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記事提供:ダ・ヴィンチニュース

あいうえおの五十音図の枠外にぽつんと置かれた「ん」の文字。改めて、みなさんはどんな印象をお持ちだろうか?

「独特の存在感」「孤高」「最後にある“どや顔感”」。さらに、流行りの擬人化をしてみると、「どこから来たのかわからない転校生」との意見が筆者の周りでは聞かれた。なるほど、やはりほかの文字とは一線を画した雰囲気を感じる人は多いようだ。

それもそのはず。実は「ん」という文字はかつて日本語にはなかったらしい。少なくとも『古事記』や『日本書紀』『万葉集』など上代の書物に「ん」を書き表す文字が見当たらないという。

では、「ん」とはいったい何者なのか。どこからやってきたのか。そのミステリーを解き明かすのが、『ん 日本語最後の謎に挑む』(山口謠司/新潮社)である。

本書を読むと、普段いかに「ん」をナメていたのかがよくわかる。

「ん」は言葉によって発音が違う?

まず疑問に思うのは、文字がなければ「ん」という発音もなかったのかということである。その答えはNO。

唐の文化を盛んに取り入れていた当時の日本としては、漢字に「安(アン)」や「万(マン)」などいくらでも「ン」と発音するものがあるのに、「ン」を発音できないなんてことはなかっただろう、というのが本書の見解である。

では、文字にできない「ン」の音をどうやって書き表したのか。

私たちが英語を習うとき単語の発音をカタカナで書いていたように、当時の日本人も中国語を習うにあたりフリガナを付けていたはずだ。

その説明の前に、みなさんはお気づきだろうか?「ん」は言葉によって発音が違うことに。

例えば、「案内」と「案外」。

「案」の「ん」は、前者の場合口の中の前方で発音している。一方、後者は喉に近いところで発音している。

本書によると、当時の日本人はこれらをきちんと聞き分け、主に次の3種類の発音を行っていたそうだ。

・「舌内撥音(ぜつないはつおん)」(―n)

口内から流れ出る音を、舌を使って止める。

・「喉内撥音(こうないはつおん)」(―ŋ)

喉の奥から鼻にかけて息を抜くように発音。

・「唇内撥音(しんないはつおん)」(―m)

上下の唇を閉じて、前の音がこの唇の部分で閉鎖されたもの。

おそらく、「案内」の「ん」は「舌内撥音」、「案外」の「ん」は「喉内撥音」だと思われる。

話は元に戻るが、「舌内撥音」は「ニ」、「喉内撥音」は「イ」、「唇内撥音」は「ム」と表記することが多かった。ほかにも「レ」「リ」「ゝ」などなど、古い書物に先人たちの試行錯誤の跡が見られるらしい。

こうして文字の表記の必要性に迫られた結果、生み出されたのが「ん」という新たな文字である。

空海がインドの仏典から学んだ「吽」がヒントに

さて、ではいつ、誰が「ん」を生み出したのだろう?この歴史的大発明に関わったのが、真言宗を打ち立てた空海。

中国語にも「ン」だけを表す文字はなかったが、804年に遣唐使として中国に渡った空海は、インドのサンスクリット語で書かれたオリジナルの仏典を学び、「ン」を書き表せる文字を持ち帰った。

それが「吽」である。ただし、これは世界が「阿」で始まり「吽」で終わるという思想を表そうとしたもので、空海も「ン」と書こうとしても「ニ」としか書けなかったとか。

仏教を通して生まれた「ん」は、平安時代から江戸時代にかけて庶民の間でも広まった。

江戸時代には本居宣長や上田秋成らによって盛んに研究され、さらに明治以降も研究者たちによる日本語研究の結果、

現在のところカタカナの「ン」が現存する最古の例が1058年の『法華経』、ひらがな「ん」の初出は1120年の『古今和歌集』といわれている。

今では当たり前のように表記し、発音している「ん」。優れた耳の持ち主は「ん」のみで10種類以上の音の違いを聞き分けているという研究報告も。「ん」は長くて深い歴史を持つが、まだまだ底知れないものがある。

日本語には「ん」で始まる言葉なんてないし、しりとりでは「ん」は嫌われものだ。だが、私たちは「ん」をもっと畏敬し、崇拝すべきなのかもしれない…。

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