みなさま、「右の頬を打たれたら、左の頬をも差し出しなさい」という言葉をご存知でしょうか?

これはイエス・キリストの教えですが、その意味には諸説あるようですね。

ツイルターユーザー「台野 4号機(@deeeno_S)さん」のつぶやきに添えられた画像を見て、格闘家の血が疼きましたので、ご紹介させていただきます。

ちなみにわたくし、格闘家でもなんでもないただの平和主義者です。

いったいどんなつぶやきなの?

そのつぶやきは、

キ◯ストさんだって機嫌悪けりゃ
こんな事言いますよね

出典 https://twitter.com

という一文に、4枚の画像を伴い構成されております。

現在、13000を超えるリツイートを獲得し、人々の関心の高さをうかがわせております。

それでは、つぶやきをご覧ください

◎画像はこちら

出典 https://twitter.com

どんなことがあっても暴力はいけません。

わたくしは、ガンジーを心の師と仰いでいるほどの超平和主義者ですので、暴力行為は許せませんので、暴力をふるう人を鉄拳制裁したくなります(アレ?)

出典 https://twitter.com

キリストさま、見事なステップインで、右ボディストレートを決めておりますね。
この絵を見るに、キリストさまはサウスポーだったことが分ります。

出典 https://twitter.com

見事なボディーブローで、相手のあごが下がりましたね。

ここは、左アッパーか左フックでフィニッシュでしょう!

出典 https://twitter.com

このキリストさま、わたくしは勝手にボクサーと思っていましたが、キックボクサーだったのですね。
暴力はいけませんが、正当防衛でしょう。

実力差があるので、過剰防衛扱いされることも十分に考えられますが。

◎ツイートはこちら

機嫌が良くても、殴られれば腹が立ちます。

左の頬を差し出せはキリストの教えですがこの場合、イスラム教の「目には目を歯には歯を」を実践しているようにも思えます。

といいますか、あまりにも絵が上手いので、少し興奮してしまいました。

◎ツイッターでの反応は

どんな理由があろうとも、人を殴ってはいけません。
ましてや神。

確かに、トキっぽいですね。

格闘センス抜群ですね!

北斗…を彷彿とさせます。

元(げん)人間って何か考えていました。
元(もと)人間ですね(笑)

神様といえども、時には感情的になることもあるでしょう。
理由もなく殴られれば、反撃したくなる気持ちも分ります。

ツイート全般、画風から世紀末のあの漫画を覆い浮かべた方も少なくないようです。

ところで、今回のツイートの構成上欠かせないキリストの教え

「右の頬を打たれたら、左の頬を差し出せ」

ですが、なんとなく意味を誤解して覚えてしまっているような気がします。

個人的には、相手の気が済むまで殴らせる「無抵抗主義」のようなものと理解してきましたが、なんか違うような気がします。

◎「右の頬を打たれたら~」の意味は

「目には目を、歯には歯を」
これをさらに発達させたのがイエス・キリストである。

「相手の攻撃を受けきってから反撃を加える」、すなわち「右の頬を打たれたら左の頬を差し出しなさい」と弟子達に述べている。

出典 http://ja.uncyclopedia.info

必ずしも「無抵抗主義」ではないようですね。

といいますか、相手に攻撃させてから反撃するということでしたら、正当防衛がこれに当たるような気がします。

◎別の解釈も

Aさん 「憎い相手を想像してみてくださいよ。利き手の右手で普通に相手を殴ったら、右でなく左の頬に当たりませんか?」
 確かに! 聖書を読むだけでは、なかなか気づかない人が多いだろう。実際によく考えてみれば分かることだが、右手でとっさに誰かを殴るとなると、相手の右頬に当てることは難しい。
Aさん 「そうなんです。無理でしょ? 相手の右頬を殴りたければ、やりやすいのは手の甲、つまり裏拳です。昔は、卑しい身分の奴隷を殴る時、手のひらで殴ると『手が汚れる』と考えられていたため、裏拳で殴っていたんです」
 なるほど! それなら確かにつじつまが合う。

出典 http://tocana.jp

当時の時代背景と照らし合わせた論でしょうが、理にかなっている部分も少なくありませんね。

確証を得られないのが残念ですね。

Aさん 「でも、ここからが本題ですよ。右頬を裏拳で殴られた相手が、イエスの教え通りに左頬を差し出したとします。でも、裏拳では無理ですよね? 今度はキレイな手のひらで殴らざるを得ない。そこで主人が、右の手のひらで奴隷を殴ったとしましょう。するとそれは、今までの関係が変わった、ということを意味するのです。『主人と奴隷』の関係から、『対等』になってしまうのです。この事実は、殴る主人の側にとって大変屈辱的なことなのです。実は、ここに真意があるんです」
 なんと!! 暴力を用いることなく、主人にここまで巧妙に屈辱を与えるとともに、自らの立場を変える方法がほかにあるだろうか! ガンジーの「非暴力不服従運動」にもつながる精神を感じる。そう、イエスは何も「奴隷のままでいて、全てを受け入れ、現世では我慢するように」などと言っていたわけではなく、“平和的な闘い方”を教えていたのだ。

出典 http://tocana.jp

こういう解釈もあるのですね。

この流れが、近代無抵抗主義を確立させたガンジーの非暴力不服従運動と繋がっていったとしたら、それは凄いことでしょう。

今回のツイートのマンガ、とても楽しく読ませていただきましたが、その中に秘めたる真意も感じとることができました。

人間社会に当てはめて、

いつもニコニコしている神様のような人でも、怒らせたらこういう目にあうんだぞ

わたくしはそのように取りましたが、みなさまは如何でしょうか。

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