学生証を「心の性」の名で

先日、こんな記事先日、こんな記事『北九州市立大 学生証も「心の性」の名OK』(1月5日付、毎日新聞)を見かけました。心の性の名というと、いわゆる戸籍名ではなく通称名ということです。

性同一性障害の中でも特に治療を進めている当事者には、外見と名前にギャップが出てくることがあります。例えば、見た目はガッツリ男性に見えるのに『◯◯子』といった戸籍名を持つ人もいます。治療の過程で戸籍名の変更をする人が多いのですが、何らかの事情でできないor変更する前に、変更予定の名前=通称名を使います。

治療の有無に関わらず、当事者が戸籍名ではなく通称名を使いたいと思う場面は沢山あります。家族、学校、会社、色んな場面で戸籍名で呼ばれることを苦痛に感じるのです。

今回は、ぼく自身が大学時代に経験した話です。

学部長、学科長と話し合った結果

某国立大学入学が決まった直後、ぼくはメールで『性同一性障害の当事者である』ということを大学側に相談しました。当時のぼくはホルモン治療を始めたばかりで声や体質が変わりだした頃でしたが、まだまだ女性に見られることが多かったのです。あらかじめ『戸籍は女性だが男性として扱って欲しい、通称名を使わせて欲しい』ということを伝えておき、『それではオリエンテーション後にお話しましょう』ということになりました。

そして、学部長と学科長との三者面談。メールの内容をもう一度改めて伝えたところ、

『まず、大学では制服もないし女性と男性を分けることはないので女性として扱うってことはないと思うので大丈夫です。あと、名前に関してですが学校側としては戸籍名での登録をするので学籍簿や学生証の名前を変更することはできないですね。他には何かありますか?』

ということを言われました。ここで、あれ?これはマズい気がする。と思い、

『自分の名前は明らかに女性名なので、さっき大学の友達にも通称名で自己紹介しているし、通称名を使いたいんです。講義で戸籍名を呼ばれると困るんです。診断書があってもダメですか?どうしたらいいですか?』

と聞くと、

『学籍簿と学生証は変えられないので、各講義の教授に掛けあってください』

とのこと。
面談終了。
大学入学早々、ぼくは先が真っ暗になったのです。

カミングアウトの日々

始まった学生生活は緊張感でいっぱいでした。『名前を嘘付いてることがバレるんじゃないだろうか』『女だとバレるんじゃないだろうか』というストレスと身体に対する嫌悪感がぼくの精神を蝕んでいきました。そういったことから、新しい友達との関係も希薄でした。

実際に、講義では戸籍名で呼ばれることが多く(というか学籍簿が戸籍名なので当たり前なのですが)、苗字でも『〜さん』と呼ばれる。その度に、友達から不審な目で見られていました。講義が終わってすぐに教授に『通称名で呼んで欲しい。少なくとも、〜くんにしてください』と掛け合いに行っていました。ほぼ全ての講義の教授に周りを気にしながらカミングアウトしなければならなかったのです。すぐに『いいよ!』と言ってくれる教授もいれば、面倒くさそうに『なんで特別扱いしなきゃいけないの?そもそも男に見えないよ』と言う教授もいました。

そうして、やっと落ち着いたころには前期の講義が終了。後期のカリキュラムを見ると、新しい講義が入っており教授も変わってるということに気づき、ぼくは力尽きました。後期からは一切大学に行かなくなりました。

自分はワガママなのだろうか?という自問

第一志望ではなかったけれど、二浪してやっと入った大学でうまくやれなかったという事実が、ぼくの自尊心を空っぽにしました。在学中も不登校になってからも自分を責め続け、

『ワガママばっかり言って、人に迷惑かけてばっかりな自分はダメな奴なんだ。存在しないほうがいいんだ。』

と考え続け、悩み続けました。ぼくは初めて人生が嫌になり、死にたいとさえ考えました。

確かに、身体への嫌悪感やバレないように気を遣うこともストレスでしたが、名前ひとつでここまで苦しむことになるとは考えていませんでした。面談で言われた『大学では女性と男性を分けることはないので女性として扱うってことはない』という言葉も、とても無責任であるということにも気付きました。研修合宿や健康診断やトイレなど、男女をわけるものなんてそこら中にあるんです。しかし、そういった細かいことにクヨクヨする度に『ワガママ言っちゃだめだな』と思うようになっていました。

教育の場には多様で柔軟な制度を!

結局、ろくに友達もできずに1年で大学を中退しました。大学を辞めてからは、なくしてしまった自尊心を元に戻すのに苦労しました。大学での1年間はとても苦しい日々だったので、辞めるという選択に一切後悔はしていなかったのですが、この記事を書いている途中で涙が溢れてきました。約7年前のこの出来事を思い出してみて、悔しくて悔しくて、自分はすごく大学で学びたかったんだなということに気付いたのです。

以上が、ぼくの体験談です。

性同一性障害だけではなく、セクシャルマイノリティにとって教育の場は試練の場でもあります。まだ高校や大学を中退してしまう当事者が多い社会であるということは間違いありません。しかし、北九州市立大学での通称名の使用が許可されたように、やっと各々の大学が性同一性障害の存在を認識し始めてきています。もっともっと、教育の場で当事者の存在が認知され、多様で柔軟な制度ができることを願っています!!

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