強くしなやかな佇まいの中に、ふと切ない表情を浮かべる。ハツラツさと奥ゆかしさが同居したどこか不確かな女性…小泉今日子さんの魅力を表す言葉を並べているときりがありません。いつまでもチャーミングな小泉さんは、今年の2月4日になんと50歳のバースデーを迎えられています。

人生でやり残したことは子供を持つこと」。小泉さんがひとりの女性として露にした胸中に、多くの女性から共感や反響が寄せられました。この一文を掲載したのは、読売新聞の「日曜読書面」。2005年に読売新聞の読書委員に就任し書評の執筆をスタートされた小泉さんは、以後10年に渡って書評を書き綴られてきました。

連載が続き反響を呼んでいた背景では、他ならぬ小泉さんのお母さんが、“過去の悔い”を晴らされていたことが明らかに。さらにお母さんは、小泉さんに向けた“たったひとつの願い”を告白されています。その想いをご紹介する前に、多くの共感を得た書評について触れたいと思います。

『人生らしいね』『原宿百景』『小雨日記』など書籍を出版されている小泉今日子さん。書評の連載開始から10年が経過した2015年、厳選した97編をまとめた『小泉今日子書評集』が発売。

格別に読者の共感を得ている一遍においては「すごく反響が大きくって、女性の方からたくさんお手紙をいただきましたね」と小泉さん自身が語られるほどでした。

小泉今日子が新聞に書評を書いててね、その文章がとてもよくて、私はこの書評で泣いてしまった。

出典 http://twitpic.com

四十歳を過ぎた私の人生の中で、やり残したことがあるとしたらーー

伊吹有喜さん作『四十九日のレシピ』。ドラマ、映画化もした同作は、ひとりの女性の死をきっかけに残された家族が悲しみや心の傷を抱えながら生き方について考え、人生の再生に向かっていく物語が描かれています。小泉さんが書かれたその書評は以下のように書き出されていました。

四十歳を過ぎた私の人生の中で、やり残したことがあるとしたら自分の子供を持つことだ。時間に限りのあることだから、ある年齢を過ぎた女性なら一度は真剣に考えたことがあると思う。家族の再生を描いた心優しいこの物語を読んで、私はそんな思いから少しだけ解放された”

出典 http://mannaka55.com

“四十九日の法要にはお経もお線香もいらないから大宴会を開いて欲しい。乙美の最後の願いに応えた良平が見た優しい奇跡に私は泣いた。

子供がいようがいまいが、大切な人に惜しみない愛情を注げる人になりたいと思った。

形のあるものじゃなく、誰かの心の中に、ほんのりと温かい小さな光のような思い出をいくつか残すことが出来たら、自分の生きた人生にようやく意味を感じられるような気がした。”

出典 http://uminokosyo.exblog.jp

掲載当時、多くの女性から反響があったという『四十九日のレシピ』の書評。年始に放送された番組では、小泉さん自ら書かれたときを振り返られていました。

子どもを持たなかった女の人にとっては胸の痛いところがあるし、だけどそれをなかなか人に言うことでもないという感覚があるんだけれども、書評だから書けるということがありますよね。

たとえば自分でテーマを決めるエッセイの中では絶対私は書かないと思うけれど、その本のテーマの中にそれがあるから、思い切って書けるっていうか「それに私は同調したんだよ」とか「それについて私はこう思ったんだよ」っていう書き方が出来るので、(書評は)普段自分が書かないことを引き出してくれる場でもありましたね」

出典『コトバのお年玉 ~薬師丸ひろ子×小泉今日子×有働由美子の初夢トーク~』(NHK)

小泉今日子さんの実母が、不安で仕方なかった理由

小泉さんの50歳のお誕生日に発売された、カルチャー•マガジン『MEKURU(メクル)』では、丸ごと1冊キョンキョン特集を敢行。“誰も知らない小泉今日子”のテーマを掲げ、都内のご自宅での撮影や、すっぴん公開、ゆかりある著名人からのメッセージを掲載し、一度は異例の完売に至る!

その中で、他ならぬ実母・由美さんが、小泉今日子さんへの想いをロングインタビューで語られていました。

「書評を書いているときも、最初は不安で不安でしょうがなかったです。読売新聞を取って、その都度読ませていただいて、胸なで下ろして(笑)。もう10年たつんですよねえ、ビックリしましたよ」

出典『MEKURU』VOL.07

「なんていったらいいのかな、高校に行かせなかったことが、今日子のマイナスになってるんじゃないかってことを、私自身すごく悩んでたことがあるんですよ。私も今日子と同じで学校に行けなかったので」

出典『MEKURU』VOL.07

1981年にあの伝説のオーディション番組『スター誕生!』に出演し、見事合格。翌年にCDデビューを果たした小泉さんは、16歳からあまりに多忙を極め、高校を中退されています。その年代において、学校での学びだけがすべてではありません。ですがお母さんは、まるでご自身の責任であるかのように悩まれていたことを吐露されました。

努力し、結果へ繋げた娘に安堵

「自分もそうだったから今日子の努力がなんとなくわかる。だから余計に胸が痛くて、ほんとに毎回、心配で心配で。だけどずっとソツなくやってきてるから、『この子は強いな』ってつくづく思います(笑)

育った環境ではなく、持って生まれた何かがあるのかもしれないし、周りの人にもよくしていただいているから、幸運な子なんだなって思いますね」

出典『MEKURU』VOL.07

書評が大きな反響を呼んだことで、お母さんの心に引っかかり続けていた“悔い”が晴れたのでしょう。娘に対して尊敬の気持ちをきちんと公言するお母さんに、小泉さんから滲み出ているのと同じような優しさが感じられます。

「孤独」を語る娘へ。母からのたったひとつの願いとは

小泉さんは『MEKURU』のインタビューで、「孤独」について語られています。

自分にとって孤独というものは、すごく静かな場所でもあるんですよね。なんていうんだろうなあ、きれいな湖というか

出典『MEKURU』VOL.07

同誌では母・由美さんが、今の小泉今日子さんへの願いをこぼされていました。離婚を経験し、現在はひとりで暮らす娘への想いとはーー

結婚しなくてもいいから、相手を探してほしいです。私はひとりですけど、信頼できる相談相手がいないんですよ。これは、すごくつまらないこと。だから、なんでも話せる相手をひとり見つけてほしい。こんなこと言ったら、怒られるかもしれませんけどね(笑)」

出典『MEKURU』VOL.07

“たったひとりでいい。なんでも話せる相手に出逢ってほしい”。これこそがお母さんから小泉さんへの願いでした。再婚という形でなくても、心を寄り添いあえる人と生きてほしいという強い想い…。お母さんは『MEKURU』内で、小泉さんに質問を投げかけられていました。この記事の最後に、お母さんからの切なる問いと、小泉さんが紡ぎ出した答えをご紹介したいと思います。

男でも女でもいいから、何でも相談できる大事な人を、ひとり見つけてほしいと思っています。どうですか?」ーー

「久世朋子さんが書かれた『テコちゃんの時間 久世光彦との日々』の書評に、『こんなにも久世さんのことを知っている人が側にいて幸せな人生だっただろうな』と書いたんですが、私にそういう人っているかなあ?と思ったんですよね。

私自身、あんまり人に相談をしないタイプなので、すごく私のことを知ってる人、私も相手のことをすごく知ってる人……そんな人ができるといいなと思うし、今はその知っていく途中にいる気がします

出典『MEKURU』VOL.07

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