記事提供:サイゾーウーマン

日本政府は先月、2021年までにシリア人の留学生を最大150人受け入れると発表した。

その一方で、「難民」と認定してもらえないシリア難民が、数多く日本にいることは知られていないままだ。世界で最大の難民を生み出している国から逃げてきた人々ですら「難民」と認めず、保護もしないのがこの国の実態である。

そんな難民の現状を伝えるため、認定NPO法人「難民支援協会」が写真家の宮本直孝氏と写真展を開催する。

6月20日の「世界難民の日」にあわせて、表参道駅にて難民28人の写真を展示する予定だ。そこで同協会広報担当の田中志穂さんと野津美由紀さんに、日本に住む難民の生活と写真展の意図を聞いた。

◼所持金60円で、3カ月間ホームレス生活を強いられる難民も

エチオピアから、ショルダーバッグ1つで逃れてきたブルクタウィットさん。

――難民の方は、どうして母国から逃げてきたのでしょうか?具体的なエピソードを教えてください。

野津美由紀さん(以下、野津)事情は人それぞれですが、写真展にご協力いただいたエチオピア女性の話をお伝えしますね。

エチオピアは政治的発言が厳しく取り締まられ、ブロガーやライターが日常的に起訴される国。彼女は祖国を変えようと政治活動を行っていたので、2度も逮捕されたんです。

次は命の危険があると判断し、逃げることを決意。空港で捕まれば投獄されるので、怪しまれないよう荷物はショルダーバッグ1つだけ。

国外で難民として保護を受けるのに必要な書類を、バッグの裏地を切って忍ばせて、命がけで日本に来たのです。

――たまたまビザが早く下りた日本に、何の知識もないまま逃げてくる方も多いと聞きます。どうやって生活するのでしょうか?

田中志穂さん(以下、田中)日本語がわからず、必要な情報へのアクセス方法もわからないので、来日した瞬間からサバイバル状態です。自分を迫害する母国の人間は頼れないので、ゼロからネットワークを広げるしかありません。

野津 とりあえず自分と似た外見の人に声をかけて、私たちの事務所を知る場合が多いですね。

その後、難民申請をしても、半年間は就労資格がないので大変です。難民が日本に持ってくるお金はだいたい3万円くらいなのですが、それも、すぐ尽きてしまう。

外務省が難民申請中の生活困窮者に対して支給する「保護費」が制度としてはありますが、それを申請しても、結果は約3カ月後。待つ間に残金60円のホームレス状態になる人もいます。

冬場は一晩中歩いて寒さをしのぎ、朝、事務所が開いたら仮眠をとる生活で生き抜いて…。ようやく保護費が出ても、住居費はわずか4万円。難民申請の結果が出るまでの3年間、サバイバルは続くんです。

私たちの緊急宿泊所も常に空き待ち状態ですし、こちらで宿泊先や食事を与え続けることはできないので、生き延びる力を引き出すカウンセリングを心がけています。まずは自力で頼れる人や宿泊先を探せないか、頑張っていただくんです。

◼2015年の難民申請者数7,586人のうち、認定されたのは27人のみ

父親が日本で難民認定されなかったせいで、シリア人母子は、2年半も来日を拒まれていた。

――難民の支援を行う機関UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)も、日本における難民認定の厳しさを指摘しています。ほぼ全員が認定されないのは、なぜでしょうか?

田中 世界情勢が複雑化して難民が生まれる背景も変化している現実に、日本は対応できていないんです。“共産圏から西側諸国に逃れる”など狭い定義の「難民」しか、認定されません。

例えば、セクシュアル・マイノリティとして迫害された方が、認定されたケースはゼロですね。さらに言えば、日本の根本課題は難民政策が不在なこと。方針がないので、審査する法務省も受け入れを進めようがないんです。

野津 申請書類も厳しいですね。日本では、拷問の傷跡や、ジャーナリストであれば書いた記事など迫害された証拠を出して、「自分は難民だ」と証明する必要があります。

しかし出国時に証拠資料を持ち出すのは危険なこと。証拠を燃やして来た方もいて、証明は困難です。日本語ができないのに、日本語で大量の書類を作るのも大変で…。

認定されるのは、弁護士や翻訳家のバックアップを受けられた一握りの方のなかの数人です。ほとんどの方にはチャンスがない状態です。

2015年の難民申請者数7,586人のうち、認定されたのは、シリア、アフガニスタン、エチオピアなどの27人のみでした。

◼「難民」という遠い存在を、顔が見える存在に近づけていきたい

パキスタンから逃げてきた兄弟。

――難民のことを知らない方に見てもらえるよう、街中での写真展にしたそうですね。どんな想いを込めましたか?

田中 「難民」は遠い存在として、ひとくくりにされがちです。私たちは顔が見える「個人」として、彼らのことを届けたい。

難民にも、いろいろな方がいらっしゃいます。日本での滞在期間の長さや、就労準備プログラムなどを活用して自立に向けて動いたかによって境遇は異なりますね。

展示する写真には、日本での生活の不安が垣間見える方、東京大学の学生、家族と一緒の父親、商社に勤める会社員などさまざまな姿が現れています。一見、安定して見える方も生活には苦労されているんです。

1人ひとりの顔を見て「どんな人なのか」「なぜ日本に来たのか」と想像してもらうことで、難民のことを考える契機になれば良いと思いますね。

――逆に、難民の方は日本にどんな印象を持たれていますか?

野津 生活は大変だけれど安全だし、来日したおかげで命拾いできたと感謝している方が多いです。

田中 一方で、日本社会で暮らす人々には「難民」に悪いイメージがあるからと、今回の写真展出演を断った方もいました。

知り合いに「自分は難民だ」と伝えて、嫌な顔をされた経験があるんですよ。日本では「難民」を、“弱々しくて何もできない人”と誤解しがち。実際は、生き延びるために日本まで逃げてくる行動力やバイタリティがある人たちが少なくありません。

空腹で事務所にたどり着く方のために、すぐ食べられる食品をストック。

保管場所がないホームレスの方の荷物は、事務所で預かる。

――私たち一般市民が、できることは何でしょうか?

野津 まず、難民について知ることが第一歩。いざ難民から助けを求められた時に、けげんな顔をして去るのか、手を差し伸べるのか、知っていれば行動が変わるのではないでしょうか。

写真家の宮本氏は「自分を良くみせようとすることなく、皆さん堂々とされていました」と語った。

――今後、行いたい支援とは?

田中 難民が日本社会に受け入れられるよう、地域に向けて取り組みたいです。難民に限らず“自分たちと違う人”が住みやすい社会になることは、多様な人がより良く生きられることにつながっていくと思いますね。

認定NPO法人難民支援協会

1999年の設立以来17年間、日本に逃れてきた難民への支援を実施。国連機関UNHCRのパートナーでもある。難民申請の手続きから衣食住、教育、就労などの支援を行いつつ、難民受け入れに関する政策提言や啓発活動にも力を入れている。

フォトグラファー宮本直孝×難民支援協会 共同企画
Portraits of Refugees in Japan‐難民はここにいます
6月20日(月)~26日(日)、東京メトロ表参道駅のコンコース(ADウォール・B1出口付近)にて開催。

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