もしかしたら、また大学に行きたくなっているかもしれない。お金があれば、私大にも行けるだろうし。

あっ、でも、次は彼女をつくるって決めていたんでした。そのため、今度はウェディング業界でアルバイトでもしようかなって。かわいい子がたくさんいそうじゃないですか」

本気とも冗談ともつかない口ぶりに、その場の空気が一気に和む。彼も気持ちが軽くなったのだろうか。すっかり氷の溶けたアイスコーヒーをストローで吸い上げるその表情には、まだあどけなさが残っていた。

大学に進むことのできない悔しさ、同年代が学を積むことへの焦り、学歴が無いことに対する引け目。しかし、これらを背負って生きているのは、なにも彼だけではない。彼の前にも後ろにも、たくさんの彼ら彼女らがいて、いまを生きている。そして、この荷物をおろすのか、おろさないのかを決めるのは、ほかでもない自分である。なりたい自分を描き、それに向け、今できる努力をする。それは、とても尊いことではないのだろうか。


Text : 香川妙美(リベルタ) / Taemi Kagawa
photographer : 榊 水麗 / Mirei Sakaki

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