記事提供:conobie

夕暮れ時、公園や保育園の園庭から帰りたくない子どもと、帰らせたいわたし。

「我が子を心ゆくまで遊ばせてあげたい」という気持ちと、「忙しいし、早く帰りたい」という本音。そこにあるのは、理想と現実とのギャップ。

はたして、子どもの心に寄り添えないことへの自己嫌悪は消せるのか。

公園から帰りたくない子ども、帰らせたいわたし

「ほら、暗くなってきた」
「もう、ご飯の時間だ」
「置いて行っちゃうよ」

夕暮れ時、公園や保育園の園庭で子どもに言ってしまうこれらの言葉。

帰りたくない子どもと、帰らせたいわたし。親として、「我が子を心ゆくまで遊ばせてあげたい」という気持ちはあります。

ただ本音を言ってもいいのならば、「忙しいし、早く帰りたい」。子どもを想う気持ちより、どうしてもそちらの感情が上回ってしまうことがあるのです。

子どもの心に寄り添うことは言葉にする以上に難しい

子どもが公園で遊んでいる場面だけではありません。

・子どもが自分で何かをやりたいと言ったとき
・絵本を何回も「読んで」とお願いしてきたとき
・子どもが泣き続けているとき

「子どもの心に寄り添ってあげたい」そう思う一方で、「子どものペースに合わせるのはしんどい」そう思ってしまう自分がいます。

理想と現実との狭間で、葛藤する日々。

そんな自分に対して、自己嫌悪も生まれてきます。

「なぜ、心から子どもを優先してあげられないのだろう」「わたしは冷たい人間なんじゃないだろうか」と。

子どもの心に寄り添うということは、言葉にする以上に難しいことだと感じています。

しかしそんな葛藤をよそに、子どもとの生活は続いていく。子育ては待ってくれないのです。

自己嫌悪を消し去ることはできない

そんな生活を続ける中で、気付いたことがあります。

それは、「自己嫌悪を消し去ることなどできない」ということ。

自己嫌悪をなくすには、自分の感情と自分の理想とが一致しなければなりませんが、子どもとの生活の中では、そうならない場面があまりにも多いのです。

そのことに気付いてから、「自己嫌悪を消そう」とするのではなく、「自己嫌悪とうまく付き合っていく」ことを考えるようになりました。

自己嫌悪とうまく付き合っていく=「無理な条件」を手放すこと

自己嫌悪とうまく付き合っていく。

そのためには、できるだけ自己嫌悪になりにくい状況を作っていくことが大切なのではないかと思っています。

例えばわたしの場合、仕事と家庭の間で起こる葛藤が特に大きかったので、「仕事より家族を優先する」という決断をしました。

我が子が生まれたばかりの頃は、今まで通りに仕事の時間やクオリティを保つことができないことが苦しかったのですが、この決断をしたことにより、子どもと暮らすことを前提とした生活に移行することができました。

結局、「無理な条件」を手放す必要があったのですよね。

もちろん、これですべてが解決した訳ではありませんし、今後もいろんな課題がやって来るだろうと思います。

それでも、こうやって少しずつ自分を変えていくことが、親として必要な過程であり、「親になっていく」ということなのかなと思っています。

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