出典Spotlight編集部

その土地のよさを見つめて、津々浦々。どこの都道府県にだって、他にはない大きな魅力がある。…と、そんな想いを打ち砕くかのように、ある都道府県を蔑み、貶めまくっている1冊の漫画があることをご存知でしょうか。

その名も、『このマンガがすごい!comics 翔んで埼玉』(宝島社)。埼玉県を完膚なきまでに叩きのめしている地方ディス漫画です。

しかし無慈悲な埼玉ディスを繰り返しているにも関わらず、刊行から30年以上のときを経て、2015年に復刊され、55万部を超える大ヒット。しかも埼玉県民がこぞって喜び、購入しているというから驚きです(埼玉県民ってドMなのかしら…)。

今回はそんな『翔んで埼玉』の著者である魔夜峰央先生に、Spotlight編集部が独占インタビュー!ディスられまくった埼玉漫画が人気となった背景は?他の地方もディスや自虐で成功できる?1978年に連載の連載開始以後、現在も人気連載中であり、舞台化も決定した『パタリロ!』の著者でもある魔夜先生の漫画制作における姿勢と合わせて、様々なことを聴かせていただきました。

出典 http://konomanga.jp

埼玉県が時代錯誤なド田舎として描かれていたり…

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病気のときに埼玉県民は草しか与えてもらえなかったり、と不当な埼玉ディスが盛りだくさんの漫画です。

「描いたものを大切に覚えているうちは、ダメなんです」

ーーまずは『翔んで埼玉』の執筆当時のことをお伺いしたいと思うのですが…。

魔夜:うーん。実は覚えていないんですよね。全然

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ーーそうですよね。執筆されたのは1982年なので、30年以上も前ですし。

魔夜:いや、30年以上前だからというわけではなくて。私は書いたものに関してはすぐ忘れちゃうんですよ。つい先週書いた原稿のことも覚えてないくらい

ーーそうなんですか?

魔夜:編集担当の方から「先週いただいた原稿のサブタイトルに関してどうしますか?」なんて聞かれても、「え?先週って何を書いたんだっけ?」って聞くことがよくあります。

ーー忘れっぽいんですか?それとも、あえて忘れることにしている?

魔夜:どちらかというと、執筆するときにあまり考えていないから。そもそも記憶に残らないんでしょうね。

ーー考えずに漫画を描けるんですか!?

魔夜:そうですね。漫画って、反射神経で書くもの。たとえば目の前のお茶をつかむために右手を伸ばすとき、「右手を動かして、このタイミングで指を広げて…」なんて考えないでしょう?漫画も同じなんです。

日頃頭の中にあるモヤモヤーっとした面白いものが、意識しなくても右腕によって漫画の形を成していく。考えながら書いていくんじゃなくて、自然と手が動いているんですよ

出典Spotlight編集部

ーー自然と手が動く、というのは具体的にはどんな感覚ですか?よく言われるような、何かが降りてくる、みたいことだったり?

魔夜:ちょっと違いますね。面白いことを考える頭と、漫画を描く右腕の回路が、意識しなくてもちゃんとつながっている状態、とでも言うんでしょうか。もちろん、その回路が完璧につながるようにするのは相当な訓練がいるんですけどね。

ーー魔夜先生はどのような訓練をされたのですか?

魔夜ただただ描くことです。描くこと以外でこの訓練はできませんね。もうどれだけ描いたか覚えていないくらいに描いていかなければならないと思います。海外ミステリーにアガサ・クリスティーの『ミス・マープル』シリーズって、ありますよね。彼女の言葉で「私は『ミス・マープル』の1作目をいつどのような状況で書いたか全く覚えていない。どのような考えで彼女を主人公にしたのかも自分でわからない」というのがあるんですけどね。私はその言葉に非常に共感します。

描いて、描いて、描きまくってたら、もう自分が何を描いたが覚えていないような域に達するんですよ。

出典Spotlight編集部

ーーむしろ、それくらい描かなければダメだというか。

魔夜:そうそう。よく「描いた作品は自分の子どものよう」って言う方がいらっしゃいますけど、そんなのまだまだ甘いと思いますね。ただひたすらに描く。私が漫画を描くためにやるのは、それだけですね。その結果、右手が自然と動いてくれるので、『翔んで埼玉』のこともほとんど覚えていません。

そんなわけで「『翔んで埼玉』執筆時の秘話を…」って色々な方が取材で聞いてくれるけど、「覚えてない」としか答えられないんですよね(笑)

そこにあるのは「面白いこと」じゃない。 面白さの“タネ”である。

ーー頭の中にあるモヤモヤした面白いことを漫画にしていくために訓練をする、というお話でしたが、その「モヤモヤある面白いこと」は、普段どのように考えていくのでしょうか。『翔んで埼玉』にも多彩なギャグが登場しますよね。それらのアイデアがどうやって生まれたのかをお伺いしたいです。

魔夜:意識的に面白いものを考えようとすることはありませんね。こちらも先ほどの回路の話と同じで、無意識にやっています。日頃目にした面白いもの、興味をひいたものを自分の中で覚えている癖が自然とついているんでしょうね。日常生活の中で、常にインプットができているんだと思います。

ーーインプットとはどのようなことですか?たとえば世の中の面白いものを調べてみたりだとか…?

魔夜:そういうことは一切しません。私はスマホも持たないし、インターネットもしないし、新聞も読まないし…テレビも積極的には見ないですね。もっと、本当にちょっとしたことです。たとえばベランダでタバコを吸っているときに、ふと見たものとか。

先日ランドセルを背負った女の子が黄色い傘をさしていたんです。でもその子は傘をさしているのに、手にはもう1本別の黄色い傘を持っていたんですよね。それを見て「どうしてあの子は2本も傘を持っているんだろう?」って。その引っ掛かりから、SFだってミステリーだって物語をつなげることはできる。面白いことって本当は、そのへんに転がっていることからつくれるんです。それに気付けるアンテナを持てるかどうかですよ。

出典Spotlight編集部

ーーでもそれが「傘を2本持った女の子がいた」だけではSFにもミステリーにもなりませんよね。どのようにそれを発展させていくんでしょうか?

魔夜:「どうして傘を2本持っているんだろう?」のように、過去に興味をもったことや面白かったことの蓄積が、自分の中に膨大にあるんです。何十年分と。その蓄積と組み合わせることで、「傘を2本持った女の子」を様々なストーリーへと育てていくイメージでしょうか。

ーーなるほど。面白いものへのアンテナを張ると同時に、それと組み合わせられる面白いものの蓄積がないとダメなわけですね。

魔夜:そう。「漫画のネタがない!」って探したって、ないのは当然。本当に小さな疑問や興味を、自分の中で育てていくことをしなければいけないんですよ。

『翔んで埼玉』のヒット要因は、 埼玉県民の心の広さひとつに尽きる!

ーー『翔んで埼玉』はかなり激しい埼玉県へのディスがなされていますが、描いていたときは読者の反応など想定されていましたか?

魔夜:全く。まーったく、考えていませんでした。『翔んで埼玉』も、他の作品でも、読者を意識したことはありませんね。そんなの意識しても仕方ないんですよ。自分が描きたいものを描かなきゃ。「読者の反応なんて知るか!」って感じですよ(笑)

ーー突き抜けてますね(笑)。

魔夜:ちなみに『翔んで埼玉』に関しては、1件もクレームをいただいていません。埼玉の人って心が広いよね(笑)。この漫画がヒットしたのは、この心の広さゆえですよね。それだけに支えられて成立しているマンガだと思います。

ーー現在は、他の都道府県においても地方ディスや自虐PRの流れはありますよね。「スタバはないけど砂場はある」だったり「うどん県」だったり、「おしい!広島県」なども。

魔夜:増えましたよね。

ーー『翔んで埼玉』の成功が、埼玉県民の心の広さに支えられているとすれば、他の地域はどんなことによって地方ディスやPR自虐を成功させていけるんでしょうか。地方ディスのパイオニアである埼玉に学べることってどんなことでしょう?

魔夜ないない。無理でしょ(笑)

出典Spotlight編集部

ーーバッサリですね(笑)!

魔夜:『翔んで埼玉』が埼玉県民の心の広さに支えられているように、その地域の県民性や環境と上手くマッチしていないとダメだと思いますよ。ただ自虐が流行っているからやってみようってだけなら、そんなの付け焼き刃。普通にブームとして終わっていくんじゃないかと思います。

ーー埼玉の県民性や環境とディスや自虐は相性がよかったということですか?

魔夜:やっぱり「東京の2番手」っていう環境が大きいんじゃないですか。埼玉自体には何にもないけど、東京にくっついていれば何でもあるでしょ。それをちゃんと「私たちの県には何もないんだ」「東京の格下なんだ」って認められる県民性だったからいいんですよ。

ーー潔よい、と。

魔夜:何でもあるからおおらかだし、何にもないことをきちんと受け止めている。そういった県民性だから、自虐が成立したんです。そういった自分たちの立ち位置をちゃんと理解したうえでやることでなければ、基本的に意味がないですよね。今あるいろんな自虐PRもただの流行で終わると思います。無理無理。

県民性をつくるのは、気候と食べ物。 自分たちにあったPRを検討すべし!

ーー厳しいですね(笑)。自分たちの県民性や環境に根差したPRを考えることが必要、とのことですが、県民性とはどんなことから決まってくると思われますか?

魔夜気候と食べ物じゃないですか。とくに気候は大きいよね。私は新潟出身の漫画家ですが、新潟出身の漫画家って多いんです。知ってました?

ーー知らなかったです。

魔夜:新潟は雪が多いから、冬場は家からほとんど出られないんですよ。だから漫画を描くことくらいしかやることがない。

ーー北陸のあたりは伝統工芸も発達していますね。

魔夜:そんなふうに、家の中でできる仕事が発達するんです。逆に沖縄とかね、外で過ごしやすい気候の場所って、漫画家みたいな職業が少なかったりもするんじゃないかな。気候で仕事や生活が変わってくるから、合わせて県民性も左右されるんだと思います。

出典Spotlight編集部

ーーちなみに、ご出身である新潟を題材に漫画を描いてみることはないんですか?『翔んで新潟』みたいな…(笑)。

魔夜:いやぁ、無理でしょう。外部の人間が見て初めて「変でしょ!」って気付くことが面白さになるんですから。『翔んで埼玉』は、他の都道府県から移り住んだ私だからこそ描けた埼玉の面白さなんです。自分の生まれ故郷だったら、「それが普通」と思っていることが多すぎて、漫画にはできないと思います。

ーーなるほど。じゃあ『翔んで埼玉』も、もし魔夜先生が埼玉のご出身だったら描けなかった作品ということですね。

魔夜:まあ、そうですね。というか、別に埼玉に生まれたくもなかったですけどね(笑)。いやですよ(笑)。

ーーそうですか(笑)。埼玉ディスのオチがついたところで終了とさせていただきたいと思います。本日はありがとうございました。

出典Spotlight編集部

流行りに乗っているだけでは、一時的なもので終わる。地方ディスや自虐PRを行っている都道府県としては、ちょっとばかり耳の痛ーいインタビューだったかもしれないですね(しかし流行りでも自虐でもないのに、『翔んで埼玉』内で埼玉以上にディスられている茨城はとんだとばっちりだよね)。

大切なのは、自分たちのよさを生かしたアウトプットやPRを行っていくこと。自分たちが「東京に負けてる」ことを素直に認め、それを活かした埼玉の姿勢を、ぜひ各都道府県のみなさまは今後の地方創生に活かしていただければと思います。

<取材/山縣杏 黒川沙織 文/山縣杏>

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