助けてください。

日本の法律では救えない、現在の日本医療では治してもらえない男がいる。男は2016年4月、SNSを通してSOSを発信した。

現在、フェイスブックでのシェア数は1000件を超え(2016年5月20日現在)、メッセージは中国語や英語に翻訳され、世界へと広がっている。

出典記者撮影

西谷壮平 1978年6月生まれの37歳。

現在、青森県弘前市の弘前大学病院に入院。この3年は入退院を繰り返している。
生活のほとんどはベッド上で行い、トイレ以外でベッドから降りることは、まずない。(取材時)

心臓と腎臓、2つの病。

病名は「拡張型心筋症」と「腎不全」。心臓と腎臓、どちらも移植が必要な状態である。

現在、心臓にはぺースメーカー、腹膜には腎機能の補助としてカテーテルが入っていて、1日に5回、透析を行なっている。

8年前までは、1日中走り回って仕事をバリバリこなしていた。しかし、今、彼は病室で寝たきり生活を送る身体障害者だ。

始めは、尿に淡白が混ざるという症状に過ぎなかった。

大学進学とともに、生まれ育った青森県弘前市を離れ、上京。大学を卒業しシステムエンジニアとして働き始める。

22歳、社会人1年目の時に、会社の健康診断で、尿淡白の数値が引っかかった。
医師には経過観察と告げられ、定期的にチェックはするものの、それまでと変わらぬ日常を送っていた。


異変を感じたのは8年前。


2008年のゴールデンウィーク。帰省したタイミングで、それは突然現れた。
咳が止まらなくなり、横になるのも辛く、寝ることも出来なかった。

病院に行き、レントゲンで肺を写したところ、肺に水が溜まっていることが分かった。
検査の結果、心臓がしっかり動いていないこと、腎臓が弱っていることが判明した。

見つかった時には、すでに腎臓も心臓も悪い状態。
もしかしたら尿淡白も心臓か腎臓が原因だったかもしれない。どちらかの臓器が原因でもう一方を悪くしたのかもしれない。
でも、この現状では原因は分からないと結論付けられた。
小さい頃から病気知らず。なぜ自分が。そう思ったという。

投薬による治療が始まった。無理しなきゃ大丈夫、生活は保たれると思っていた。
病気療養の為、東京の会社を辞職し、帰郷もした。


腎臓が悲鳴を上げる。

2013年11月、腎臓の状況が悪くなり、腹膜透析の手術を行った。それでも症状は良くならず、2014年3月に移植を勧められた。

家族からの腎臓提供ということで移植手術に向け話を進めていたが、医師は心臓が手術に耐えられないと判断。移植話はストップした。

心臓手術でペースメーカーを入れるも、移植手術ができるまでには、回復しなかった。
では心臓移植は? それも腎臓が悪いことを理由にドナー待ちの列に並ぶことが出来ない。

助かる方法としては心臓と腎臓の同時移植が濃厚。
しかし、日本ではこの2つの臓器の同時移植は認められていない。
臓器は移植が必要。でもこの組み合わせでは無理。
今のままでは、日本では治せない、治してもらえない。

現状では、心臓の状態の安定を祈り、対症療法を続けていくしかない。
もしも、心臓の状態が良くなれば腎臓の移植手術は可能だが、症状は悪化の一途をたどっている。望みは薄い。

「法の規制が緩むか、再生医療の技術が上がるか。それを祈るしかなかったんです」そう言って笑った。

後悔が生んだSNSという道。

出典記者撮影

体調を崩した頃に、セカンドオピニオンという選択肢が頭をよぎった。でもその時は、体調がもう少し良くなってから、と先延ばしにした。

しかし、体調は良くなるどころか悪くなる一方で、その選択肢は選べなくなってしまった。

西谷さんの中で「やればよかった。なぜあの時にしなかったんだ」という後悔の念が膨らんだ。
現在の病院や主治医に不満はない。でも、助かる方法がもしもあったとしたら……。

もう後悔はしたくない。もう、なりふり構わず誰かに頼ろう、そう決めた。そしてたどり着いたSNSへのメッセージ投稿。

この西谷さんの声に多くの人が反応。シェアをすることで声はどんどん大きくなった。
また、投稿内容は中国語や英語にも翻訳され、日本だけでなく世界の人々に送られている。
そして、声は知識を持つ人に届き、多くのメッセージが返信されて始めている。


こんなに反響があると思わなかった。知らないことをいっぱい教えてもらった。

難病相談の専門施設があることを知った。代替医療の情報も寄せられた。また、セカンドオピニオンについてもいろんな意見を頂いた。

「生きる希望、可能性が高いのであれば試していきたい」

SNSに投稿する前は、何をしたらいいのか全く分からなかった。でも今は希望がある。しなきゃいけないことがある。助かる道がある。そんな気がしたという。

出典記者撮影

「SNSに載せるのは怖かったけど、そうも言ってられなかった」

『あまえてんじゃねーよ』など、誹謗中傷も来るだろう、それは予測できた。それでも何か情報が得られればいい、そう思い、腹をくくって投稿した。
しかし、予想は外れ、嫌なリアクションは一件もなかった。全てが温かい声援だった。

病気が治ったら世界一周してみたい。声をくれた人たちの所に行きたいんです。そう話す西谷さんの言葉は希望に満ち溢れていた。

最後に、SNSを見てくれた方々にメッセージをいただいた。

「見ず知らずの私に、本当に温かい言葉といろんな情報をご好意でいただけて、すごく嬉しくて、言葉にできないくらい感謝しています。せめてもの恩返しとしては、私が元気になることだと思っています。そこを目指して頑張っていきたいと思っています」

取材後記

まだ、あきらめなくていい。西谷さんがもらったのは、なにより勇気や希望だったと感じた。

世界が背中を押してくれている。難病患者でありながら、とてもこの先に希望を持つ、いい顔をしていた。

SNSを見た人の中には、同じような難病で苦しむ方もいたかもしれない。西谷さんの行動は、患者自らが声を上げることも出来るという1つの例になれたのではないか。

私は西谷さんの行動は凄く勇気のある、そして勇気を与えるものだと感じた。
今後も見守っていきたい。

出典記者撮影

この記事を書いたユーザー

ポキール伊藤 このユーザーの他の記事を見る

10年ほど、テレビやラジオの構成作家をさせていただいております。
趣味は取材。情報番組や報道番組で多くの方々を取材してきました。人が大好き。出身は青森県三沢市。介護福祉士。

権利侵害申告はこちら