よく心理学をお勉強すると、
「過去と他人は変えられない。変えられるのは自分と未来」といいますが、
これは過去にしがみつきすぎた結果、自分で自分の居場所をなくしたように思えた人のお話です。

「はじまりは・・」

これは、某百貨店時代の同僚に会ったときの話です。

初めにお話しておくと、彼女はとても丁寧な物言いをする人で、加えて性格もおっとりしていたので、私が知る限り、彼女が誰かに対して「怒鳴る」というところを見たことがありませんでした。

その彼女が、私に会うなり「ハァ~」と深いため息をついて、「私ね、多分、生まれて初めてだと思う。男性に対して、人に対して、本当に腹が立ったの。だから、嫌われてもいいからと思って怒鳴ったちゃったのよ」といいました。

「何があったんですか?」と驚いて聞く私に、「実はね…」と話し始めた彼女。

そして、その話を聞いた私は「それは、その新入社員の男の子は、怒鳴られても仕方ないですよ。ついでに親も…ですね」と、(失礼とは思いながらも)思わず声に出していってしまいました。


「なぜ、契約社員の彼女が新人男性社員の教育係に?」

まず、本来、新人の男性社員は、先輩男性社員の指導係がつきます。

この彼、仮にA君としましょう。
A君は、初め次席(主任の次に責任ある係の男性社員)につきましたが、次席が「仕事にならん」と、三席の男性にA君を託しました。

が、暫くして三席の男性も「自分の仕事が出来ない」となり。
元は社員さんでしたが、一度退職して、再び契約社員として勤めだした、私の同僚の彼女に教育係が回ってきたのです。

(はっきりいって、新人の男性社員の教育係を女性社員がする。それも、正社員ではなく、契約社員がするなどということは、今まで聞いたことも無く、そのこと自体が前代未聞のことだったのです。)



では、なぜに、皆…、男性社員は「仕事にならん」といったのでしょうか?

まず、このA君、何度教えても売り上げ報告が出来ない。
当時、売り場では、午後1時、3時、5時とレジの総売上額を出して、課長に報告しなければなりませんでした。

この売り上げ報告は、細かな種別ごとに出てくる数字(売り上げ)を、グループごとに集計して(足し算して)報告していました。

が、A君、まず細かな種別が覚えられないから、その先にあるグループ分けが出来ない。
グループ分けが出来ないと、足し算が出来ないから集計が出来ない。

つまりは、いつまでたっても決められた時間の売り上げの合計金額が出てこない。

出てこないから、当然、課長に報告出来ない。
報告出来ないと、「まだか、なにやっているんだ!」と、課長から矢の催促と叱咤が男性社員に飛びます。

初めは、誰でも覚えられないかもしれませんが、このA君、一ヶ月経っても、二ヶ月経っても、そして三ヶ月経っても、売り上げ計算の仕方を、全然覚えられないどころか…。

「何回もやり方は教えているよね。いい加減に覚えて、自分一人で報告出来ないのか」と次席、三席がきつく言うと、

「僕は、〇〇大を首席で出たんです」と言って反発し、おまけに怒ってそのまま姿を消して家に帰ってしまう。

そして翌日、売り場に出てこない。
ひどいときには、「自分は悪くない」と言って、注意されたその日から一週間平気で休む。

それどころか、就業時間途中で帰ったA君が、家で母親に「僕は、職場で仕事をきちんと教えてもらえない」と言うので、親が「うちの子は、〇〇大を首席で出たんです。だから覚えられないのではなくて、そちらの教え方が悪いんじゃありませんか!」と、ご丁寧に、その都度人事課に電話が入ったのだそうです。



「クレジットカード伝票が切れない」

このことが原因で、いちいち事情説明に行かなければならなくなった男性社員達は、正直、もうこれ以上A君に関わりたくないと思ったのです。

ですが、誰かが教育係になって、A君に仕事を教えなければいけません。
でなければ、それこそ「僕は、誰からも仕事を教えてもらえない。これは、いじめだ」とA君が言い出すかもしれない。

それに、A君の親は自分の息子が仕事を覚えられないのではなくて、教えてもらえないからだと信じ込んでいる。

事実、主任や次席が、何度も言葉を選び、選び、事情を説明しても、最後には「うちの子は、〇〇大を首席で出たんです」という言葉を、A君と同じように繰り返すA君の両親は、会社側の言うことに対して聞く耳を持ってはいない。

それなら、いっそ、男性社員の仕事ではなくて、女子社員の仕事である販売をさせてはどうか。

カウンターに常時いてもらい、お客様から代金を預かり、包装してお渡しする。
これなら、出来るだろうということになったのだそうです。

そこで、女子社員の中でも性格が穏やかで、親切な彼女にA君の教育係の役目が回ってきたのですが・・・。

このA君、商品を持ってこられたお客様のお買い上げ品が複数になると、足し算を間違える。極めつけは、彼女がA君に何度教えても、クレジットカード伝票が切れなかったのです。

なので、その都度、レジ係の人から「この伝票では、入金できません」と突き返されたのでした。



「それがなにか?と彼女」

一週間の間、毎日、毎日、彼女は同じことを繰り返し彼に言って教えました。
ですが一週間目に、A君は、またクレジットカード伝票で同じミスをしたのです。

そこで彼女は、穏やかですがはっきりと、
「あのね、A君。昨日も同じことをミスしたから、教えたよね。それに、これは、私があなたに、一週間前から何度も教えているよね。どうして覚えてくれないの?」と、A君に言ったのだそうです。

すると、A君は怒ったように「僕は、〇〇大を首席で出たんです」と、彼女が質問したこととは全然違うことを言います。


そこで、彼女は、
「あのね、A君。私は、あなたが、どこの学校を出たのかなんて聞いて無いの、そんなことは、今ここでは関係無いことなのよ。それよりも、こういう風にクレジットカードの伝票でミスをすれば、もう一度、お客様にサインを貰わないといけなくなるのよ。

一度サインした伝票を、こちらの計算ミスで間違えました。すみません、この伝票は、こちらで必ず破棄しますと言われても、お客様からしたら〝ほんとうかしら、大丈夫なのかしら?後から間違えた金額の請求書がこないかしら…?〟と不安に思ってしまうかも知れないの。

それは、お客様からすれば、気分の良いものではないでしょう?だからね、A君、聞いてね。私達の仕事はね。お客様に気持ちよくお買い物をして頂いて、今日は良いものが買えたわ、ありがとうと思って頂いて、気持ちよく家に帰って頂くことなのよ。そして、そこで初めて私達は、お給料がもらえるのよ」と、ゆっくりとA君に向かって言ったのだそうです。

が、彼女の気持ちはA君には通じずに「僕は、〇〇大を首席で出たんです」と、今度は彼女を睨みながら、また同じことを言ったのだそうです。



このとき、彼女は、それまで我慢していたものがプツンと切れて、

「それがなにか?それが今、ここで仕事をしていく上で、そのことが、なにか関係があるの?いいこと、あなたが〇〇大学を首席で出ようが、出まいが、過去のあなたに対して興味はないの。今の私には関係無いの。それはお客様も一緒。

それより、今、教えた仕事をちゃんと覚えて欲しいの、間違えないで欲しいの。
ついでを言えば、あなた、この一週間、私が教えたことの何を聞いていたの?僕は、〇〇大を首席で出ましたなんて言う暇があったら、きちんと教えたことを覚えて仕事をしてちょうだい。ちゃんとお給料分の仕事をして!」

と、今まで誰に対しても怒鳴ったことなどない、穏やかな彼女が、A君に対して怒鳴ってしまったのだそうです。

そして、案の定。A君は翌日から休み。人事課に母親から電話が入り。

事情を聞きに彼女のもとに主任が飛んで来たそうですが、彼女からことの成り行きを聞いた主任が、いつも穏やかな彼女が怒ったことで、「売り場は、無理やな~」と言って、A君は後方部門に異動となったのだそうです。




私は、この話を聞いて、なぜ大学を首席で出たA君が、仕事の仕方を何一つ覚えられなかったのかがとても不思議に思えました。

それに、大学を首席で出ることはとても大変なことでしょうし、本人も相当な努力をしたのだろうと思います。では、なぜに仕事でも、その努力が出来なかったのでしょう。

これは、私の勝手な想像ですが、もしかしたら、A君も親御さんも「〇〇大学を首席で出た」という過去に縛られすぎていたのではないでしょうか。

言い換えれば、Aくんも親御さんも、今を大切に出来なかったからではないのかと思うのです。

今を大切にしていれば、分からないところを、分からないと素直にA君は、他の男性社員に「もう一度、教えてください」と聞けたのではないでしょうか。

そうすれば、A君は、分からないところを分からないままに、そのままにすることなく、仕事を覚えて行くことが出来たのではないのかと思うのです。



そして最後に、彼女が、

「私、彼を怒ったことを後悔なんてしてないの。それよりも、仕事を覚えようと努力しない理由を、過去の栄光で逃れられるなんて考えていること自体に腹が立ったのよ」

と言っていたのが、仕事をする上でも、人として生きて行く上でも、なにかとても大切なことを言っているような気がして、とても印象的だったことを覚えています。




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知らないことが知りたくて、メンタル、カルマ、礼法に漢方スクール…etc.とお勉強。で、ですね、人を動かしているのは無意識、でも、この無意識を味方につけるとスゴいんだ~と気づいたら…、なぜか、「えっ?!そうくるかぁ~」と、色んな場面に遭遇しれしまう…という面白いことが起こりだすのでした。

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