記事提供:カラパイア

貴重な宝石類の盗難事件は小説や映画の中だけの話ではない。

ここで紹介する宝飾品には3つの共通点がある。超貴重な代物であること、唯一無二の存在であること、行方知らずであることである。

その行方について様々な憶測が流れているが、いずれも今日に至るまで発見されていない。

10. 消失、発見、またも消失:タッカーの十字架

テディ・タッカーはバミューダで最も著名な海洋冒険家で、100隻もの難破船を発見した実績を誇る。バミューダ諸島の首相マイケル・ダンクリーは彼の死に際して、「当代一流の偉大なバミューダ人」と称えた。

89年の生涯で数多くの財宝を引き上げたタッカーだが、最も有名なものは1955年に発見した7つの大きなエメラルドで飾られた黄金の十字架だろう。

スペインの難破船サン・ペドロ号の残骸の中で見つかったタッカーの十字架は、当時世界中で大きく報道された。タッカーはさらなる調査資金を確保するため、1959年に十字架を政府に売却し、十字架は国の博物館が所蔵することになった。

1975年、エリザベス2世がバミューダを訪れる少し前のこと、タッカーの十字架が盗難され、レプリカにすり替えられていることが判明した。

その鮮やかな手口からプロの犯行が疑われ、大規模な国際的な捜査が行われたが、犯人やその行方に関する手がかりは一切見つからなかった。

9. 輸送中に消えた未加工のピンクダイヤ

なぜ天然のピンクダイヤが特徴的な色合いを呈するのか確かなことは分かっていない。

いずれにせよ、他の色付きダイヤと同じく、ピンクダイヤは非常に稀な宝石で、コレクター垂涎の的である。2014年10月には、ある8カラット以上ものピンクダイヤがオークションに出品され、破格の17億7,700万円(1,777万ドル)の値がつけられている。

しかし、コレクターの熱い目が注がれる天然の美には泥棒も注目している。

2001年1月、警備会社ブリンクの厳重な監視の下にあった162.5カラットという巨大ピンクダイヤの原石が、ヨハネスブルグからジュネーブへの搬送途中に消失してしまった。

ある専門家が「信じられないほどの純度で、激レア」と評したこのダイヤは、消失当時7億2,000万円(600万ドル)の価値があると推定されており、一度カットされればその価格は2倍にもなると言われていた。

産地は不明であるが、オーストラリアと推測されている。

ブリンク社は3,000万円の懸賞金をかけて目撃情報を募ったが、ダイヤは依然として消えたままだ。すでにカットされてブラックマーケットに流されてしまったとの説もある。

8. アメリカの財宝と強盗:イーグルダイヤ

1876年の発見当時、イーグルダイヤはアメリカで見つかったダイヤとしては2番目に大きなものだった。

だが、この「透明で、ワインイエローの小石」を見つけたチャールズ・ウッドはその価値に気がつかず、妻のクラリッサに贈っている。

それから7年間、イーグルダイヤはウッド家のテーブルの上に飾られていたが、ある宝石商で鑑定を頼んだところトパーズであると告げられ、そのまま1ドルで売却された。

のちに16カラットのダイヤであることが判明し、クラリッサはその宝石商を訴えるが時すでに遅かった。ダイヤはティファニーに850ドルで売却された後であり、さらにJ. P. モルガンの手に渡り、結局アメリカ自然史博物館に寄贈された。

以降イーグルダイヤは同博物館でJ. P. モルガン宝石コレクションとして展示されていたが、1964年にマーフ・ザ・サーフ、アラン・クーン、ロジャー・クラークの三人組によって強奪されてしまった。

そのとき盗難された品には、スター・オブ・インディアやデ・ロング・スタールビーといった貴重な宝石も含まれていた。盗難された品の大半が無事回収されているが、イーグルダイヤはまだ発見されておらず、すでにカットされ売り払われた恐れがある。

7. コートジボワール(アイボリーコースト)王室の至宝

2011年にコートジボワールで行われた疑惑の選挙は、新大統領派と前大統領派の激しい対立を生み出し、やがてコートジボワール最大の都市アビジャンにまで飛び火するようになった。

この衝突により失われた人命に加えて、混乱の中でコートジボワールの住民は国宝まで失うことになった。

フランス植民地時代まで遡る同国の文明博物館の周辺には、かつてここの守りの役も果たしていた基地があり、皮肉にも両派間で繰り広げられた激しい戦闘の中心となってしまった。

戦闘が激化をたどると、窃盗犯はそのどさくさに紛れて80点以上もの貴重な歴史的国宝を奪い去っていった。その被害総額はおよそ6億円(600万ドル)と推定されている。

被害にあった品には17世紀の王家が所有していたとされる黄金の宝飾品、マスク、王冠、ハエ叩きなどがあった。博物館の館長は「歴史のピースが一掃されてしまった」と嘆いている。

博物館の展示ケースが壊されていなかったことから、犯行には内部の関係者が関与していたと睨まれている。

盗難品はすぐさまインターポールの盗難美術品データベースに登録され、容易に売却することはできなくなっているが、これはまた別の危険性をも孕んでいる。

すなわち黄金細工を溶かし、金として換金されてしまっている恐れがあるということだ。

6. 数奇な歴史:フィレンツェのダイヤ○

フィレンツェのダイヤには長く複雑な歴史がある。明らかなことは、9角形126面ファセットにダブルローズカットされ、緑を帯びた濃い黄色を持つ137カラットのダイヤだったということだ。

フィレンツェのダイヤの他にも、ザ・タスカンやオーストリア・イエローダイヤなど様々な異名で知られている。

ブルゴーニュ公、ローマ教皇ユリウス2世、インドのヴィジャヤナガル国王などが所有していたと伝えられている。

しかしきちんとした形で残る最初の記録は、1657年にフランスの宝石商がフェルディナンド1世・デ・メディチの宝物の中にあるのを目撃したというものだ。

その後も数多くの王侯貴族の手に渡り、やがてはオーストリアのハプスブルク家の宝飾品の飾りとなり、最終的にウィーンの美術史美術館に所蔵され1918年まで展示された。

そして第一次世界大戦敗戦によってオーストリア帝国が滅亡すると、カール1世とともにスイスへと渡った。

だが、そこから先の消息は杳としてしれない。

噂では盗まれて南アメリカへ持ち込まれた後、さらにアメリカに渡り、そこで再カットされたと囁かれる。

その真偽は定かではないが、ジェム・スルースという組織が既知の70カラット以上のイエローダイヤ全てを調査したところ、唯一80カラットのダイヤが1981年にオークションに出品されていたことが判明した。

これがフィレンツェのダイヤの名残であるのかもしれない。

5. 大スキャンダルを巻き起こしたアイルランド王室の至宝

王家の至宝が消えてしまったのはアイボリーコーストだけではない。アイルランドでも王室の装飾品が1907年に盗まれている。

この384点の貴重な装飾品が盗まれた事件はスキャンダルとなり、メロドラマのような展開を見せた。

被害総額は今の金額で17億円近いと推定されている。

コレクションの目玉とも言えるのが、スター・オブ・セント・パトリックと呼ばれていたエメラルド、ルビーの十字架、ピンクのブラジリアンダイヤで飾られた手ほどの大きさがあるブローチと、バッジ・オブ・セント・パトリックの2点であった。

1903年、銀行の金庫で保管されていた装飾品は未だイギリスの統治下にあったアイルランド、ダブリン城へ運ばれることになった。

ダブリン城には財宝用の保管室があったのだが、金庫が城に運ばれた当時、大きすぎて保管室に搬入することができなかった。そこで紋章官アーサー・ヴィカーズの指示で、金庫は人の出入りがある城の書庫に設置されることになった。

そしてイギリス王エドワード7世とアレクサンドラ女王が訪問する4日前の1907年7月6日の盗難が発覚する。

その後流れた噂では、あるパーティで泥酔したヴィカーズから友人が金庫の鍵を手に入れ、財宝を持ち出すとそれをヴィカーズに被せ、目を覚ました彼が驚いたことがあったという。

しかしヴィカーズは無実を主張し、書庫に頻繁に出入りしていたフランシス・シャクルトンという男を指名した。

彼の遺言状の中には自分をスケープゴートにしようとしたエドワード7世とアイルランド政府を非難する言葉が並べられ、シャクルトンを弁護する文面もあった。

(これは公的な取り調べが行われ、シャクルトンの同性愛や王宮でのスキャンダルが暴露されることを恐れたためだと思われる)

遺言状の内容は避難を恐れて1976年まで公開されなかった。

4. 半分の卵の謎:グレートムガル

グレートムガルは1600年代初頭にインド南部で見つかったダイヤだ。原石は驚異の787カラットだった。

なんとも気前がいいことに、このダイヤはジェムラ首長がムガル帝国の皇帝シャー・ジャハーンに献上されたと伝えられている。

彼はこれをカットするためにヴェネチアの職人へ送るが、280カラットにまで小さくされてしまったことに怒り、むち打ちの刑を言い渡している。

それでも特大のダイヤであることには変わりなく、その形状とサイズは「2つに切った卵のよう」と評された。

この半分に切った卵のようなダイヤには特徴的な青みがかかっており、インドへ侵攻したペルシャ王ナーディル・シャーの手に渡ったと言われている。

しかし1747年にナーディル・シャーが暗殺されるとグレートムガルは完全に歴史の舞台から姿を消してしまった。

小さくカットされた、あるいは現存するいつかの大型ダイヤの正体がグレートムガルであるなど諸説あるが、多くの専門家は190カラット程度にカットされた同じような形状を持つオルロフダイヤ(ロシアの博物館所蔵)がそれだと考えている。

3. 世界中が大騒ぎしたブルーダイヤ事件

この50カラットのブルーダイヤの盗難事件では犯罪組織が関与し数人の死者まで出たほか、サウジアラビアとタイの外交関係にも影響を与えている。

発端は簡単な話だった。サウジアラビアの王宮に勤務していたタイ人の庭師が一攫千金を狙って宝石の窃盗を計画した。

この男は王宮の壁をよじ登り2回の窓から侵入すると、ドライバーで金庫を破り、90kgもの財宝を持ち出した。

その中の1つに世界最大級のブルーダイヤがあった。男はDHLで盗難品をタイの自宅へ送り、それから間もなく自身も帰国し、地元の宝石商で売り払った。

サウジ側はすぐに真相を突き止め、犯人の逮捕と盗難品の回収に乗り出す。

いずれも迅速に実施され、タイ警察は盗難品をサウジ側に返却し、事件は収束するはずだった。ところがサウジ側は返却されたものは大半が偽造品であり、ブルーダイヤも未返却のままであると主張した。

さらに消えたブルーダイヤにそっくりな品をタイの官僚の妻が身につけていたという噂まで流れ、サウジ側はこの人物を自ら調査するために、外交官3名とタイ王室とつながりのあるビジネスマンを送り込んだ。

ところが外交官は殺害され、ビジネスマンまで行方不明になってしまった。

サウジ側はタイ政府内の汚職を非難し、タイ大使を召還すると、さらにサウジアラビア国内にいた20万人ものタイ人労働者を国外退去させた。

その後、盗難品を購入した宝石商の妻と息子まで誘拐や殺害の犠牲者となり、最初の捜査を担当した捜査官は共謀罪で有罪判決を受けている。

2. 怪盗ピンクパンサーに盗まれたコンテス・デ・ヴァンドーム

コンテス・デ・ヴァンドームと呼ばれたネックレスは、中央に奢られた125カラットのダイヤなど、116個のダイヤをちりばめた豪華な一品である。

2004年当時、33億円(3,000万ドル)以上の価値があるとされたが、東京の宝石店から盗まれてしまっている。

厳重に警備されたこの場所からネックレスを盗み出した犯人は一体何者であろうか?

警察の捜査によって浮かび上がったのは数百人で構成されるセルビア系の窃盗団ピンクパンサーであった。

この窃盗団はヨーロッパからアジアにかけて犯罪ネットワークを張り巡らせていることで悪名が高い。東京ではカップルに扮した2名のメンバーが、買い物をする振りをしながら警備体制やネックレスの位置を偵察していたという。

目的の品が3階のショーウィンドーの中にあることを確認した2人組は、2004年3月5日犯行に及ぶ。唐辛子スプレーを店員に吹き付け、ショーケースを叩き割ると、20点以上の宝飾品を盗み、バイクで逃走した。

のちに犯人は逮捕されているが、被害にあった宝石店は1,000万円程度の保険が入ってきただけで、ネックレスは帰ってきていない。

1. 一瞬で消えたマールバラダイヤ

45カラットのマールバラダイヤはかつてマールバラ公爵夫人サラのブローチペンダントを飾っていたダイヤだ。

彼女の死後、ペンダントは売却され、新たにいくつものダイヤをちりばめたネックレスに取り付けられた。1980年当時の価格は2億円(90万ドル)ほどであった。

1980年9月11日、きちんとした身なりの男が警備員としてロンドンの店舗に入店を許可された。

しかしその直後、男は銃を取り出し、店内にいた者に床に伏せるよう命じた。さらにもう1人が現れ手榴弾をチラつかせると、そのままマールバラダイヤを含む3億1,000相当(140万ドル)の品々を奪って逃走した。

犯行時間は1分にも満たなかったという。犯行に及んだジョセフ・スカリーズとアーサー・レイチェルはシカゴのギャングとつながりがあるとされ、ロンドンからの帰還の飛行機で逮捕された。

マールバラダイヤは発見されていないが、ロンドンのタクシー運転手がアメリカに送る荷物を投函してほしいと頼まれたことを証言している。

70歳を過ぎて釈放された2人組は、死んだ元ボスの自宅へ侵入しようとして2010年に再度逮捕された。

このことから、消えたダイヤは元ボスの自宅にあるのではないかと推測されたが、FBIの捜査からは何も見つかっていない。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス