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記事提供:ダ・ヴィンチニュース

選挙となると、与野党の間でさまざまなことが争点となる。今は経済政策のほか、安全保障法制や憲法改正といったあたりだろうか。

で、改憲論が議題に上れば、その成立がどうこうという歴史的な話にもなる。しかし我々は、憲法の成立を含めた日本の歴史というものを、本当に正しく理解しているのか。

教科書で教えられたことをなんとなく覚えて、理解した気になっているのではないだろうか。

井沢元彦の教科書には載らない日本史』(井沢元彦/宝島社)の著者である井沢元彦氏は教科書にはさまざまな欠陥があり、教科書が教えないところにこそ本質があるという。

例えば現在の教科書では「神話」の部分をほとんど取り上げていない。しかし神話の部分にこそ、その時代の真実が隠されていると述べている。

本書で取り上げられているのは、いわゆる「国譲り」の部分。天皇家の祖先神である「天照大神(あまてらすおおみかみ)」が旧来の支配者であった「大国主(おおくにぬし)」に、国を譲るように要請したという神話だ。

井沢氏が重要だと説くのはこれが事実であったかどうかではない。なぜこのような神話が遺されたかということなのだ。

世界の例を見ればゲルマン民族の大移動のように、ある民族が別の土地に侵入すると、およそ先住民族は殺されるか奴隷にされている。

ところがこの神話では、「話し合い」によって国譲りが成立したと語られているのだ。ここに日本人の持つ重大な考えかたが示されていると氏は考える。それは「話し合い絶対主義」の思想だ。

日本で最初の成文法といわれる「憲法十七条」。これを見ればまさに冒頭の第一条に「和を以って貴しと為し」と出てくる。

さらに第十七条でも「必ず衆とともに宜しく論ふべしず」と念押し。現代でも「大事なことは2回いう」ことでも分かるように、話し合いの重要性を憲法が示しているのだ。

しかし教科書では「憲法十七条には仏教や儒教の考えが取り入れられ、天皇のもとに支配を秩序づけることや、官僚として勤務する心がまえなどが説かれた」などと解説し、最も大事な部分を指摘していない。

また特定の人物に対する誤解も、現行の歴史教育では見られるという。特に顕著なのが「織田信長」だろう。

彼の記述にはよく「比叡山延暦寺の焼き討ち」が取り上げられ、あたかも宗教弾圧者のように捉えられる。

しかし当時の寺社というものは、決して無抵抗な宗教団体ではない。己の利権を守り、主張を押し通すために武装していたのだ。

つまり信長は「宗教」を盾にした武装組織を、あくまで敵対者として排除したのである。反抗した比叡山や本願寺に「禁教令」を出していないことからも、彼に宗教弾圧の意思がなかったことは疑いない。

井沢氏が強く指摘するのは、現在の歴史教育が歴史の「全体像」を見ていないのが問題ということだ。

先に触れた「話し合い絶対主義」にしても「国譲り神話」「憲法十七条」だけでなく、明治時代の「五箇条の御誓文」でも第一条で定められている。

それを見れば日本人が何を大事にしているかが一目瞭然だが、歴史教育はそれを教えない。また「犬公方」と呼ばれた徳川綱吉も愚者のイメージが強いが、氏の見解は異なる。

これまで戦国の気風を残していた社会では「人殺しは当たり前」だった。しかし「生類憐みの令」が出たことで、その意識が劇的に変化したのである。本当の意味での平和主義への転換を達成したと、井沢氏の評価は高い。

そういえば私の友人が「世界史を履修したから日本史は知らない」ということをいっていた。しかし日本人が自国の歴史を「選択科目」としてもよいものだろうか。

日本史の教科書にしても、歴史を教えるというよりは受験のためのテキストという印象が強い。本気で学べば、教科書では分からないさまざまな知見を得ることができるのが歴史だ。

教科書レベルで止まるより、さらにその先へ進むことで上っ面でない本当の「日本」が見えてくるはずだ。

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