東北地方を中心に全国各地でクマの目撃情報が相次いでいます。特に5月~7月は、山菜採りやタケノコ採りで山林に人が賑わうことで、クマとの遭遇率が高まるようです。

5月~6月にかけ、秋田県鹿角市十和田大湯の山林で、4人の男女がクマに襲われ遺体で発見された戦慄の事件が世間を賑わせました。

秋田県でクマによる殺害事件。4人目の被害者が

秋田県警によると、この周辺では5月20日からタケノコ採りに訪れた60~70代の3人の男性の遺体が発見されており、6月10日、鈴木ツウさん(74歳)が4人目の犠牲者となりました。

地元の猟友会が6月10日の午後、遺体現場から20m離れた場所で、体長1m30㎝、推定年齢6~7歳の雌のツキノワグマを発見。猟友会はその場で射殺。

遺体にはいずれもクマに襲われたと見られる傷があり、射殺したクマの胃の中から人体の一部を検出。5月下旬から相次いで発見された4人の遺体は、いずれも射殺された雌グマに殺害されたと見られていたのですが。

4人目の犠牲者発見から3日後。新たな大クマの目撃情報が!

ツキノワグマ研究40年のキャリアを持つNPO法人「日本ツキノワグマ研究所」米田一彦理事長は、射殺された雌グマは、被害者4人を殺害したクマではない、と推察しているようです。

最後の被害女性が見つかってから3日後の13日午後、現場近くの農地を移動する体長1メートル50、推定体重100キロの大型のクマが目撃されている。このクマこそが“主犯”ではないかと私は考えている。

鹿角市の頭文字を取って「スーパーK」と私が名づけたこの大型のクマ(おそらく雄)が4人を次々に襲い、殺害。射殺された雌を含めた3~4頭が遺体を食べた可能性がある。

出典 http://www.yomiuri.co.jp

「クマはまれにカモシカを襲うこともあるが、滅多に人を襲うことはない。人を食べるに至るには、遺体から出血した血液を舐めているうちに食害に至ることがある」、との見解。さらに人を襲撃したクマは再び人を襲う危険性が高く、発見次第射殺する必要がある、と警告。

秋田・青森県警が「入山自粛」を呼びかけた

このエリアで4人の遺体が発見され、いずれもクマの襲撃により死者が相次いだことを受け、青森・秋田両県警は、タケノコ採りなどの入山自粛を呼びかけました。

県の担当者は「人を襲ったクマは1頭とは限らないので、付近への立ち入りは控えてほしい」と警鐘を鳴らしている。

出典 http://www.yomiuri.co.jp

100年前にもあった!日本史上最大の殺人グマ事件とは

三毛別羆事件を知っていますか?

先日発生した秋田県鹿角市の熊事件では、私たちにクマの恐ろしさを警告された大変忌まわしいニュースでした。

日本史上過去最大の熊害事件と言えば、昨年、事件から100年が経過した三毛別羆事件』(さんけべつひぐまじけん)を思い浮かべる人もいることでしょう。北海道・苫前町で発生した1世紀前の事件とは、いったいどんなものだったのでしょうか。

1915年(大正4年)12月9日~12月14日にかけて北海道・苫前郡苫前村苫前町・三毛別(現:苫前町三渓)で発生した、獣害史最大とも呼ばれる惨劇。小説やドラマ化されるほど世間に知れ渡り、100年経った現在にも語り継がれるほど戦慄の殺人熊事件でした。

体長2.7m体重340kgのエゾヒグマが数度に渡り15戸の民家を襲撃。12月9日・10日の2日間で妊婦の胎児を含む7名が死亡、3名が重傷を負うという前代未聞の事件でした。

事件1ヶ月前の予兆

事件現場の北海道三毛別六線沢の住民は、東北などの移住者がほとんどで、地元の住民はいなかったようです。

1915年11月初旬の未明。開拓部落六線沢で暮らす池田家に巨大ヒグマが出現。飼い馬が暴れたため被害は留まりました。

11月20日。再びクマが出現。馬の被害を防ごうと、池田家の家主が隣村から2名のマタギを呼び、家主と3名で待ち伏せることに。

30日。三度現れたヒグマを射撃するも仕留めることが出来ず。その晩、池田家の二男を加えた4名で、クマの足跡と血痕を追うも、吹雪が酷くなり断念・・・。

小説にもなった戦慄の「三毛別羆事件」あらすじ

太田家に襲来! 標的はトウモロコシだった・・・

【12月9日昼】
三毛別川上流に住む太田家で、当時預けられていた男児・幹雄(当時6歳)が、土間の囲炉裏端で死亡していた。発見した同居人が男児の顔を見ると、付着した血痕と喉元にえぐられたような傷跡があったという。

村人が駆けつけ、これがヒグマの仕業だと知ることになる。入口の向かいの窓は破られ、そこから土間の囲炉裏端まで続くヒグマの足跡があった。トウモロコシを食べようとしたヒグマが、屋内にいた幹雄と内縁の妻・マユ(当時34歳)の悲鳴に刺激され、爪を上げたのではないかと思われた。

発見者の同居人がマユの名前を呼び家の中を探したが、マユの姿は見つからなかった。
この事件で村は大騒動となる。時刻はすでに日暮れだったため、ヒグマを追うのは危険であると判断し、翌日にクマの行方を追うことになった。

【12月10日早朝】
村の男性30人がヒグマと行方不明のマユを探すための捜索隊を結成。前日のクマの足跡を追って森に入った捜索隊は、150m進んだ辺りでヒグマと遭遇。馬を超えるほどの巨大ヒグマは、捜索隊に襲いかかった。

鉄砲を持った5名がクマに銃口を向けるも、発砲できたのはたったの1丁。怒り狂うヒグマに捜索隊は怯え、ヒグマは逃走。村人に被害はなかった。

改めて周囲を捜索すると、松の木の根元に小枝が重なり、血に染まった雪だまりがあっった。膝下だけの脚と、頭部の一部しか残されていないマユの遺体を発見・・・。

人間の血肉の味を覚えたヒグマは、マユの遺体を雪に隠し保存食にするための行動だったという。

犠牲者の葬式に来襲

Licensed by gettyimages ®

その晩。
太田家では6歳の幹雄とマユの通夜が行われた。村人たちはヒグマの襲撃に怯え、通夜の参列者は喪主と幹雄の両親・知人を合わせたたったの9名。

幹雄の実母・チセ(当時33歳)が、参列者に酌をしていた午後8時頃。突然大きな音とともに居間の壁が崩壊し、ヒグマが屋内に乱入。棺桶が荒らされ遺体が散らばり、恐怖に怯えた参列者は野菜置き場やトイレに身を隠したという。

銃を持っていた男性がヒグマを撃ちかけ、300m離れた民家で食事をする男性50人が駆けつけるも、ヒグマは姿を消していた。

命乞いする妊婦も餌食に…人間の味を覚えたヒグマの凶暴化

舞台は名景家に変わる。
その頃、名景家では、家族6人と斉藤家から避難した家族を合わせた10名がいた。前日のヒグマ騒動を受け、避難した女性や子どもたちは囲炉裏の前で恐怖に怯えながら過ごしていた。

太田家からヒグマが姿を消してから20分後の午後8時50分頃。地鳴りと共に窓を破壊したヒグマが乱入。囲炉裏の鍋がひっくり返り炎は消され、ランプの灯りも消え、家の中は暗闇に。

屋外に逃げようとする明景家の妻・ヤヨ(当時34歳)がよろけ、そこへヒグマが襲いかかる。負ぶっていた名景家の四男・梅吉(当時1歳)に噛みついた。さらに3人を手元に引きずり込み、ヤヨの頭に牙を当てた。

近所から避難してきた要吉に気を取られたヒグマは母子を離し、ヤヨはこの隙に明景家の二男・勇次郎(当時8歳)と梅吉を連れて脱出。

追われた要吉はヒグマに見つかり、腰に牙を当てられた。悲鳴を上げる要吉に、クマは標的を変え、7人が取り残された屋内に目を向けた。ヒグマは、三男・金蔵(当時3歳)と斉藤家から避難してきた春義を一撃で撲殺。そして斉藤家の巌(いわお)に牙を向けた。野菜置き場に身を隠していたタケが、様子を伺おうと顔を出し、気づいたヒグマがタケに襲いかかる。

実は、この時タケは妊娠中だった...。居間に引きずり出されたタケはお腹の子を守り、「腹破らんでくれ!」との命乞いも届かず、生きたまま上半身から食されることに・・・。無念にもタケのお腹の子は引きずりだされたが、ヒグマが手を出した様子はなかったという。

事件の真相を克明に綴ったドキュメンタリー小説。『慟哭の谷』『羆嵐』

100年前の大正時代に発生した戦慄の殺人事件。後に事件の真相を明らかにした『慟哭の谷』の著者・木村盛武氏は、林務官という仕事の傍ら、生存者からの聞き取りを続け、事件の真実をノンフィクションで綴りました。

吉村昭・著の『羆嵐』も、この事件を題材に、克明かつ詳細に記録を綴ったノンフィクションとして多くの読者からの評価も高いようです。

現在は苫前町の観光スポットとなっている

その1. 三毛別羆事件復元現地

事件発生地である苫前町では、当時の様相を一部復元した「三毛別羆事件復元現地」が観光名所となっています。

開拓の悲話を通して不屈の開拓精神と先人の偉業を後世に伝えようと三渓地区住民の強い熱意で復元された現地は、山奥の森林に囲まれた薄暗い場所で、今にもヒグマが出現しそうな雰囲気があり、訪れる人々にとってスリルを感じる隠れた人気の観光スポットとなっています。

出典 http://www.town.tomamae.lg.jp

所在地:苫前町字三渓
開館期間:5月中旬~10月下旬(※冬季は閉鎖)
開館時間:AM10:00~PM5:00
観覧料金無料
電話番号:0164-64-2212
※現地には本物のクマが出没することがありますのでご注意ください!!

その2. 苫前町郷土資料館

復元現地を訪れた後に足を運ぶのが「苫前町郷土資料館」。巨大グマの”北海太郎”、”渓谷の次郎”が来館者をお出迎え。この事件を題材に東映が制作したテレビ映画「羆嵐」が上映されています。

所在地:苫前郡苫前町字苫前393番地の1421
開館期間:5月1日~10月31日
休館日:月曜日※夏休み期間中は無休
開館時間:AM10:00~PM5:00
電話番号:0164-64-2954

戦慄の殺人グマ事件で私たちが学ぶべきこと

クマは人間を襲うのか?

本来、クマは森に生息しドングリなどの木の実を食べる

子どもの頃から絵本の世界やぬいぐるみなどで慣れ親しんでいるクマは、「優しくて温厚なイメージ」がありますね。大らかで包容力がある男性のことを「まるでクマさんみたい」と例えることも。

ぽっちゃりして愛らしい男子のことを「くまさん男子」と呼ばれることもありました。そんな優しげなイメージを持つクマが人間を襲い、人肉を食べることはあるのでしょうか?

クマの生息地は森林で、日本の国土の4割にヒグマ・ツキノワグマが生息していると言われています。

生息地のほとんどは森林ですが、特にどんぐり類が不作の年は食物を求めてクマの行動範囲は広がり、本来の生息地を離れ、人里近くに近づくことがあります。このときに人との出会い、農作物被害や林業被害などの問題を引き起こすことがあります。

出典 https://www.env.go.jp

森林のどんぐりや植物が無くなり、食べ物に困ったクマが山を下りて民家に近づくことも。この時、普段見ることのない実物のクマの姿に人間が怯えることで、クマが警戒心を持ち、人を襲う恐れがあるのです。

クマが人を襲うのはどんな時?遭遇した時の対策法とは

クマが人間を襲う時はそれなりの理由があるようです。

■ 人間が驚けばクマも驚く

私たち人間がクマに遭遇して、恐怖のあまりブルブル震えてしまうのと同じように、クマもまた人間に驚きます。なので、人間の存在をクマに知らせながら行動しないと、不意に遭遇してしまう恐れがあります。

対策としては、
●音の出る物(ラジオや鈴など)で、常に音を鳴らしながら歩く。
●時々声を発生する
●笛を吹く

などが良いようです。
クマは音を聞きつけ、人間と遭遇する前に自ら去って行きます。クマは元々臆病な性質で、一般的に人に警戒心が強いと言われています。人間がクマを怖がるように、クマの方も人間に遭わないように避けたいのです。

■ 母グマが子グマを守る時

どの動物社会でもありがちなことですが、母グマが幼い子グマを育児中に、許容範囲を超えて人間が入ってきた場合に、母グマが攻撃的になることがあります。無邪気な幼いクマは、好奇心旺盛に人間に近づいてくることがあります。

子グマの可愛さに誘惑され、写真を撮影するなんて行為は自殺行為。子グマの近くには必ず母グマがいる可能性が高いことを忘れずに警戒してください。

■ イライラしている時

2~3歳位の幼いクマに見られる特徴ですが、母親から離れたばかりで自分の縄張りを持っていない頃に、精神的にイライラしている傾向があります。そんな時に、遭遇してしまうと、人間を襲ってしまう可能性があるようです。

また、育児中の母グマも常に子どもを敵から守ろうと警戒心の塊です。例えば、猟師が親熊を打ち損じたり、母グマの前で子グマを殺してしまった場合、人間に恨みを持ったクマは凶暴化します。

■ 冬眠明けの飢餓状態の時

春の山菜採りシーズンや、初夏のタケノコ採りの季節は、クマとの遭遇率が高くなります。特に、山菜採りの季節は、冬眠明けで飢餓状態のヒグマが、自分の餌場に近づく人間を排除するためや、自分の食べ物を守るために攻撃性が高まる可能性があります。

●キャンプの時はテントの中に食料を置かない
●ナタやスプレーなどの武器を用意しておく

など、厳重な注意が必要です。

クマの襲撃事件から学ぶこと

上記にご紹介したクマが人間を襲撃した上に人肉を食べるという、前代未聞の戦慄の事件。この事件を知り、クマのイメージが変わった方も多いことでしょう。

「三毛別羆事件」の殺人グマは、山林から降りてきたヒグマが、当初は「とうもろこし」を狙ったものが、恐怖に怯えた人間に逆上した挙句の殺害...という惨劇に。
クマは人間の敵!、憎むべき、警戒すべきことを学ぶための教訓なのでしょうか。

かつて里山などの山林は人手をかけて管理されてきました。このことがクマなどの野生動物が人里に近づきにくくしていたと考えられています。しかし、現在では山村地域の過疎化や高齢化など、社会環境の変化により、里山や山林を手入する活動が減っています。

山奥から人里まで切れ目なく続く森林、山奥は自然に任せたゆたかな環境に、人里近くの山林は積極的に利用するなど、人と動物のすみわけにつながるような取り組みが求められています。

出典 https://www.env.go.jp

元々、クマは山林に生息するものです。本来は、ドングリの実などを食べ、人間に警戒心が強い動物なのです。クマが山から下りてくるのは食料を探すためです。

クマが山林から下りてくるようになったのは、人間が環境を破壊しているから、というのも一つの理由ですね。

環境を破壊するというと、多くの方が森林伐採を思い浮かべるかと思います。しかしながら、林野庁の報告によると、日本の国土の約6割を占めている森林面積は約2500haで、過去40年間ほとんど変わらないと発表されています。

では、実際にどのように環境破壊されているのかというと、森林が伐採されず管理されずに放置したままだということです。

これが森の動物やクマにどのように影響するでしょうか。クマの主食である広葉樹へ日光が土壌まで届かず育たないということです。餌となる植物が育たないため、山の植物が失われていくことに原因があるのです。

本来、大人しくドングリを食べているクマを山から下ろし、人間に近づかせ、さらには殺人グマに仕立ててしまったのは、人間のせいではないでしょうか。

動物には動物の縄張りがあります。豊富な食べ物があり、森で暮らす動物たちが穏やかで暮らせる自然を取り戻して欲しいですね。

この記事を書いたユーザー

cocon☆hanna このユーザーの他の記事を見る

キャリアカウンセラーの道を目指し、資格取得後オンラインカウンセラーとしてデヴュー。WEBライターとして活動をはじめ7年になります。人に「読まれる・読ませる」ライターを目指しています☆

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス