記事提供:conobie

“人と少し違う”、ということはどういうことなのでしょうか?

人生の前半には深い影響を及ぼしていた、“私の傷”

実は私、2歳の頃に大けがをしました。

当時、医療の常識が今とは異なっていたこともあり、たくさん治療をしたのにも関わらず、その傷は外見的には完治せず、私自身の成長とともにあり続け、今も私の体にしっかりと残っています。

服を着ていても隠れない場所にあるため、小さなころはよく、クラスの男子生徒や、他校の上級生にからかわれました。

大人になっても、初対面で「それどうしたの?」と聞いてこられる方もいらっしゃいます(笑)。

現在、日常生活にはまったく支障がない傷跡ですが、子どもの頃はこの傷が、私の人生に深い影を落としていました。

傷の原因に深い責任を感じていた母

私の傷は、2歳児の予測不可能な行動と、母の不注意から生じたもの。

2歳児の行動を予想することは、正直非常に難しい、と今ならわかるのですが、当時母はだいぶ自分を責めたようです。

幼い頃の断片的な記憶の中で、その痛みと恐怖、当時の病院の映像などは、いまだに頭に残っているので、たしかにひどいけがだったのだとは思います。

そんな傷を治すために、小学生の頃は学校を休んで東京の大学病院に何度も連れていかれましたし、良い治療法があると聞けば、保険適用外の病院にも予約を入れて行っていました。

そして、母は今でも私の傷を治したい、と強く思っている。

インターネットの普及により、治療法などの検索力は明らかに私のほうが母を上回っているので、「何かいい方法があれば、教えて。私の責任だから、私がお金を支払って治すようにするから」と言うのです。

結婚して子どももいる40代の女性が、70代の母親のお金を使ってまで、治療をする意味はまったくないのに。

いや、治療というよりはもはや、単なる「整形(形を整える。という意味)」です。

だって痛みもなければ、できないこともない。その傷によって私の人生に不都合や不便なことが生じているわけではないのですから。

母が責任を感じている、という事実が、自己否定につながった

この件に関しては、私は母を責めたい、という気持ちは一切ありません。

ただ、小さなころから、母のその罪悪感が「完ぺきではない子どもにしてしまった」という負い目のようなものであることは、なぜか手に取るようにわかったんです。

これは母にとって生まれつきではなく、“生まれて少したってからできた傷”だったから。そして、その傷のできる経緯に、“あからさまに自分が関わっていた”から、というのも大きいのかもしれません。

(もちろん、生まれたときに何かそういった傷があったとしても、きっと完璧主義の母は、自分の妊娠期間を責めたとは思います)

母に謝られ、かわいそうなことをしてしまったという目で見られるたび、「ああ、私のこの傷は、汚点なんだ」という悲しい気持ちになったことを思い出します。

「お母さんが、私のことでがっかりしている、私のことで悲しんでいる」

母が「ごめんね」ということは、そのまま私の自己否定につながりました。

そして私は生活の中で、その傷をなるべく隠そうとするようになっていきます。

「ああ、また、異質なものを見る目で見られている」

「恥ずかしいな、いやだな、つらいな」


不思議なもので、そういうときに限って、誰かがその傷を見ている、その傷について聞きたそうにしている、ということが手に取るようにわかるんですよね。

だから当時は、例えば車いすの方がそばを通ったとき、「車いすの方を目で追ってはいけない」と必要以上に自分に言い聞かせていたように思います。

人間が異質なものに目を向け、興味を持つのは、当たり前のこと

けれども、よくよく考えてみれば、相手の方がどういう気持ちで自分の傷を見ているのか、そんなことはわからないんですよね。

ただ単に、いつもの風景とはちょっと違うものが目に入って、自然にそれを目で追ってしまっただけかもしれない。

その傷を見ながら、もしかしたら「あ、自分も違う場所に同じような傷がある!」と共感してくれているのかもしれない。

実際、傷のある私に対して、特に子どもは単純な興味で、「それ、どうしたの?」と聞いてきたり、黙って手を伸ばして、傷を触って確かめてきます。

彼らの中に悪意はなく、隠したり怒ったり泣いたり、卑下したりせずに、「小さい時に、大きなけがをしちゃったんだよ」と答えると、「ふーん!」と納得して、すぐに他のことに意識を向ける子がとても多いのです。

たとえ人と違うことがあったとしても、それはその人にとっての事実でしかない

今だから言えることで、若い時には決して言えませんでしたが、「人との違いは、その人にとっての事実そのもの、ただそれだけ」だと思います。

ただ、それが理解でき、腑に落ち、堂々と言えるのは、自分というものをしっかりと持てる人間になってから、かもしれません。

だからこそ、お父さんやお母さんをはじめとする、周囲の大人の方に、ぜひお願いしたいのです。

どうか、「かわいそう」という目で、そのお子さんを見ないでください。

生まれる前や生まれた後、何らかの経緯でけがや障害を負ってしまったとしても、人とは違うなにかをその子が持っていたとしても、どうか親としての自分を責めないでください。

それがとても難しいことだ、というのもわかっています。

けれど、お母さんやお父さんの気持ちは、十分にお子さんに伝わっています。

「あなたがあなたであるだけで、いとおしい存在なのだ」という、その気持ちが。

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