記事提供:てぃ先生 オフィシャルブログ

こんばんは!てぃ先生です!

今日のテーマは『ごめんね』です。

この言葉、子どもにとって便利なように見えて、実は非常に難しいものです。

一つ例に出すと、お友達のおもちゃを取ったとします。

それを見た大人はついつい、

「返してあげなさい」

と言いがちなもの。

子どもが素直に応じて、おもちゃを返したとしても、その後に決まり文句のようにこういった言葉が続くように思います。

「ごめんねは?」

お友達を叩いてしまった場合などもそう。

必ず「ごめんねって言おうか」とついてきます。

何が言いたいのかというと、大人が子どもに要求する「ごめんね」に何の意味があるのでしょうか。

『悪いことをしたのだから「ごめんね」と言うべき』

それは確かに大事なことでもあると思いますが、こういった価値観があまりにも強いのかなと思う時もあります。

悪いことをした子どもが「ごめんね」と言って満足するのは、すっきりするのは、実は大人なんじゃないかなって。

相手のお友達は「別にこれくらいいいや」とか「本当は僕が先に取っちゃったから仕方ないか」などと思っている場合もあるのに、

毎回のように「ごめんね」を求められたり、求められているのを見たり聞いたりすると、何をやっても必ずそれを言わなければならないという環境や空気が出来上がってしまうんじゃないかなと思います。

相手のお友達はもう許しているのに大人が「ごめんね」を言わせることにムキになっていて、子ども同士がギクシャクしているところ見たことありませんか?あれはまさにこれの影響なのではないかと感じます。

大人とのやり取りの中でもあります。

イタズラをした子どもに対して「こうでこうだから、もうああいうイタズラはダメだよ?」と叱り、それに対して子どもが「うん、わかった!もうしない!」とせっかく反省しているのに、「ごめんなさいは?」と追い討ちをかける場面ってありますよね。

あの「ごめんなさい」には何の価値もないように感じます。

「ごめんね」って、子どもにとっては大人が思っている以上に大きな意味を持つ言葉です。

皆さんが「ごめんなさい」「すみません」「申し訳ありません」などと言う時、すごく勇気がいりませんか?

子どもだって同じです。軽い言葉じゃない。

『とりあえず「ごめんね」って言わせよう』

そんな大人の都合に包まれた「ごめんね」には何の価値もないと思います。

子ども自身が、

「悪いことしちゃったな」

「謝りたいな」

そんな風に自分で気がつき、思った時に出る『ごめんね』こそが、本当の『ごめんね』ではないでしょうか。

だから、大人がすべきことは「ごめんね」と言わせることではなくて、それに気づけるようにしてあげること。

気がつくためのヒント、それを思うことの大切さ、そういったことを教えるべきではないかと、僕は思います。

「ごめんね」と言わせることに労力を使うなら、もっと子どもと向き合って、気持ちに触れてあげると良いんじゃないかなって!

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