毎日毎日ボロアパートの狭い部屋で、白米とインスタントみそ汁、それにスーパーの安売りパックの惣菜、という定番夕飯を飽きずに繰り返す、悲しいかな年収的には貧困層に分類されてしまう、三十路独身男性たる僕にも、まるで「エサ」みたいな食事は切なくてやり切れぬ、たまにはまともな滋養ある食事を摂取したい、そうした強い欲求が生じる夜だってあるわけで、そんな時は一人で外食しに出掛けるのです。

非日常を楽しみたい気分で、僕は舶来の料理を堪能します。

中華料理

国道から少し入った場所に佇む、その郊外の中華料理店は年配の夫婦二人で営まれていました。BGMにNHKラジオが流れるこじんまりした家庭的な店です。夕飯時でも客は一組いればいい方で、大抵は誰もおらず、のんびりくつろげます。

夫婦は元々中国出身で、日本に帰化したらしいのですが、少し込み入った話になると二人からは早口の中国語が飛び出すし、まだまだ日本語は完璧とは言い難いようでした。爺さんは手が空くと新聞を広げ、ラジオに耳を傾け、僕にニュースの話題についてどう思うか議論を吹っかけてきて日本語の勉強に余念がない様子です。主に日本の政治とアメリカについて意見を聞かされました。

はっきり言って、さほど美味い料理があるわけではありませんが、ご飯おかわり無料で、食後に果物とインスタントコーヒーのサービスがあり、十分満腹になれる非常に重宝する店でした。

僕は夫婦の一人息子と年齢が近いそうで、特に婆さんの方は色々と気になるらしく、行く末を心配してくれました。ある日、僕が独身で彼女もいない、と告げると、婆さんは携帯電話で誰かと早口の中国語でまくし立てていました。どうやら何か策を練ってくれたようでした。

「友達の娘、紹介する。お前、いい男」

中国人の友達の娘さんを紹介して下さるそうでした。勢いに釣られて是非と頭を下げます。後日、店に行くと、婆さんからそっと写真を手渡されました。

ばっちり着物姿、真っ白い化粧を施した娘さんが腰かけている写真でした。完全なるお見合い写真に見えました。

(いやいや、お見合いは気が重いって。ガチやん。無理無理。もっとライトでポップな感じで…)

いきなり結婚するつもりは無いよ、と婆さんには言いましたが、きちんと伝わったのか不明瞭で、それから何度か婆さんから電話が掛かってきましたが、音声だけだと会話はなかなか噛み合わず、コミュニケーションは分断され、店にも行きづらくなってしまい、暫くすると、その中華料理店は潰れてしまったのです。客が全然いなかったから、仕方なかったのかも知れません。

インドカレー

刺激が欲しい夜は、インドカレーを食べます。外がパリッと中がしっとり、ほのかな甘さを含んだ熱々の白いナンを、激辛のカレーに浸して口に運べば、額から汗がほとばしり、舌がしびれ、心地よい爽快感を味わえるのです。さらにナンはおかわり無料でしっかり腹も膨れます。

インドカレー店で幸福に浸っていると、僕の背中側、後ろの席に、野球帽にフィッシングベスト、大きなボストンバッグを肩からかけた小柄な痩せぎす、ホームをレスした方のような雰囲気を醸し出す、ちょっと面倒くさそうなオヤジがずかずかした足取りで近付いてきて、どかっと腰を下ろしました。メニュー表を眺めながら、小声でぶつぶつ喋るのが丸聴こえで耳障りです。周囲にからむ癖があるようで、早速、横の席にいた若い子連れの母親に話し掛けています。

「インドには行ったことないけど、海外はいろいろ行きましたよ。香港はいいところですね。台湾もいい」

オヤジは国際人を気取っているみたいです。母親は適当に気の抜けた相槌を打つと、すでに食べ終えていたようで、さっさと逃げる様に伝票を掴んで立ち去りました。格好の話し相手を失ったオヤジは、今度は若い男性インド人店員にからみ始めました。

「このビール持って帰っていい?ビア!ボトル!オーケー?このデザインいいじゃない。海外のビール瓶集めてるの。これ何のイラスト?なんて書いてあるの?ワアット」

オヤジは注文したインドの地ビール、その瓶を持ち帰りたいと訴え、またそのラベルに描かれたイラストと文字について尋ねました。ゴミ屋敷の主人なのではないか、と邪推してしまいます。

「これタージマハル、ですよ!みんな知ってるよ。世界遺産、とても有名だよ」

「た、たじ、まは?」

「タージマハル、知らないの!?」

インド人店員は、信じられない、お前馬鹿か、そんな調子で言い放ちました。国際人たるオヤジはプライドを傷付けられたのでしょうか。今度は注文した辛口カレーについて文句を垂れ始めました。

「このカレー、全然辛くないよ。ノーホット。スウィート。なにこれ。インドカレーは辛くないと面白くないよ!」

辛くできるから作り直すよ、いやいい、押し問答の末、インド人店員は半ば無理矢理、カレー皿をひったくり厨房に消えました。数分後、再び提供されたカレーを食べ始めたオヤジから、苦しげな呻き声が漏れ聞こえました。

「…ああ。か、…からい。い、…いたい。食べきらん。馬鹿が。これ食べ物じゃない。やり過ぎやろ。もったいない」

甘いって言ったり辛いって言ったり、なんて面倒くさいオヤジなのか、僕は怒りが沸いてきました。僕が振り向くのを待っているような嘆き悲しむ声色がうっとおしくて仕方ありません。近寄ったインド人店員は、したり顔で、どう?とオヤジに尋ねました。

「べ、べえりい、ホット!」

断末魔のようなオヤジの叫びが背中に店内に響きました。

インド人店員の説明によると、通常の辛口は15倍、オヤジに作り直したカレーは50倍、インド人でもそんなカレーは食えない、少なくとも自分は食わない、辛くしたい人は別皿のスパイスで調整する、らしいのです。

「ふぃ、フィフティー!ノー、15ずつ辛くせんか!フィフティーンの次は、サーティーやろうが!」

インド人店員は不思議そうな顔をして、果たしてコミュニケーションはブレイクダウンしているようでした。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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