裁判所は罪を犯した者が裁かれる場所。罪の大きさに関わらず、判決が下されて然るべき場所なのです。ところがこのほど、イタリア北西部にあるジェノアの最高裁で胸を打たれる人道的な判決が下され話題になっています。

イタリアのホームレス事情

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イタリアといえば美しい歴史的建造物、美味しい食べ物、陽気な人々など嫌いな人はいないというほどの人気の観光地。でも、他国に漏れずイタリアでもホームレスは大きな社会問題となっています。

イタリアでは日々、貧困に苦しむ人が615人ずつ増加しているといった深刻な状況。観光客を狙った犯罪以上に見えないところでの犯罪も多発。経済危機も相まって、高齢者のホームレスも急増しているというのが現状だそうです。

ある一人のホームレスがスーパーで万引き

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それは2011年の出来事でした。ウクライナ人であるホームレスの男性(36歳)がスーパーで万引きをしたとして逮捕されました。なけなしのお金でパンを買うためにレジに並んでいたのですが、男性は懐にチーズとソーセージ1本を隠し持っており、それが他の客の目に止まり警備員へ知らされ逮捕となったのです。

そして2013年に下された判決では有罪。懲役6ヶ月の実刑と100ユーロ(約12,400円)の罰金が課せられました。男性が飢えを凌ぐために盗んだチーズとソーセージの代金はわずか470円程度。この事実が後に判決を覆す決定打となったのです。

「生きる為のわずかな窃盗は罪としない」

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今年、最高裁が下した判決は「当時の男性は、食べなければ死ぬという過酷な状況にあった。生きる為に僅かな食料を盗んだとしてもそれは犯罪には当たらない」というものでした。

どんな罪であれ、犯した罪を、またその人を裁くのが最高裁。でもジェノバの裁判所は男性が盗んだものがわずかな金銭価値であったこと、万引きは必要に迫られた上の行為だったことと解釈し有罪判決を覆したのです。

この判決に多くの称賛の声が

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生きる為には食べなければならない。人間の当然の行為を万引きという犯罪で補おうとしたことは倫理的には許されないことでしょうが、今回の最高裁の判決は人道的なものだったとして世間から称賛の声が寄せられています。

確かに、法律は国によって定められたもの。いかなる理由があったとしてもそれを曲げることはできません。現実のルールにのっとってどのような犯罪も裁かれるべきだと言う人も中にはいます。

法律とは人の道義的価値観の上に成り立つもの。今回の男性の万引きはどちらかというと法によって強制されるような責任はなくとも、社会の規範となる道徳や倫理に違反しているという道義的責任が問われる行為と最高裁は判断を下したのでしょう。

万引きされた店側にしてはその「行為」に処罰を与えてほしいところなのでしょうが、差最高裁では法が立ち入ることのできない「道徳」を重んじたのではないでしょうか。筆者はこの最高裁の慈悲溢れる人道的な判決に胸が熱くなりました。

世界で起こっている問題を見直す時

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今回の最高裁の判決は、私たちに「飢えにより人の命が奪われることがあってはならない」という最も大切な教えを伝えてくれたのではないでしょうか。ホームレスに限らず世界中で起こっている飢餓問題は深刻な国際社会問題となっています。

飢えにより毎日多くの子供たちが命を落としているという現実。お金のある人だけが生きることができ、そうでない人は命を落とすのは仕方ないことという観念を根本的に排除し、社会を見つめなおすきっかけを与えられた気がします。

人を裁くのも裁かれるのも同じ人間。そこには「法」さえも介入できないものが存在するのです。結果的に有罪判決を下されずに済んだこのホームレスが、これからも飢えを凌いで生きて行けますように。そして多くの飢えに苦しむ人たちが少しでも今日の食べ物を得ることができますように。こうした社会問題を目にするとそう願わずにはいられません。

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公式プラチナライター。イギリス在住22年目。いつも読んで下さる皆さんに感謝。Twitterアカウントは@mayonesque18です。よろしくお願いします。

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