出典 https://flic.kr

記事提供:messy

子育て支援で有名なNPO法人のフローレンスの駒崎代表らが、国による返済不要の給付型奨学金の創設を目指すため、同日から今月末までインターネット上での署名活動を実施するというキャンペーンがニュースになっています。

奨学金返済の厳しさは貧困問題、経済格差とともに毎日のように報道されている状況を考えれば、このキャンペーンが目指す給付型奨学金の創設は急務と言えるようにも見えますが、報道によれば導入を先送りすることが判断されたようです。

今の日本学生支援機構の奨学金額は家計が厳しい学生にとって十分な金額を貸与できているとは言えません。

奨学金の金額について、4分の3以上の学生が現在の支給金額で十分と考えている一方で、家計所得300万円未満の家庭出身者は、増額を望む学生が多いのです。

また、学生にとって「借金をする」ことの負担も非常に重いことも事実です。

進学時に家庭の経済事情を重視せざるをえない学生ほど、日本学生支援機構の奨学金の申請見合せ(不申請)を行う際に「卒業後の返還が大変そうだったから」という理由を挙げる傾向があります。

駒崎氏の今回のキャンペーンに関するブログには、

「家庭の経済格差が学力格差を生んでいることが明確にわかります。こうした事態を解決するために、奨学金、特に給付型奨学金が必要です」

「他の先進国を見てみると、大学は無償か非常に安価です。有償でも給付型奨学金があることで、負担が軽くなっていますが、有償なのに給付型奨学金がないのは、なんと日本のみ。天然資源に恵まれず、人が最大の日本なのにもかかわらず」

と書かれています。

しかし、この議論にはかなりの飛躍があります。実際には、家庭環境などが整っているからこそ、大学進学を考えられるのであって、生活困窮家庭の場合はそもそも大学進学を考えることさえ難しいのです。

給付型奨学金では、そういった家庭が大学進学を考えられるような状況を整えることはできません。大学に進学したいと思う程度の学力や家庭の文化水準、学校環境にあるからこそ、大学進学のための奨学金が必要なのです。

学力格差の解決に必要なのは大学進学のための給付型奨学金ではなく、福祉システムの改善であり、生徒に対する「進学希望」「就職希望」への導き方を含めた、幼少期から高校までの教育そのものです。

また、給付型奨学金は運用方法や支給基準によっては、かえって親の経済力による学力格差を悪化させる恐れがあります。

年収300万以下の家庭出身者は大学より専門学校を選んでいる

そもそも、高校生の進路と世帯の年収の関連を見た場合、4年制大学は、両親の年収が上がるほど進学率も上がるのに対し、専門学校についてはその逆に、両親の年収が上がると進学率は下がっていきます。

世帯年収が低い家庭の出身者は前提としてあまり大学には進学せず、進学するとしても専門学校に行く傾向があるのです。専門学校の方が大学より在学期間が短いとはいえ、多くの場合、かかる費用は大学と大きな差はないにもかかわらず、です。

しかも、子の性別によって親の進学希望の期待のかけ方に差が見られます。

東京大学大学院教育学研究科が実施した『高校生の進路追跡調査』によると、親が子どもに進学してほしい学校・学科の一番人気は「大学(文系学部)」で、子どもが男子の場合は39.9%、女子の場合は38.7%です。

次に多いのが、男子の場合は「大学(理系学部)」(33.5%)、女子の場合は「専門学校」(22.4%)です。

同調査によれば、世帯年収400万以下の家庭出身者の4年制大学進学率は都市部男子46.5%、地方男子40.0%、都市部女子25.0%、地方女子27.8%となっています。

世帯年収が低く、子どもが女子の場合、4年制大学ではなく専門学校や短大に進学することが多くなります。

また、さまざまな進路に関する調査で、女子の場合は地理的制約によって進路を決める比率が高く、親元を離れたくない、親元から離したくないという女子のいる家庭の状況が進路決定に影響を及ぼすことも指摘されています。

生活困窮家庭出身の女子が進学を希望する場合、専門学校や短大を選ぶ傾向がある上、学部・学科選びでも就職に結びつかない人文系、芸術系や、賃金の低い介護・福祉系専門職などを選ぶ傾向があります。

しかし、これらの学校・学部・学科への進学は、将来の賃金を減少させる可能性、非正規雇用に就く可能性を高めてしまうものでもあります。

大学進学費用を支援すれば、進学格差が埋まる、学力格差が埋まる、将来の賃金格差が埋まるというような、単純な話ではないのです。

給付型奨学金では「本当に必要な人」の大学進学率は上がらない

今回のキャンペーンでは、「学力差は経済力の格差であるから給付型奨学金が必要だ」という理由付けがされていますが、

高校生の進路形成は、進路多様校(大学・短大・専門進学・就職希望者がいる高校で、家計が厳しい家庭出身者も多い高校)の生徒達であっても、3年間であまり大きく変化しません。

1年生のときに強く大学進学や就職を希望する生徒はもちろん、なんとなく持っている進路希望が大抵そのまま続いていきます。

また、進路多様校の生徒にとって、就職や4年生大学進学をするならば、学業や課外活動などにしっかり取り組まなければならないものです。

ほとんどの生徒にとって進路決定の1番の要素が成績ですが、進路を決定する高3の頃には同じ学校内でもすでに大きな学力差が出ています。

進路多様校、特に職業系の専門高校(商業、工業など)の場合、成績の良い生徒ほど進路で悩む傾向が見られます。

成績トップの生徒であれば、学校によっては就職先が選び放題なので、大学進学したからといって就職ができるわけでもないご時世なら就職したほうがいいのではないか、と考えるのです。

高3までの学力が低くて、進学を希望していない場合、そもそも最初から強く就職を希望している場合もありますが、生活困窮家庭出身は初めから大学進学希望を希望していない可能性があります。

生活困窮家庭出身者への支援で必要なのは、ざっくりとした「給付型奨学金」というアイディアではなく、もっと包括的に進路指導・進路情報のあり方を変えるような仕組み作りです。

たとえば、偏差値で輪切りにされている高校ヒエラルキーを前提にしている学校教育の中で、就職・進学両方に強い職業系の専門高校というのは一般的に社会的地位が低く、中学校側でも専門高校の進路状況に関する情報が少ないなどの問題があります。

中学校側がこれら高校の情報を生徒たちにしっかりと伝え、本人たちの進路ニーズを汲み取った上で高校を受験させなければ、

こうした専門高校の進学希望者が減少すれば倍率が下がり、入学してくる生徒の学力水準の低下も起こりやすくなり、文科省から進学ニーズが無いと判断されれば統廃合の対象にもなりやすくなります。

進学率が上がる中で、職業系の専門高校の人気は下がり続けてきましたが、その原因には中学校側の情報不足によるものもあるのです。

同じ状況は大学に関しても言えるでしょう。

就職支援などに力を入れている大学は多いものの、そういった情報は高校・高校生側にはしっかりと伝わっていないケースは少なくありません。

在籍者の進路に関する情報提供をしやすくする仕組み作りの方が、お金もかからず、しかも直接的に中学生・高校生の進路指導に与える影響は強いのではないでしょうか。

大学進学率は、大学進学が進路希望の念頭にも無い生徒たちに「大学進学も考えてみようかな」と思わせることでしか上がりません。

高校3年生、もっと言うならば高校入学以前から、そういった大学進学を考えてもいない生徒たちの大学進学ニーズを掘り起こせなければ学歴格差、学力格差は埋まりません。

そして、ただ大学進学率が上がるだけでは、彼らの経済状況は良くならないので、進学支援において、就職も検討できる仕組み、「将来的に稼げる進学」をサポートする進路指導のあり方を、高校よりもずっと早期の教育段階から考えていくべきです。

メリットベース奨学金とニーズベース奨学金

そもそも、進学希望の高校生とその両親の多くは、奨学金を受けることを前提に進学を考えています。

前述の調査では、学費にあてるために日本学生支援機構などの貸与奨学金(無利子、低利子)を借りるなら、年額でどれくらい借りたいかも尋ねています。「借りる必要はない」は全体の32.6%にとどまり、約7割は何らかの奨学金を必要としています。

学力格差が経済格差に規定されるものであることは事実です。しかし、だからこそ、ただ給付型奨学金があるだけでは、この差は埋まらないのです。

「給付型奨学金」といわれるものには2種類あります。

ひとつは「家計が苦しくお金が必要な人のため」のニーズベースの奨学金。

この場合、家計が苦しいことだけが条件なので、学業成績などは判断基準になりません。また、ニーズベース奨学金はアファーマティブアクションの性格も持っています。

大学進学や社会進出において生活困窮家庭という不利な条件を補い、彼らが貧困から脱するチャンスを与えるものだからです。

これに近いものとして、アメリカなどでは性的指向、性別、人種・民族にもとづく奨学金もあります。

たとえば、女子の理系大学進学者に対して奨学金を支給すれば、女子高校生とその保護者の進学希望を「短大」「専門」「文系大学」から理系大学にシフトさせることができるでしょう。

もう一つは「学業成績や人物評価(家計が苦しいことが前提の場合も多い)」に基づくメリットベース奨学金です。

日本の大学・専門学校の給付型奨学金の多くがメリットベース奨学金で、給付型奨学金の議論においても、ニーズ奨学金を推進しようという議論はあまり見られません。

しかし、メリットベース奨学金として今回の給付型奨学金アイディアが導入されると、経済格差は縮まるどころか広がる可能性があります。

メリットベース奨学金は格差を広げる

進学希望者の7割が奨学金を希望している中で、もし学業成績、課外活動、人物評価によって奨学金受給者が決定されると、

当然、家計は楽ではないけれど、塾に通ったり、課外活動をしたり、本や参考書を買えたり、家族でちょっと遠出をしたりといった文化的活動をする余裕のある家庭の子どもが選ばれやすくなります。

今回の給付型奨学金をめぐる議論の前提となっているのは「大学教育は経済格差を是正する」という考えだと思いますが、大学進学をしても、大学のレベル、学部・学科、地域などにより、その後の就職のしやすさや賃金には変化があります。

そして、大学進学(学部・学科)も含め、進路希望が形成されるプロセスには、家計のほか、性別、学業成績、家庭環境、親の教育レベル、親のジェンダー観なども強く影響します。

この状況を考えないまま、メリットベース奨学金のみが導入された場合、本当に奨学金が必要な家庭・子どもに届かない可能性が高まります。

給付型奨学金によって、進学希望の生徒の状況は改善するかもしれませんが、そもそも進学希望が形成されにくい条件を持つ生徒たちにとって、何の変化ももたらさないものです。

これでは今回のキャンペーンの主張たる、経済格差による学力格差の改善にはなりません。

今回のキャンペーンでは、「給付型奨学金の財源は休眠預金」ということを主張していますが、もし休眠預金が活用できるなら、現在の日本学生支援機構の貸与奨学金の利子を廃止する方が優先順位が高いように思われます。

また、給付型奨学金を導入する場合、メリットベースで受給できる奨学金の金額を傾斜させるなどの工夫が必要です。

「給付型奨学金」のアイディアだけが先行してしまうと、かえって経済格差・学力格差を広げてしまうのではないかと懸念しています。

私は給付型奨学金そのものには反対しませんし、むしろ賛成の立場ですが、本当に奨学金を必要としている人たちを掬い上げるシステムとなるよう、これからもっと細やかな議論をしていく必要があると思います。

古谷有希子

ジョージメイソン大学社会学研究科 博士課程。東京大学社会科学研究所 客員研究員。

大学院修了後、ビジネスコーチとして日本でマネジメントコンサルティングに従事したのち、渡米。

公共政策大学院、シンクタンクでのインターンなどを経て、現在は日本・アメリカで高校生・若者の就職問題の研究に従事する傍ら、NPOへのアドバイザリーも行う。社会政策、教育政策、教育のグローバリゼーションを専門とする。

出典:高校生の進路追跡調査 第1次報告書(http://ump.p.u-tokyo.ac.jp/crump/resource/crumphsts.pdf)
出典:「専修学校における生徒・学生支援などに対する基礎調査」調査研究報告書【概要】(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/031/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2014/05/01/1347462_04_1.pdf)
出典:専修学校生への経済的支援の在り方について(中間まとめ)(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shougai/031/shiryo/__icsFiles/afieldfile/2014/08/13/1350841_03.pdf)
出典:Merit Aid and College Access(http://citeseerx.ist.psu.edu/viewdoc/download?doi=10.1.1.544.2863&rep=rep1&type=pdf)
出典:Can Universal,Place‐Based Scholarships Reduce Inequality?Lessons from Kalamazoo,Michigan(http://research.upjohn.org/cgi/viewcontent.cgi?article=1016&context=confpapers)
出典:DOCUMENT RESUME(http://files.eric.ed.gov/fulltext/ED468845.pdf)

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス