「胸キュン」という言葉がある。1983年、YMOの楽曲『君に、胸キュン。』により広く知られるようになった流行語だ。誰かから意味を教わった記憶はないが、恋をしたことがある人にとっては実感をもって理解できる用語だろう。

今回紹介する曲はその「胸キュン」に、切なさの要素を多く含ませた90年代を代表するナンバーである。この大名曲に私たちは何故こんなにも惹きつけられるのか。ドラマ『東京ラブストーリー』はもちろん、当時の世相や制作秘話、音楽的見地から改めて紐解いていきたい。

あの時、あの曲。

#3 「ラブ・ストーリーは突然に / 小田和正」

出典 https://www.amazon.co.jp

こちらより『ラブ・ストーリーは突然に』が一部視聴できます)

『Oh! Yeah!』との両A面という形で発売された、小田和正ソロ名義としての6枚目のシングル。柴門ふみの原作漫画をドラマ化したフジテレビ『東京ラブストーリー』の主題歌として270万枚を売り上げた。

歌詞は恋愛に一途な主人公の視点。出会ったことの偶然性を噛みしめると共に、打算や邪推などせずに相手への想いをシンプルに見つめ直そうという決意も見える。

“あの日 あの時 あの場所で 君に会えなかったら
僕等は いつまでも 見知らぬ二人のまま”

出典小田和正『ラブ・ストーリーは突然に』

リリース当時に生まれてなかった人でもサラッと口ずさめてしまう、このサビフレーズ。切なくもキャッチ―なこのメロディと歌詞の組み合わせは、人々の記憶に残るカラクリがあった。音符に割り当てた歌詞を区切って見てみよう。

「あのひ/あのと/きあの/ばしょで/きみに/あえな/かった/ら」

このようにリズムが3音のかたまりの連続となっている。曲の顔とも言えるサビに、この2拍3連符を使用したことが音として良い意味で引っ掛かりを作り、メッセージ性をより強調させたのだ。

主題歌が挿入歌としても使われた、ドラマ史における分岐点

3連符と言えば、忘れてはならないのがイントロの冒頭で「チャカチャチャーン!」と鳴るギターの音。この録音は小田和正が一度完成したアレンジを、スタッフやギタリストの佐橋佳幸と酒を飲みながら聴き直していた際に「もうちょっとインパクトのあるイントロにしたい」と言い出したことを受けて、佐橋がひらめいたアイデアだった。

録りなおした後、そのファンキーなギターを活かすように全体のアレンジも作り直したという。両者の職人としてのこだわりがこの楽曲の質をより高みに押し上げたのである。

こうして最大級の引力を持つこととなった『ラブ・ストーリーは突然に』は『東京ラブストーリー』と相互的に魅力を高め合い、主題歌としてこの上ない効力を発揮した。当時のテレビドラマの多くは、主題歌と挿入歌の線引きがはっきりと分かれているのが通例だったが、この楽曲は毎話、登場人物の心境や人間関係の状況が急転する、その絶妙なタイミングで流れる挿入歌としてもその存在感を放っていた

何故『東京ラブストーリー』は、ドラマティックだったのか

ここで当時のドラマについて考えてみる。

90年代、数々のヒット作が生まれたいわゆる「トレンディドラマ」としての基本的展開において、物理的な“すれ違い”は物語を転がすうえで非常に重要な役割を担っていた。待ち合わせたバーやレストランで閉店まで待ちぼうけする主人公。その一方で相手は急な仕事のトラブルや、親しい異性の相談に呼び止められるなどして待ち合わせが成立せず、両者には心理的なすれ違いが生まれた。その距離の埋め合わせが次第に愛を育んでいく、という流れが文字通りドラマティックであった。

このようなすれ違いが生じるのには、当時の通信手段が未発達だったことが大いに関係している。90年代前期の通信手段を『東京ラブストーリー』第1話のシーンを切り取りながら振り返ってみたい。

上京しスポーツ用品メーカーの社員となった永尾完治(カンチ)は同窓会に出席し、高校時代から長年密かに恋心を寄せていた関口さとみ、親友の三上健一と再会する。3人で思い出話に花を咲かせていると完治のコートの右ポケットから、けたたましく電子音が鳴りだす。ポケベルだ。「仕事でトラブルが起きた」との呼び出しをポケベルで受け、近くの公衆電話で詳細を聞くという連絡手段を取る。

完治は急遽「会社からイベント会場に物品を送り届ける」という役目を担うこととなる。
「昨日飲んだ店にいるから、仕事が早く終わったら来てよ」と二人に送り出された完治だが東京の土地勘がないため、社用車に車載されたショルダー型携帯電話から目的地で待つ同僚のリカに電話を掛ける。ここは全11話の中で一度だけ携帯電話が使われたシーンであり、当時いかに貴重で物珍しいツールだったかがわかる。

無事に任務を果たし、約束した店に向かっているまさにそのとき、関口と三上が路上でキスをしているところを目撃してしまう。ショックで茫然とする完治の表情。第1話終盤の大きな山場を迎えた。

もし当時、現代の通信技術があったらこのシーンはどうなっていただろう?

トラブルの情報は最少人数を介して携帯電話に入る。東京の土地勘がない完治はカーナビに従って目的地を目指しただろう。その分トラブルは早く解決されたはずである。店で待たせている二人にはLINEグループで「今仕事終わったけどまだ大丈夫?」と連絡。しばらくして合流し、また昔話を続けていたかもしれない。

偶然が偶然を呼び、運命が絡まっていくさまにドラマ性は生じる。90年代はそういった状況を生みやすい時代だった。

誤解により離れていく心、街でバッタリと再会する男女。そんなシーンを迎えるたびに、あのイントロが流れるたびに、当時の視聴者はキュンと胸を締め付けられた。それはまるで条件反射のように現在もなお、私たちの恋心のスイッチを突然「ON」にさせる

あれから25年が経過し、今年の1月25日、週刊ビッグコミックスピリッツの創刊35周年を記念して企画された原作漫画の続編「東京ラブストーリー ~After 25 years~」の読み切りが掲載され、50歳になったカンチとリカが偶然再会するという内容が多くの話題を呼んだ。

小田和正は『ラブ・ストーリーは突然に』以降もCMソングやドラマ主題歌を多数手がけ、ヒットメーカーとして現在も走り続けている。4月20日にはオフコース時代のセルフカバーを含む3枚組50曲のオールタイムベストアルバム『あの日 あの時』をリリース。

爽やかな楽曲からしっとり心温まる楽曲まで幅広く揃った小田和正の歩みを、あなただけの「あの日 あの時」に馳せる想いと重ねながら聴いてみてはいかがだろうか。

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Spotlight編集部 なーろ このユーザーの他の記事を見る

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