出典 https://twitter.com

太平洋戦争中、海軍の零戦パイロットとして真珠湾攻撃、ミッドウェー海戦、ガダルカナル島での戦闘に参加した元零戦パイロットの原田要さん(99歳)が5月3日、多臓器不全のため亡くなられました。戦後は戦争の語り部とし自身の体験に基づき戦争の恐ろしさ平和の大切さを伝える反戦を訴え続けていました。

原田要

出典 https://ja.wikipedia.org

生誕 1916年(大正5年)8月11日
出身地 長野県上水内郡浅川村
死没 2016年5月3日(満99歳没)
所属組織 大日本帝国海軍軍歴1933年 - 1945年
最終階級 海軍中尉
除隊後 幼稚園経

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戦後50年間は戦争について語ることは一切なく、50年経った後次世代の人達のためにと語り始めました。そのきっかけは湾岸戦争。ある若者が呟いた「テレビゲームみたい」という一言でした。

豊かで安全な国に育った今の日本人が、つらく、希望のない戦争について忘れかけているのでは、ミサイルの先には弱い人達の犠牲があること、平和がいかに大切かを伝えていかなければと。「私にはその義務がある」と要求があればどこにでも出向き反戦を訴えてきました。

私ほど人の命をあやめた人間はいない

出典 http://www.kundian.net

「お国のために」と命を投げ出す覚悟で17歳の時に海軍に志願、12年の歳月が経った時、我が身を振り返り、気がつけば「世界一、非人道的な人間になってしまった」「みじめな人間になってしまった」「私ほど人の命をあやめた人間はいない」と感じたそうです。このことは、原田さんが長野県での最後の講演で胸中を語り話題になりました。

戦争は、何一つ幸せを生まない、そこには弱い人達の犠牲がたくさんある、そんな残酷な世の中がなくなるように、二度と自分と同じ過ちが繰り返されないように、次世代の人達にお願いしたいと仰った原田さん。

8月で99歳になる老兵、原田要です。戦闘機の実戦の体験者ですが、70年も前のことで記憶も薄れがちです。

17歳のときに一生をお国のために海軍の一兵卒として使ってもらおうと考えました。それから12年余、いろいろなことがありましたが、私は世界一、非人道的な人間になってしまったのです。その間約10年の航空生活を通じ8000時間余の飛行時間、その私ほど人の命をあやめた人間はいないのです。

結局は戦争という罪悪のために、こうしたみじめな人間が生まれてくるのです。だから戦争をなくしてほしいと感じるわけです。

出典 https://thepage.jp

戦争とはいえ人をあやめた償いを一生かけてしてきた原田さんは地元の長野市に幼稚園を設立し園長を務めていました。その心の中には「平和を大事にする人間を育てたい」という想いあがいつもあったそうです。

戦争により人生を翻弄された原田さん「みじめな人間」「戦争が憎い」と言う心中はいかほどだったのか。戦争を知らない私達は想像もできない体験をなさった原田さん。平和・命の大切さや戦争の惨さというものを後世に伝える生きた証。その方が亡くなられたのは残念で仕方ありません。

原田さんが亡くなられた2016年5月3日。この日、8月の100歳の誕生日の前祝いに長野県を訪れることになっていた日米の元軍人らが訃報を知って言葉を失い、原田さん宅に駆け付けたそうです。

戦争を知る人、国の未来の為に私達の豊な未来の為に散っていった方々がいたこと。二度と同じ想いを未来の子供達に味あわせてはいけない、そのこと私達は忘れてはいけないと改めて思います。

心よりご冥福をお祈り致します。

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