“想い出とともに蘇る珠玉の1曲”を振り返るコーナー「あの時、あの曲。」。5回目となる今回は、特別なゲストを迎えてお届けします。2015年、芸能界復帰を果たした元・猿岩石の森脇和成さん。森脇さんが「これまでの人生で1番好きな歌」と断言するナンバーとは…。

出典Spotlight編集部

「人って、そのときそのとき置かれる立場で、聴きたい曲が変わるじゃないですか。でも、発売からちょうど20年経った今でもずっと聴き続けて…その度にグッときてしまう曲が、僕にはあります。」

あの時、あの曲。

#5 「どうして僕は旅をしているのだろう / 猿岩石」

出典 https://www.amazon.co.jp

こちらより『どうして僕は旅をしているのだろう』が一部視聴できます)

当時“僕ら”は、『進め!電波少年』でのヒッチハイク中という、日本を離れていた間に売れていたというのもあって、自分たちがどういう風に人気になっていったのかを見ていないんですよね。ブレイクしていく順序が分かっていなかった。

そして帰国した今からちょうど20年前の1996年に、デビューシングル『白い雲のように』が発売になるんですが、当時は自分たちが歌を歌うなんて考えてもいませんでした(笑)。「この曲だから」って渡されたデモテープを再生したら、(藤井)フミヤさんが生でギター弾きながら歌ってるんですよ。フミヤさんの「じゃーいくよー」って声から始まって、歌い終わった後に「オッケー!」って声が入ってカシャって録音が止まる。

デモ音源を聴いて「…や、これ僕らが歌わず、このままフミヤさんが売ったほうが絶対いいです」っていうのが率直な感想でした(笑)。

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もちろん「白い雲のように」があったおかげで、バラエティを見ない方にも存在を知っていただけたし、いろいろな経験をさせていただいた。僕らにとって恩のある曲なんですが…でも僕は、その陰に隠れた“カップリング”が大好きなんです

「白い雲のように」が凄すぎて陰に隠れていますけど…カップリングの『どうして僕は旅をしているのだろう』が人生の中で1番好きな曲。僕にとっての“宝物”です

でも、発売当時は仕事が凄く忙しくて、自分たちも何が何やらワケ分からない状況の中で、ただただ歌詞を覚えて歌っていた部分が大きかったかもしれない。なのでじっくり噛み締めている余裕もなく、のちに改めて好きになっていったんですよね。

イントロのギターの感じが大好きで…あと歌詞がね、凄くいいんです。

道端に転がった ただの石ころたち
もう2度とその場所を 離れたくないのか?

転がることを自分からやめた時
そこが いつでもゴールさ

出典猿岩石『どうして僕は旅をしているのだろう』

作詞の高井良斉さんって、実は秋元康さんのことなんですよね。「(奥さんである)高井麻巳子さんは良妻」をもじったペンネームだそうです。秋元さんは天才です…。当時の“僕たち”を曲に乗せていただいたんですけど、今でも聴くたびにこの歌詞から元気をもらっています。同時にあのときを思い出して、初心にも帰れる。曲を作っていただいた尾上一平さんとは今でも仲が良いですね。

『白い雲のように/どうして僕は旅をしているのだろう』が12月に発売されて、翌年にあたる1997年に僕らは「日本レコード大賞 新人賞」をいただきました。学生時代、お遊びのようにコピーバンドをやっていた自分がですよ。あの頃は、JUN SKYWALKER(S)、BOØWY、あとは同郷でもある広島出身のTHE STREET BEATSをコピーしていたな…。

音楽番組に出演することには抵抗がありました。新人賞ノミネートに並んでも、他の方々はずっとミュージシャンを夢見ていたわけじゃないですか。なので周りのアーティストの方に申し訳なくて…。

逆の場合を想像しちゃいますよね。いきなり“面白いミュージシャン”の方が現れて、歌ネタとかでM-1グランプリを獲ってしまったら「なんだよ」ってなると思いますもん(笑)。

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でもその反面「こんな凄いミュージシャンの方たちを生で見られることなんて今のうちだから、よく見ておこう」って思ってました(笑)。BLANKEY JET CITYなんてずっと好きだったので『ミュージックステーション』で生演奏を聴けたときは感動でしたよ…。全部いい思い出です。

『白い雲のように/どうして僕は旅をしているのだろう』が発売したとき、下北沢のちょっと裏入った道に、僕たちのでっかい宣伝パネルが2枚並んで貼ってありました。そこはいつも、その時々でヒットしているアーティストさんのポスターが必ず貼り出される場所だったんですよね。

下北沢は、広島から出てきた僕たちが下積み時代に住んでいた場所
。そんなずっと眺めてきた場所に、自分たちのポスターが貼られた。それも芸人としてではなく、まさかのアーティストとして…。

スッゴク感動しました。でも下積み時代にそのポスターを眺めていたときのような、“この人たちが今最も売れているんだ…”という感覚にはならなかったです。そのぐらい何が何だか分からない、めまぐるしい毎日だったのかもしれないですね。

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ーー「道端に転がった ただの石ころたち」「転がることを自分からやめた時 そこが いつでもゴールさ」。まさかアーティストになるとは思いもよらずに帰国した、“ヒッチハイク芸人”時代、13種もの職業を転々としたサラリーマン生活、そして11年ぶりに芸能界に復帰した今…。その時々すべてに、森脇さんの側に寄り添っている“たったひとつの歌”が存在していました。

インタビューの途中にも同曲を流しながら、ちょっぴり遠くを見つめた森脇さん。その表情はまるで、『どうして僕は旅をしているのだろう』にご自身の人生を重ねているかのように、せつなく、優しいものでした。

Interview&Text / Spotlight編集部、黒川沙織

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