一応、名目上は男女共学でしたが、僕が通っていたのは工業高校であり、女子の比率は一割程度と極端に少なく、限られた頭数の中で目を引く小奇麗な女子生徒は、腕力に優れ、ちょっとワルの雰囲気を放つ男子に奪われ、元来がモテない僕と、その周囲は校内で異性交遊を楽しむチャンスはほぼ皆無といっていい絶望的な状況でした。

ただ、強い性衝動を押しとどめる事は不可能で、僕たちは誰かが「アナル」と叫ぶまで(それ以上の下ネタを知らなかった)、エロ話に興じたのです。

いや、時にはそれはエロ話とは呼べない程の、他愛もないお喋りに過ぎなかったようでした。僕たちは、ここでは無いどこか遠くを夢見ていたのです。

こころ

「将来、結婚相手に求めるものは?何を重要視するか?」

保健体育の授業で、一人ずつ発表する機会がありました。それぞれ「家庭的な人」とか「料理が上手」「優しくて明るい」などのまあ当たり障りのない尋常な回答をします。ただ僕は完全にウケ狙いで、起立するなり、鋭く大きな声で短い単語を叫びました。

「巨乳!」

教室でそれなりの笑いが起こります。それ結婚と関係あるかあ、個人の趣味やけん別にいいけどな、と担当の先生は疑義を呈しつつも、僕の回答を半ば呆れ顔ですが受け入れてくれました。ただ、授業で一番のインパクトと笑いを残したのは、僕では無く、その後の友人の発した言葉でした。友人は立ち上がると、至って真面目な表情で、俯き加減にぽつり、呟くように言ったのです。

「こころ」

教室が、どっ、と沸きました。かっこつけんな、おまえ本当のこと言え、どうせ顔やろうが、笑いが収まると、次々に級友たちから非難の嵐が止みません。

いや、マジで“こころ”が一番大事やろうもん、休み時間になっても友人は路上詩人のような言葉を繰り返し発し続けるのでした。

妖精

学校帰りに乗ったバスの車内にいたのは、黒い学ランに身を包んだ僕たち三人と、他校の制服を着た女子高生が一人だけでした。

僕たち三人の話す声がいつもより大きかったのは、その女子高生に自分たちの存在を知らしめたい、アピールしたい、そうした思惑が三人それぞれの胸中に存分に含まれているからに違いありませんでした。

「一回、ヤッたら、それから季節の香りが分からんようになるらしいばい」

「マジで?なんで」

「いや、なんでかは知らんけど。ヤッた友達が言いよった」

「嗅覚が変化するっちゃろうね。季節の移り変わりが感じられんごつなる」
(嗅覚が変化してしまうのだろう。季節の移り変わりを嗅ぎ取る能力が失われてしまうのだ)

「ちょっと、いややね」


友人は何故こんなトンデモ論を唐突に披露したのでしょうか。ヤッた友達は単に鼻炎を患っていただけだと思われます。話を信じてしまったのも、当時は仕方ないことだったのかもしれません。だって僕たちは童貞だったんです。純度百パーセントの童貞なんです。そう、童貞だもの。

「あっ、それから、二十歳まで童貞やったら妖精が見えるごつなるげな!」
(おおっと、言い忘れていたが、二十歳まで純潔を守り抜いたら妖精が見えるようになるらしいぞ)

高校生にとって、二十歳は遥か先の遠い未来の事でした。時々、自分はこのまま一生ずっと高校生から抜け出せないかも知れないと、ぞっとする瞬間がある位、日々の進行は緩やかでした。そんな未来まで童貞でいられるはずがない、きっと僕は妖精を見ることは出来ない、と少し悲しい心持ちさえしたのです。

「ほら、笑った。笑った。ねーねー、どこ高校?」

僕たちの馬鹿全開の会話に我慢出来ず、女子高生は口元を抑え、ぶっ、と吹き出してしまいました。ここをチャンスとばかりに意気込んだ友人が早速、女子高生に話し掛けます。誠に残念ながら、しれっとした顔で華麗に無視されてしまい、なんとも痛々しい光景でありました。

裏切り

彼女なんかいなくても、童貞でも何ら恥ずかしがることはない、みんな同じ仲間だ、不純異性交遊にうつつを抜かす奴等は「死ね死ね団」が鉄槌を下す、僕は友人を心から深く信頼していました。僕はいつもの口調で友人に話し掛けました。

「やっぱ、俺らって、童貞やん?そういうのわからんよねー」

「…ごめん」

友人は気まずそうに僕の言葉を遮りました。

「実は、おれ、童貞じゃないっちゃん。中三の時、近くの同級生と…」

「はああっ!」

また別の友人は、卒業した後に自白しました。

「高校の時、話合わせんといかんけん、ずっと童貞のフリしとったけど、わるい。高三の夏、友達の姉ちゃんが…。いや、あれは、なかなか激しかった」

完全に置き去りにされていた事を知り、僕は愕然としたのです。そして、二十歳を超えても図らずも健気に純潔を貫く羽目になったものの、僕には結局、妖精を見ることは出来なかったのです。

この記事を書いたユーザー

久留米の爪切り このユーザーの他の記事を見る

男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス