記事提供:messy

婚姻率が低下している現代、出生率の低さも絡めて「早く結婚して子供を産め!」と社会全体から恫喝されているような、肩身の狭い思いの30~40代女性は少なくありません。

20代前後までは「大きくなったら自分も当たり前に結婚するんだろう」と漠然とした未来を描いていたにしても、いざ「大きく」なってみると戸惑いの連続です。第一、自分が本当に結婚をしたいかどうかも分からない。

そんな女性の複雑な心境に迫ろうと試みた書籍『本当は結婚したくないのだ症候群』(青春出版社)を、北条かやさんが上梓しました。現代男女の結婚観や恋愛観、そして日本の社会制度にも踏み込み、北条さんの分析を伺いました。

みんながしてきたことだから…

――今回『本当は~』のタイトルだけ見たときに、そういえば女性向けファッション誌や恋愛本の多くは、その問いをすっ飛ばしているなあと気が付きました。読者が「結婚したい」前提で書かれている企画が実に多い。

でも読者である女性が、本当に結婚したいのかな?と自問自答する段階が本当は必要なんじゃないかなと。

実際、漠然とした「結婚したい」気持ちは多くの女性が抱いているでしょうし、恋愛するからには結婚を見据えて…と考えがちになるのがアラサーですが、

そもそもなぜ「結婚したい」のか。北条さんはどうお考えですか?

北条かやさん(以下、北条)みんなが結婚するから、自分もしたほうがいいのかな、ってことだと思います。

みんなっていうのは、友達や先輩後輩とかだけじゃなくて、親とかおじいちゃんおばあちゃんがみんな、結婚してきたという事実があるじゃないですか。

1898(明治31)年に明治民法が施行されて、すべての人が「家」に属して戸主に従う家父長制が行き渡り、戦後民法改正による家制度の解体を経てもまだ、戸籍というシステムが残っている現代。

ここまでの120年あまりで、みんなが結婚するのが常識になりました。歴史としてはそんなに長くないのですが、三世代も続けばそれは慣習として固定化してしまいます。

自分の母親も、おばあちゃんも、ひいおばあちゃんも、結婚して子供を産んでいる。だから自分も結婚するだろう、したほうがいいんだ、と考えている女性は非常に多いという印象です。

――70年代初頭の生涯未婚率は男女共に5%程度で、95%は一度は結婚した経験がある、というデータが本書で紹介されていました。

その「一度は結婚した経験がある」人々の子にあたる、今30代前後の女性にとって、結婚するのは当たり前という感覚になっているかもしれません。

北条 そうですね。一番身近なロールモデルは家族なので。

――もう少し若い世代、たとえば90年代生まれの男女は現在10代後半~20代ですが、また価値観が変わってくるのでしょうか?

北条 どうでしょうね。今、二十歳くらいの若さで子どもを産んでいるような若者たち、マイルドヤンキーなどと呼ばれる層について言うと、彼らはジェンダーロールが内面化していて、ある意味保守的だと思います。

性役割の面でもそうですが、若い世代だからといってリベラルなわけではないし、古い慣習から逃れられるわけでもありません。

新しい家族観を提示してくれたものとして私が強烈に覚えているのが、2002年に放送された月9ドラマなんですけど。『人にやさしく』(フジテレビ系)ってご存知ですか?

SMAP香取慎吾さんが主演でSOPHIA松岡充さん、加藤浩次さんと男3人で小学生の男児を育てる内容でした。既存の家族制度から離れた人たちの、家族としてのあり方を描いていて、こういう家族構成があっても良いんだって知ることができました。

そういうエンタメコンテンツ経由のアプローチでもいいので、若い世代に事実婚も含め多様なかたちのパートナーシップが認知され、広がればいいと思います。じゃないと絶対、未婚率が上がりますよ。

――未婚率が上がる、と北条さんが考える根拠は何ですか?

北条 結婚というパートナーシップ制度の「鋳型」が固定化した状態のまま、「結婚しましょう」と推奨しても、人はそれぞれ違う生き物ですから無理に「鋳型」にはまることは出来ません。

抽象的ですが、今は結婚というひとつの鋳型におさまることを目指して、みんなが無理ゲーをしているように見えます。理想の結婚相手を思い描いたときに、男性は家庭的な女性を、女性は頼りがいのある男性を求めて、

「この人は違う、あの人も違う、結婚相手には出来ないな」と減点的な見方をしてしまいがちです。

男性が大黒柱になり家計を支える立場になるのが、これまで常識的な家庭のありかたでしたが、不景気が当たり前になった今の時代に他人を養うだけの収入を稼げる男性は少数です。

時代の変化に個々の価値観の変化が追いついていないから、男性側は「自分には家族を養うのは無理だな」と結婚をあきらめてしまうし、女性側が低収入の男性を視界から除外して「結婚出来そうな相手がいない」と嘆くことになります。

この価値観の更新が必要なのですが、なかなか進んでいかないのが現状。

――他方、「結婚したくない」人たちの存在も北条さんは書いています。

北条 意識的に非婚を選択することも、社会的に認められていい。先ほど「女性向け本は、読者が結婚したい前提で書かれているものばかり」とおっしゃいましたが、そもそも「結婚したくない人」はこの社会で「見えない存在」になっています。

「出来ればしたい」人は見えますが、「したくない」人は婚活イベントにも行きませんし婚活サイト登録もしませんから、可視化されにくいのです。

したい人たちはスポットライトを当てられて、自治体が婚活イベントやお見合い事業に乗り出して世話を焼こうとしていますが、こうまで結婚するのが当たり前とみなされている社会では「したくない」人はとても生きにくいです。

まして、一生結婚をせずに100年近く生きていくことなど、社会制度上、想定されていません。現在の日本は、結婚したい人のための社会、システムが多いなと思うんです。

――「結婚しないの?」という問いかけは、男女どちらにしたとしてもセクハラにあたると思いますが、その質問をされたとき、男性はどう思うものなのでしょうか。

北条 男性に対するセクハラは、まだまだ問題意識が浅く、浸透していないと思います。「からかい」の範疇におさめられてしまう。

男ならばそんな戯言をいちいち気にしちゃいけない、という圧力もあって、「これくらいのからかいでくよくよするな」と、男らしさをテストする文化があるのではないでしょうか。

ハラスメントを受けて傷つく男性は、被害者であるにもかかわらず(被害者であるからこそ)、弱い男認定されてしまい、「女々しい」とみなされます。すると、ホモソーシャリティのコミュニティから外されてしまいます。

ホモソーシャリティは欧米の社会学者、イヴ・セジウィックが提唱した「男同士の絆」の概念ですが、男同士の集団で、「お前は男らしい」と認められてこそ、男性は男性になれる、という仕組みがあります。

そのために女性を他者化する。そして女性的な男性も他者化され、組織からはじかれてしまうのです。だから、男性が「結婚しないの?」とセクハラ質問を受けるとき、女性とは別の苦悩があると思います。

――北条さん自身は結婚願望はありますか?

北条 私は警戒心が強いのか、なかなか自分から誰かを好きになることがありません。人に恋愛感情を抱きにくいんですよ。今は独身でもいいかなと思っていますが、ご縁があるとしたら事実婚がいいですね。

「誰かに理解され、導かれたい気持ち」は依存心なのか?

以前、筆者は「一体何に怯えてるの?『守られたい願望』女子のホンネとプリンセスの女らしさ」という記事を執筆しました。

そこで出てきた「シンデレラコンプレックス」と、北条さんの『本当は~』で頻出する「王子様」というワードには、共通点があるような気がします。

――シンデレラコンプレックスという概念を提唱したコレット・ダウリングいわく、「多くの妻は家庭を安全地帯と考え、夫を選ぶときに自分を守る王子様、彼女らが責任を取らないですむ保護者を求めている」。

1981年当時の感覚ですが、35年後の現在から見ると…。

北条 「一生パートナーや子どもを持たず一人」という人生設計は異端で、<未婚のままだとどんどんしんどくなるのではないか><結婚をすると今より楽になれるのではないか>という幻想があり、

結婚したい気分としたくない気分がシーソー状態になっている女性もいるでしょう。

『本当は結婚したくないのだ症候群』にも書きましたが、社会から認められたい、安心したいという思いから、漠然とした結婚願望を持つ女性はたくさんいる。でも、結婚生活がイコール安心なんて、イメージでしかないですよね。

自分の両親だって、そんな幸せそうな表情で安らげる家庭を運営していたかというと、多くの人はそうでもないと思います。でもなぜか私たちの内面に、素晴らしい家族像というイメージが植え付けられている。

――「結婚=安心」はあくまでイメージであって、それを実現させたくば各家庭の努力が必要なわけですよね。また、結婚じゃなくても「安心」を手に入れることはできる。

北条 今は、ほとんどの女性が学生生活の後に社会で働きますよね。でも男女問わず、働いていると「いつまでここで働いてられるのかな」「もう辞めたほうがいいのかな」等、不安を抱えるタイミングがあります。

女性は肉体的に出産に適した時期というものがあるので、それを視野に入れているとなおさらです。「結婚に逃げたくなる」という声はよく聞きます。

でも…経済的安定がほしいなら自らが稼げる職業を目指せばいいですし、今の職場がしんどくて続けられそうにないなら転職するも良し、あるいは少し休むも良しです。「働かないという選択肢」はイコール安心ではありません。

男性は、男らしさという価値観の中に「社会での働きぶり」が含まれていてこれはこれで問題なのですが、女性は良くも悪くも、いろんなキャリアデザインがあります。

でも現状がつらくて不安が募ると「結婚さえすればラクになれる」というイメージにとらわれ、とりあえずの結婚を目指して婚活に走るアラサー、アラフォー女性も出現してしまいます。

――『本当は~』の第三章に、婚活に走る女性達が「王子様」を夢見ているとありますが、具体的にそれがどんな男性を示すのかわかりませんでした。どういった意図で書かれているのですか?

北条 外見がイケメンだとか、お金持ちで経済的に守ってくれる男性というわけではないんですよね。そして一人ひとりの女性ごとに、「王子様」のイメージは異なると思います。

ものすごく簡単に言ってしまえば、「自分を導いてくれる人」が王子様です。結婚を「逃げ」にしてしまう女性だけではなく、依存願望そのものがシンデレラコンプレックスです。

――恋愛や結婚の局面に限らず、ですか?

北条 そうです。女性の方が男性よりも昇進意欲が低いというデータがあるのですが、私が一般の会社員として働く一人ひとりの女性に話を聞いていったところ、

実は彼女たちが「自分を導いてくれる上司がいたら昇進できるのに」と思っていることがわかりました。

まず、自信がないのです。自己評価が実際よりも低くて、承認が欲しくて、「自分に眠っている才能を開花させて言語化してくれる人がいてほしい」とひそかに望んでいるという傾向が、一部の女性たちの間で見えてきました。

もちろん良い上司にマネジメントしてほしい、導いてほしい、という希望は男女関係なく誰でも持つものですし、適切なマネージャーが職場には必要だと思います。でも女性に特有の自信のなさが、根深い王子様願望と通じているように思います。

――優秀な女性は多いと思いますが、なぜ自信が持てないのでしょう?

北条 男女平等の教育を受けて育っている世代でも、学校教育の場で、ひとつひとつは小さなことかもしれませんが、男女のジェンダーによる分岐が自然におこなわれているように思います。

私がある現場の方からうかがった話ですが、思春期頃から学級委員長に立候補する女子があからさまに減少するそうで、自らがリーダー格になるのではなく、男性を支える補佐役になっていくと。

あくまで傾向というだけで全員がそうじゃないですが、「男性を支えてあげて、それを感謝される」というのが、女性の性役割として長く受け継がれてきたことを踏まえると、興味深いことだなと。

――支える役にまわっても、感謝されることなく後ろ足で蹴り上げられるような事態ってあると思うんですよね。

北条 社会に出ればそうですよね。働くようになっても、受動的な態度で「私を導いてほしい」などと言っていては、自分も周囲も困ります。

私自身、新卒で会社員をやっていた頃、同僚女性たちの働き方を近くで見ていて、ツラそうだと感じる場面は多々ありました。

しかしずっと男性主体の組織だった企業で、女性社員をどう指導していいかわからずに上司側が混乱している側面もあります。

フリーライターになってから企業のシンポジウムを取材する機会があるのですが、「女性社員の育て方が分からない」と嘆く上司はうじゃうじゃいるんですよ。

「叱れない。叱ったらすぐ折れてしまうのではないか」と懸念している上司もいました、これは女性です。

――そもそも男性社員に対してと女性社員に対してで、育成方法が異なるというのも、ちょっとわかりません。まず男性社員を雑に扱いすぎているのではないか、と思います。

北条 1986年にできた「男女雇用機会均等法」で、「女性総合職」というポジションができました。これまでは簡単な仕事しか与えてこなかった女性たちに対し、男性と同じように「バリバリした働き方や指導」を求めようというムードが盛り上がった。

でも、多くの男性上司は男性の部下しか育てたことがなかったから、女性総合職の存在に戸惑ったんです。それまでは、男同士だから雑に指導しても勝手に育っていった面はあるでしょう。

ノミニュケーションも個室での面談も、男性同士だと「セクハラ」に見えづらいですし。でも、そこに女性部下が加わると、どうしても、仕事の成果とは別に、見た目や若さなど「性別による評価軸」が入ってきてしまいます。

なにがほんとうの「成果」かわからなくなってしまう上司も多いでしょう。昔ながらの男性中心的な企業組織では、新卒の女性総合職へのネタミもあったと思います。

一方女性の側も、入社したのに「自分には無理、合わない、つまらない」と、すぐやめてしまうケースが男性より多いと思います。昔も、今もです。

結婚や出産をふまえ、キャリアを柔軟に考えているともいえますが…だから余計に「女性は育てづらい、雑に扱ったら辞められてしまうのではないか」と、腫れ物に触るように思われる。

――どんなお仕事でも男女問わず成果を上げればある程度は評価されるものだと思いますが、成果ではなく努力の過程を見て認めてほしいというのであれば、やはり「目に見える何か」をしないと解決できないですよね。

ものすごく簡単な例でいえば、上司に企画書を書いて提出するとか、アピールのような…。

北条 企画書を出したとして、そのこと自体を認めたり評価したりしてくれて、書面に込められた思いを汲み取ってくれる上司だとうれしいということでしょうね。

でも、表面上は「女性のことが理解できない」と言っている男性ほど、そういう女性のことが好きじゃないですか?

以前、家事代行サービス会社「ベアーズ」の執行役員男性が女性のマネジメントについて「女性は数字だけでは燃えてくれないめんどくさい生き物」とnoteに投稿して炎上していましたが、

別の見方をすれば、今まで数字だけで燃えていた男社会の方がおかしいわけですよ。

――女性にとっての「王子様」は結婚相手に限らないというお話をここまで伺ってきました。つまりこれは、自分を理解してくれる誰かに出会いたい、という願望だということでしょうか。

北条 理解されたいということを含めた依存心全体をさしても良いと思います。それだけで一冊本が書けるくらい執念深いものだと思います。

――女性から男性への依存心を王子様願望と表現するならば、男性から女性へのそれは「母性願望」と言いかえることが出来そうですね。

北条さんは、『本当は結婚したくないのだ症候群』の中で「独身女性たちは、男女平等というタテマエと、王子様願望というホンネの間で揺れている」と書かれていますが、タテマエとホンネ、どちらに従った方が楽になれると思いますか。

北条 難しいんですよね。私を含む現在アラサーの女性たちは、男女平等というタテマエ的な社会通念が染み込んでいるはずなのに、誰かに引っ張ってもらってラクになりたいホンネもあって、どちらを選ぶのが正しい、とは言えません。

結局、みんなにとっての正解なんてなくて、自分はどうなのかを考えてみるしかないと思います。先ほども言いましたが女性はキャリアデザインの幅が広いですから、生き方の選択肢は少なくないはずです。

で、そうして出した自分の決断を、周りにも表明していった方が楽だと思うんです。自分がどうしたいのか分からずに周囲の顔色を窺っている人が一番苦しいし、周りからもホンネが分からないと思われちゃいます。

余談になりますが、ここまでシンデレラコンプレックスや王子様願望というワードを使ってきたものの、

アメリカの「ディズニープリンセス」は、2001年頃から王子様の存在をばっさり排除した女の子の楽園的な「ディズニープリンセス」シリーズのキャラグッズを展開し、成功しています。

アクティブで勇敢なプリンセス像が次々に打ち出され、「受け身の女性が幸せになれる」などと旧世界的なメッセージを発するものではありません。

今の現役女児たちは、強く美しいプリンセスへの憧れを持ちつつも、「いつか王子様が…」という幻想を内面化させてはいないでしょう。

理想的な「結婚」のモデルケース

拡大傾向が続く婚活ビジネス。筆者も婚活ムック本の作成に携わったことがあり、婚活パーティーや街コンを何度も取材しました。

しかし現場には、結婚したいかどうか自分の中でよく考えてもいない段階なのに「さあ婚活しましょう!」と煽られて焦り、とりあえず婚活をしている人も少なくありませんでした。

『本当は結婚したくないのだ症候群』のリリースには、「独身の8割は結婚したいらしい。

でも、結婚したいと言いながら本格的な婚活はせず、参加するのは女子会ばかり、という人も実際はとても多い」とありますが、本格的な婚活現場でさえ、戸惑いを払拭できないでいる参加女性は多いように感じています。

――最近では自治体が介入した、町おこしと婚活を絡めた街コンイベントがあちこちで開催されるようになりました。

北条 はい、2013年には政府が補正予算で総額30億円の助成金を自治体に出すことになり、結婚のすばらしさを伝えるフォーラムやキャンペーンに使われているんですよね。

――私は以前、自治体が主宰する街コンのイベントを取材したことがありますが、某政治家さんや区長さんの挨拶する場面で、皆さん口を揃えて「ここで出会って少子化対策に貢献してほしい」と言っていて興ざめしました。

北条 結婚をして子どもを生んでほしいというのが見え隠れするのが嫌なんですよね。国力を上げるために子どもを産むのではありません。

国家としての理念があるのは良いことですが、その理念のために国民を利用しちゃダメだと思います。国家のために生きているわけではありません。リンカーンを持ち出すまでもなく、国家は民のためにあるという状態であるべきです。

――いざ、結婚して子育てというターンに入ると、現状では女性側にだけ甚大な負担がかかる社会構造になっています。

北条 結婚相手が無償でケア労働を担うことがこの国の常識でした。家庭内での主なケア労働の担い手は女性ですが。男性が養う代わりに、女性が身の回りの世話をする。

しかし、そうしたモデルケースは今の時代では実現しにくくなっています。

男女ともに非正規雇用の人々は増加していて、経済は低成長のまま回復の見込みもないので、夫が妻子を養い、妻が無償のケア労働に励むような家庭を維持できる人が大多数ではなくなりました。

こんな時代に旧来の幸せの鋳型に自分を当てはめようと婚活を頑張っている男女がいて、その結果、努力が実らずに心が折れている。非常に非合理的なことをやっているなと思います。

結婚で女性が「あなたをケアする代わりに経済的な安心をください」と求めるのも、ムシの良い話ですよね。承認を与えるかわりにATMになってねということじゃないですか。

――愛を理由に扶養してくださいということですかね。

北条 その要求に納得する男性がいる、それでこそ男であるという価値観を捨て去れないのも、時代に合わない理想的な結婚のモデルケースが、非合理なまま維持されてしまう一因ではないでしょうか。

――男性はお金の面での責任、女性は育児での責任という分け方が不都合を生んでいることは散々言われ尽くされてきた感がありますが、未だ解消されません。

各家庭ごとに役割を分担すれば良いのですが、社会的なジェンダーロールとされてしまうと、男性は子育てを理由に会社を辞めることはできないし、女性は働き続けることが難しい場合があります。

北条 自立した者同士の対等なパートナーシップで、「じゃあ私はこの家事をやる」「僕はこの家事をやる」っていうのは良いと思うんです。

掃除や洗濯が好きな男性がいてもおかしくないじゃないですか。やりたい方がやればいい。

でも、特に子育てとなるとまだまだ社会が許さないところがあります。なぜなら、子育てをやろうとすると、子供の生活リズムに大人が合わせなければいけないからですね。

働く男性が、生活リズムを子供に合わせること、つまり夕方に仕事を終えて帰宅することがまず難しいとされている。

今、共働きの家庭でも家事の8割は女性がやっている状況ですし、男性が育休をとると白い目で見られます。社会全般に蔓延るジェンダーロールは強固です。

性役割を本質的なものだと思っている人が未だに、若い世代にも多いです。本質的なものだと思っているから、結婚のモデルケースも時代に即したかたちに変わっていかない。

――この話をしていると、結局は「仕事か家庭か」を選ばざるを得ない働き方、長時間労働の問題にいきつきますよね。

北条 働き方ですよね。会社員の長時間労働は、会社への忠誠心を試している。

今、保育園の不足(待機児童問題)が注目されていますが、女性が会社で働き続けることで生じていると思われ「女性の問題」で片付けられてしまいがちなこうしたテーマも、

元をただせば、子育てが女性の担当とされてきたこと、男性が仕事中心の生き方を是とされてきたこと、子持ちの女性が身軽な(ように見える)男性側の都合に合わせて働かざるを得ないことなどが複雑に絡んでいます。

男性に自分事として考えてほしいので、まずは男性が自分自身の働き方を見直そうと。でも、「モーレツ社員」が当然だった頃の価値観を持った世代が経営者や管理職に就いていれば、社員はそうした働き方を変えることが難しいですよね。

上の世代が変わるのを待っていたら私達も年を取っちゃいます…。また、長時間働かないと現場が回らないという、働き方の「生産性の低さ」も問題です。

お金があれば子どもを産みたいか

――結婚と出産・育児がセットで語られ、結婚したら子どもを産むのは当たり前の風潮があります。北条さん自身は「事実婚ならしたい」と先ほどおっしゃっていましたが、子どもについてはどうお考えですか?

北条 俵万智さんという歌人の方が、赤ちゃんを生む前後に詠んだ歌集『プーさんの鼻』(文藝春秋)には、「記憶には残らぬ今日を生きている子にふくませる一匙の粥」という短歌があります。

なるほど、母子一体願望というより、我が子をまるで他者のように見ているのがおもしろい、良い表現だなと思ったことがあります。

私は親戚に子どもが多いせいなのか、今は自分の子どもを欲しいとは思わないんですよね。私自身、叔母に非常に良くしてもらった経験がありまして。叔母は独身時代から、ずっと仕事をしている姿勢を見せてくれたので、憧れていたんです。

後に今で言う晩婚だった彼女の姿をずっと見ていたこともあって、私は早く結婚しなきゃとか、そこまで思ったことはないんですよ。

もしかすると、私も産みたいという気持ちが出てくるのかもしれませんが、育てるとなると経済的な不安もあります。

ただ、私やパートナーがたくさん稼いでいてお金に余裕があれば産む気になるのか、というとそれも分からない。年収が一桁違えば、また別の選択肢がたくさん広がりますよね。旅行に行ったり、好きなものをたくさん買ったり。

だから、結局は変わらないのかなと。産みたい人は年収に関係なく産みますし。

あの、先ほど「寂しいから」結婚したいという男性たちの動機について話しましたが、結婚はともかく、「寂しいから」で子どもをもうけるのはエゴだと私は思うんですね。

自分の孤独を埋めるために子どもを産もうだなんて傲慢です。年をとってから寂しくなるから産んでおいたほうがいい、といった論調を聞くと、特にそう思うんです。

――産みたいか産みたくないかという問題もありますけど、産んだらその後、長い期間をかけて育てないといけないので、気軽に産めとは言えませんよね。そう考えると戦前戦後時中の人達ってよくあんなに産めましたよね。私の祖母は10人兄弟です。

北条 でも、今みたいに一人一人手をかけて育てていませんからね。10人目の子どもは長女が世話をするという感じで。子どもは労働力でしたし、子どもに対する価値観が今とは違うんですよね。

戦後生まれの団塊の世代は、一人のお母さんが4~5人産んでいました。そうなると日本は食糧難が起きるのではないかと想像していたお役人がいて、「少なく産んで大事に育てましょう」という風潮になったのがベビーブームの後です。

それが功を奏した結果が現在の少子化となっているのに、今さら一人当たり1.8人以上産みましょうとかいわれても、何十年もかからないと戻らないですよ。

――年金制度などの一度作ってしまった社会保障を維持すべく、子どもが必要されている側面もあります。

北条 年金制度は人々が子どもを二人以上産んでいくことを前提とした制度ですからね。そのほかの社会保障制度についても、せっかくマイナンバーもあるので、世帯単位で見るのではなく個人ベースにするべきだと思っています。

マイナンバーは社会保障に使いますというふれこみです。

個人ベースとなると、それまで扶養されていた女性のために、男性が10だとすると女性の賃金は7しかないという、現在の女性の低賃金問題についても改善すべきですし、扶養控除もなくすべきだと思うんです。

同性婚も世帯として認めるというのは、「偽装家族」が生まれる可能性があるので、政府はしないと思うのですが、戸籍を個人ベースにしちゃえばそういう不正も出にくくなると思います。

この取材をするにあたって、最初に『本当は結婚したくないのだ症候群』を読んだとき、自分が婚活の取材を多く受け持った経験や、帰省するたびに親戚から「彼氏を連れて帰ってこなかったの?」とからかわれたりすることなどから、

「そろそろ私も結婚をしなければいけないのか???」と悩んだ時期があったことを思い出しました。

しかし自問自答の末、「書類上での結婚という形にとらわれなくても、そばに寄り添えるパートナーがいればいい」と考えるに至り、今はザワザワした気持ちは落ち着いています。

周りの「ああしろ、こうしろ」に巻かれていくのではなく、きちんと自分の意志と向き合い、優先事項を決めていくこと。結局はそうすることでしか、納得できないのではないでしょうか。

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス