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我が子の出産を1ヶ月前に控え、本当に「父親」として子どもを導いていけるのか?

喜びと不安が入り混じった私に、母から1冊の日記帳が届いた。30年の時を超えて届いた母からのメッセージに、私は涙を止めることが出来なかった。

子育て中・子育てを控えた方に届けたい、親から子に渡される「おんぶひも」という名の絆のお話。

出産予定日1ヶ月前に届いた、母からの日記帳

今年で私も30歳になった。

世間では、「大人」とみなされる様な年齢だが、なんてことはない。ただいたずらに年を重ねているだけだ。

「来月から父親ですよ」

そんなこと言われても、心が追いつかない。

「自分が、父親かぁ…」

子どもが生まれてくる喜びを感じるとともに、自分は本当に生まれてくる子どもを導くことは出来るのだろうか?幸せを与えられるのだろうか?

日を重ねる毎に大きくなる妻のお腹に呼応するように膨らんでいった私の不安は、出産予定日を来月に控えた頃には、行く宛もなく宙を彷徨っていた。

そんな複雑な心境の中、母親から小さな小包が届いた。

小包の中には、自分が小さい頃の写真が数枚と、出産に向けた激励を綴った手紙。

そして、1冊の古ぼけた日記帳が入っていた。

日記帳には、私が生まれてから大きくなるまでの成長過程が、事細かく綴られている。母の子育て日記だ。

初めて言葉を発した時のこと。おもちゃを飲み込んで一大事になった時のこと。一緒に公園にいって遊んだ時のこと。

母が、こんな日記を書いているだなんて、一度も聞いたことがなかった。

時間を忘れてページをめくっていると、私はあるページで手が止まり、そして、涙で目の前が見えなくなってしまった。

「おんぶおさめ」

「今日がおんぶおさめなのかなぁ」

いつかは来るものとは思っていたが、それが今日なのかしら、とぼんやり考えていた。

息子は二歳半。

もうとっくにあちこち歩いたり走ったり出来るのだが、親の過保護と勝手な都合で、14キログラム近くの大きな息子の体にピチピチのおんぶひもをくくりつけて、よく外出したものであった。

しかし、それも私が妊娠するまでのこと。

もう一人家族が増えることがわかってからは、息子は突然、一人歩きをさせられる事になった。

一人目の時よりも、つわりが重く、家に帰ると、ろくに息子の相手もできずに、横になってしまう状態が続いた。

そんな私の横で、一人残された息子は何をしていたのだろう。

私が目をあけると、絵本やおもちゃに埋もれて眠ってしまった息子の姿があったことも何回かある。

近所の子どもで、母親が妊娠してしばらくたってから笑わなくなってしまった子どもがいるが、近くに住んでいる主人の両親がいなかったら、息子もまた、その子どものように笑顔を忘れてしまったかもしれない。

出典 https://conobie.jp

仕事を持つ父と母には申し訳なく思いながら、息子のおもりをずいぶんしてもらった。

「お母さんお腹痛いのね」

といって母に抱かれていく息子。

その小さな体で、さみしさを懸命にこらえているんだと思うと、いじらしくなった。

おんぶひもを使わなくなってから、1ヶ月ほどたった頃だろうか。

夜、牛乳が切れてしまったので、近所のコンビニエンスストアまで買い物に行くことにした。

隣の部屋でゴソゴソしていた息子に、

「お外に牛乳買いに行こう」

と言うと、

「ラクチンでいこう」

と、しまっておいたおんぶひもを、両手で抱えてやってきたのであった。

「お母さん、お腹痛いからあなたをおんぶできないのよ」

いつもは、

「お腹いたい」

の一言で諦める息子が、その日だけは、

「ラクチンでいくの!」

の一点張りだった。

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仕方なく、お店に着くまで、という約束でおんぶすることにした。

息子の足をおんぶひもに通し、背中にくくりつける。

息子の体温とずっしりとした体重を背中いっぱいに感じた。

同時に、息子の腕が私の方にからみついてきた。そして、ギューッと自分の体を押し付けてきたのだった。

まるで今までのさみしかった分の埋め合わせを、この一時で取り戻そうとしているかのようだった。

私は、左にまがる道を右にまがった。

息子と一緒に、夜の散歩を少ししてみようか。

そう思った。

去年のシャツが着れなくなったのも、母乳を飲まなくなったのも、いつの間にかのでき事だった。

息子とおんぶひもとのお別れも、そんなでき事の一つになるはずだったのだが、息子のおかげで、すてきな「おんぶおさめ」が出来たのだ。

このおんぶひもに、息子の足が通る日はもうないかもしれない。

だが、来年一月、三歳の誕生日と共にお兄さんとなる息子の心は、まだしばらく私のおんぶを必要とすることであろう。

いつの日か、息子が本当に一人で歩くようになり、

「おんぶおさめ」

が来たなと感じた時、私はきっとこの晩のことを思い出すと思う。

あの晩から一ヶ月。息子は今日まで一度も「ラクチン」をせがんでこない。

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親から子に渡される「おんぶひも」のバトン

遠くはなれた母が、出産を来月に控えた私の、行き場の無い不安を察してくれていた事への驚きと、自分はとっくに親元を離れ、自立していたと思い込んでいたが、

今の今までこうやって母のおんぶを頼っていたのだと知ると、涙が止まらなくなった。

そして、母からの深い愛情を感じると同時に、形の無いが、暖かな重みを持った「おんぶひも」というバトンを母から手渡されたんだと、私はそう感じた。

バトンを手渡された今も、やはり自分が「父親」としてやっていけるかどうか、不安は絶えない。

それでも、私の母もまた、同じような不安と闘いながら私を背負っていてくれていたんだと思うと、不思議と勇気が出てくる。

いつの日か私も、我が子にこの「おんぶひも」のバトンを手渡せるような、立派な親でありたいと思う。

妻からLINEでメッセージが来た。

お腹の子が、さっきからしきりにお腹を蹴っているそうだ。

来月私は、父親になる。

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