記事提供:AbemaTIMES

29日に放送された『AbemaPrime』(AbemaTV)の水曜コーナー、「REINAの知らない世界奇人紀行」に、『進ぬ!電波少年』(日本テレビ)の企画「電波少年的懸賞生活」で一躍時の人となった、タレントのなすびが出演した。

なすびは先日、世界最高峰のエベレスト登頂を達成したが、懸賞生活での辛い体験と比較する場面が見られた。

なすびは1998年、バラエティー番組『進ぬ!電波少年』(日本テレビ系)で“懸賞だけで生活をしていけるか”という企画「電波少年的懸賞生活」のチャレンジャーに。

1998年から1999年のおよそ1年3ヶ月、アパートの一室で、来る日も来る日も様々な懸賞に応募し続ける孤独な生活を送っている。

・懸賞を書き続けた精神力がエベレストにつながった

――登山経験は浅いと仰る、なすびさんが、世界最高峰のエベレスト登頂に成功できた理由は、どこにあったとお考えですか?

なすび:ほんと、過去の苦労が実った部分というか。懸賞生活がつながっているんですね…。

1人では行けないということくらいはわかっていたので、エベレストに登りたいことをガイドさんに相談したんです。「山をなめんな」って怒られると思ったけど、登りたいと話をしたら、「体力、技術も必要だけど、一番必要なのは精神力」だと。

そのガイドさんが懸賞生活をみててくださって、「ひとつのところにずっと閉じこもって懸賞を書き続けた精神力があれば、エベレストも孤独な戦いでもあるから、できるかも」と言って、協力してくれたんです。

まさか懸賞生活がここにつながるとは夢にも思っていませんでした。

――懸賞生活で当たったもので、印象に残っているのは。

なすび:米ですね。それまでドッグフードを食べた時期もあったので、米ってほんとに美味しいしありがたいなあって思った。

エベレスト登頂を目指すときでも食事はアルファ米などですが、懸賞生活のとき食べられなかったことを思うと、全然耐えられました。

エベレストでもふと懸賞生活のことを思い出しては、「あの時のほうが辛かった」と自身を奮い立たせたというなすび。その後にも「懸賞生活をもう1回やれっていわれたら、エベレスト100回登ります」ときっぱりと言い切った。

エベレストは1953年に人類が初登頂。これまでに、250人以上がその地で亡くなっていると言われ、北極、南極に並び“第三の極地”と呼ばれている。それほどまでに懸賞生活の孤独な日々が過酷だったということだ。

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