生まれなかった命がどのようになるか知っていますか?

中絶された子どもが、どのように「処理」されるのか知っていますか?
この本「透明なゆりかご」には、それを行っている状況のたんたんとした描写が冒頭にあります。

新米看護師が、小さな透明容器に、ピンセットでカケラを集めていれています。

不思議だ。
人の形じゃないからかな?全然気持ち悪くない
これがさっきまで生きてたんだよな……

出典透明なゆりかご(1)沖田×華

そして、入れたカケラは業者がまとめて持ち帰り、火葬してくれるそうですね。

今回は、産婦人科で勤務することになった新米看護師が見聞きし、感じた出来事がつづられていくこの作品を紹介したいと思います。

この著者はアスペルガー(知的障害を伴わないとされる発達障害)と診断されている沖田×華さんです。発達障害は人とのコミュニケーションに困難をかかえるということも症状のひとつで、「比喩が理解しづらい」「場の雰囲気が読めない」などに困り感を覚えることも多いです。他の著書「毎日やらかしてます」で

仲の良い女の子の友人があきらかに不誠実な男性を好きになってしまった。×華さんはとても心配していたので、あきらめさせたかったとのこと。×華さんは、その男性に誘われれため、正体を確かめようとそのまま交渉を持ち、その状況を語りながら「こんな男性だからやめたほうが良い」と友人に告げる。すると、友人は泣き出してしまった。「なんでそんなにヒドいことすんの!」その後、他の友人に囲まれ「友人ちゃんの好きな人とるなんて、最低!」と責め立てられました。なぜそんなに責められるのかまったくわからないまま、結局皆に泣きながら謝ったそうです。その後皆が帰った後、泣きながら

「…私のことはキライでもなんでもいいから…あの男と付き合わないでね…。それなら絶交されても平気だから」

と友人に伝えると、友人はあっけにとられ

「あんたさぁ…本当にバカだよね」

と許してくれ、ずっと仲のよいままだ、というエピソードがあります。これは、息子に発達障害がある私にはわかりやすいエピソードで、とても好きです。とりあえず是非はさておき、友人は、一般的な「友達の好きな人をその気持ちを知っていて奪った」というシチュエーションを置いて、沖田さんの体を張った優しさを理解してくれたのですね。

定型発達の一般的な人は、そのそだちとともに自分の周りにフィルターをつくり、そこで外から受けるダメージや自分の気持ちを変換し社会になじんでいると思いますが、発達障害のある人はそのフィルター機能が弱かったりなかったりするのかと思います。それだけに、ダメージをダイレクトに受けたり、ストレートに周囲に自分をだしすぎてしまい、困難な状況になることが多いのではないでしょうか。でも、そこには理解されづらいけれど直球の優しさがあり、ときに人の心を深くゆさぶることがあります。それは、この作品のクリアでフラットな表現の根本にあるものなのでしょう。

産婦人科のイメージのメインである生命の奇跡、晴れやかな出産シーンなどプラスのイメージのみではなく、重い面も併せ持つエピソードを多く切り取った作品となったのはやはり独自の目線からかとも思います。

産婦人科は命の光があふれる場所だと思っていた…

そう、あたたかな両親に待ち望まれて、母になる喜び、生まれてくる喜び。幾重にも重なった喜びの中、明るい光に満ち溢れる場所、主人公もそう思っていました。しかし、赤ちゃんが生まれる、という場所にはさまざまな事情もあるのです。

認知されない婚外子、中絶できないまま出産してしまい、産婦人科の外に子どもを捨てた女子高生、義父からの性的虐待にあった女の子。死産。虐待。

生みの苦しみ、とはよく言われる言葉で、概ね出産そのものを指すと思いますが、この本に出てくるエピソードはときには物理的な痛み以上の世の中の闇も、それこそ透明な目線で痛いほど的確に表現されているように思います。

中でも、最新刊3巻の「7日間の命」は苦悩と決断のはざまの、重いエピソードです。ケンカばかりの夫妻が来院。それは、第1子がおなかの中で、重篤な内臓欠損を持つことがわかり中絶してからの不仲。でも、第2子ができ、今度は「ふたりぶんかわいがる!」と大事に大事に妊娠生活をすごしていた。しかし、今度も、心臓の障害が発覚。生まれても1ヶ月も生きられないかもしれない。。深い悲しみの中で、夫妻は中絶を予約。しかし、妻の苦悩に夫は、「生んでみないか?」と提案する、というものです。

その無治療で出産した赤ちゃんは、生まれなかったきょうだいの存在も夫婦にしっかりと感じさせながら、懸命に生きました。目が開き、赤ちゃんと見つめあう喜び。このまま無事に成長してはくれないのか。。7日間生きた赤ちゃん。ほかほかだったのに、ゆっくりゆっくり冷たくなっていきます。どんなに幸せにしてあげたかったか。どんなにもっと一緒にいたかったか。

でも、赤ちゃんは深い深い悲しみとともに、大切な大切な思い出、夫婦の絆も残し、きょうだいの元へ旅立っていきました。

夫婦は、泣きはらしながらも力強く語りました。

親子の大事な時間を過ごすことができました。時間以上の思い出を心にきざみこむことができました。

私たちは家族になれました。

出典透明なゆりかご(3) 沖田×華

生きていくために。深い、大きな悲しみにも意味がある

この作品は、決して軽くは扱えない様々なテーマが他にもたくさん扱われています。ただ、共通して表されているのは、大きな痛み、悲しみには、それだけで終わらない人の「生きる力」をより強く感じさせる、ということのように思います。

もちろん楽しい、嬉しい、負荷がかからないことはとても大事で、多くの人はそれを目標に生きています。しかし、できれば避けたい痛み、苦しみは、普段何気なく見過ごしているものへの認識や、そのありがたみをしっかりと感じさせ、人をまた違うステージに押し上げるパワーがあることもまた真実です。

作品で描かれる、命が生まれる明るい場所と、それに伴う深い闇。それらは単純な人間賛歌よりもさらに強く人の強さを感じさせます。

「生きる」とは何か。

しっかりと考えるために、ぜひ一度読まれてみてはいかがでしょうか。

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