以前、宅配会社に在籍していた僕は、配達員として軽四輪自動車に乗り、田舎町を走り回って、小包や書類を届けていました。

「最近のお客様はみんな、わがまま、だからねえ…」

机上研修の際に、直属の上司はぼそっと漏らしました。僕たちが相手にするお客様は、町の人全員、でした。地元の有名人や、偉い政治家、社長、明るいおばちゃん、ひげを生やした女子中学生、隣りの畑で放尿する爺ちゃん、しゃがんで放尿するモンペの婆ちゃん、暴力を専門にする仕事の人、全ての人がみな平等に、大切なお客様でありました。

そんなお客様から、指定された時間、場所に、正確且つ安全に品物を届ける事、それが僕たちの仕事でした。

テレフォンの意味

契約していた大手の通販会社は、僕たち配達員を厳しく監視しているようでした。その通販会社は、自社の小包がちゃんと指定時間通りに配達されたかどうかを、逐一パソコンで確認し、時間が違っていたり、不在のまま放置していたりすると、すぐに本社あてに電話でクレームを入れてきます。

上司たちは恐れおののき、口うるさい契約先用として、チェックシートを作成し、配達員に記入するよう要請しました。確実に配達を完了するように、お客様に携帯で計三回の電話連絡をする、一回目は配達前(今から出発します)、二回目は配達の途中(大体何分後に伺えます)、三回目は配達の直前(着きました)、電話したらレ点でチェックする、そういう内容の用紙でした。

「なんなら、今から電話してもよろしいでしょうか、っていう電話連絡もしたほうがいいんじゃないですか?」

三回も電話するなんて馬鹿馬鹿しくってやってられるか、どんだけ暇だと思っているのか、と上司を呪い反発していた僕は、気の利いた皮肉を言ってやった積りでしたが、上司は聞こえなかったのか華麗にスルーされました。

谷間

上司に反発する思いはあっても、しょせん僕は底辺の一配達員に過ぎませんでした。言われたことをやれないなら、辞めて下さい、の世界です。

「今から伺います」

決められた通り、車内からいつものように僕は電話を入れました。相手は通販の常連、若い女性です。眼鏡をかけ色白で、かなり立派な肉厚体型の持ち主でした。通販会社の小包を配った数日後には、サイズが合わなかったのか、すぐに返品回収の連絡があります。いつも平日の昼間から家にいるので、またお前かい、つーか働いていないんかい、動かないからぶくぶく肥るんじゃい、と胸中で罵りながら配達していました。

チャイムを鳴らすと、はあい、と返事があり、次の瞬間、僕は我が目を疑い、思わず後ろにのけ反ってしまいます。

バスタオル一枚、でした。

後光のように湯気が立ち上がり、曇った眼鏡の下につぶらな瞳が輝き、若く少しふくよか過ぎる真っ白い肌は水を弾き、盛り上がった胸元に縦のラインが一本走っています。はっきり言って僕のタイプとは大いに異なるため、興奮なんてする筈がありません。

(さっき電話したやん。なんで、このタイミングで風呂入る?確信犯やん)

片方の手で胸元のバスタオルを押さえながら、配達証にサインするセクシーを装った女性をなるべく見ないように視線を外し、僕は一刻も早く、この場所から逃れたい思いで一杯でした。

カツラおばさん

通販会社の小包は返品無料なので、しょっちゅうFAXで集荷依頼が入り、僕たちは一度配達したものを、再び回収していました。サイズが違ったり、実物がカタログの写真のイメージと異なっている、等が返品の理由だそうでした。

「ちょっと、配達員さん!あんたも見て!」

その集荷先の60前半くらいのおばさんは、僕が到着するなり、玄関先で少し興奮した様子で段ボールの中身を晒しました。基本的に配達員は時間に追われており、次の配達先に早く行きたくてたまらないわけで、集荷先の段ボールの中身なんて、まったく興味が無いのです。しかしおばさんの激情的な剣幕に僕はたじろぎ、言われるがまま、中身を覗き込みました。

茶髪のカツラが入っていました。

イメージとのギャップ

「これかぶって友達と旅行に行ったら、みんなから笑われて笑われて、ものすごい恥ずかしかった。あんた、なんで頭に変なののせてるの、だって」

いや、僕も絶対笑うと思います、と正直に打ち明けるわけにもいかず、僕は曖昧な表情でぎこちなく微笑んで、話が終わるタイミングを探るものの、おばさんはさらにヒートアップします。

「このカタログの写真。全然違うでしょ!」

分厚いカタログを開き、カツラをかぶったモデルが満面の笑みを浮かべたページを僕に示します。軽いウェーブがかかったショートボブスタイルの女性は確かに魅力的です。

ただ、おばさんとは明らかに年齢が違います。多分おばさんの娘さんくらいでしょう。モデルは完全に20台前半の若さでした。僕にはおばさんが目指している理想像が狂っているとしか思えません。

「このカツラ、全然パーマかかってないでしょ。ストレートでしょ。電話で文句言ったら、みなさんそのままかぶって美容室に行かれてますよ、だって。カツラにパーマかけるって、そんな馬鹿な事あるかあ!」

配達員さんどう思う、と聞かれても何と答えていいものやらさっぱり分からず、おばさん鏡見て、取り敢えず理想像を現実的な人に変えたほうがいいよ、と心の中だけでアドバイスを送り、段ボールを会社に持ち帰りました。

このカツラもしかして僕だったら似合うかな、不意に思い立ち、先輩社員にかぶっていいかどうか尋ねると「やめろ!きたねえ」と一蹴されたのでした。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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