幅広い教養の保持者として、独特の風貌と豪快な話術で昭和の数々の伝説のテレビ番組の司会も務めた大橋巨泉さんが7月12日、82歳で死去していたことが明らかになりました。

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トレードマークの黒縁の大きなメガネをかけ、豪快な語り口で数々の名番組の司会者として記憶に残るひとでした。

お色気番組の草分け的番組「11PM」

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1965年~1990年までの間、深夜のワイドショーとしてスタートしたこの番組。女性が裸でヨガをしたり、全国の風俗情報をレポートしたり、お色気番組として定着したPTA大批判の番組であり、こどもがこっそり観る番組としても有名でした。

「クイズダービー」

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1976年~1992年まで862回放送されたクイズ番組。出場者が解答者の中から正解すると思う1人に自分の持ち点を賭けて、得点を増やしていく競馬方式の番組でした。はらたいら・竹下景子などの博識の芸能人を観るのもとても楽しかった思い出があります。

「世界まるごとHOWマッチ」

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1983年~1990年まで続いたトークショー兼クイズ番組。世界のさまざまな珍品、名品、豪華な品物を現地取材のレポートに、大橋巨泉(司会者)が、解答者とのトークを交え、値段を予想しクイズ形式で紹介するという番組でした。解答者が答えを発表するときに「せーの、HOWマッチ!」という決め台詞がありました。

「ボイン」という言葉を作ったのは大橋巨泉

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今ではすっかり御馴染みになった「ボイン」という言葉は、11pmの番組内での大橋巨泉氏の造語なのです。

「ボイン」という言葉の由来は大橋巨泉ですか?

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ボインという言葉の生みの親は、『野球は巨人、司会は巨泉』で知られる大橋巨泉といわれている。当時の人気テレビ番組11PMの撮影中、朝丘雪路が水着でプールに飛び込んだ際に、ビキニが取れてしまい、豊かな巨乳が丸出しになってしまったのを見た大橋巨泉が「ボイン」と表現したのが始まりといわれる。

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巨泉さんが「ボイン」の生みの親だったのですね。今ではあまり使われることのなくなった「ボイン」ですが、なぜか可愛くてその音の響きは忘れないものです。

豪快な語り口の裏では繊細で優しい気持ちを持ったひとだったんですね。

本音でズバリと語る潔さが聞けなくなるのは本当に寂しいです。

有能なジジィたちがこの世から去っていくことが寂しくてなりません。

昭和の時代、気がつけばテレビのなかから豪快な笑い声が聞こえて画面を見ると大橋巨泉さんでした。トレードマークの黒縁のメガネの奥の円らな優しい瞳は忘れることは出来ません。テレビの成長を担ったひとであり、多彩な才能の持ち主でもありました。後年は癌を患われて闘病されることも多かった巨泉さん。それでも時折テレビに出られては、自分の言葉で語る口調は昭和の名司会者のままの姿でした。ご冥福を心よりお祈りいたします。

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東京が好きで、昭和が好きで、古い日本のドラマも好きで、カフェが好き。
忘れられかけている遠い記憶のことを掘り起こしています。

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