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コンビニ業界の最大手・セブンイレブンの創設者であり、その親会社であるセブン&アイHDの会長として活躍してきた鈴木敏文さんが、引退を表明しました。

「コンビニ界の帝王」とも言われた鈴木さんの突然の引退は、コンビニ業界のみならず経済界全体を驚かせています。

そんな鈴木さんですが、かつてあがり症で苦労し、セブンイレブンの立ち上げから新サービスを開始する時も孤軍奮闘していたことが分かりました。

あがり症で試験に落ちた過去

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大企業の経営者ともなると、人前で話す機会も多いです。それは鈴木さんとて例外ではありませんでした。

しかし、かつて鈴木さんは極度のあがり症で、進路にも影響が出ていました。

鈴木さんの回想録によると、小学校の授業中に先生から 「立って朗読しなさい」 と指されるとあがってしまってうまく読むことができなかったそうです。

中学に入るときの口頭試問でも、頭が真っ白になってしまい、何も答えられないまま、ぼーっとしてしまうのです。終わって部屋を出て行こうとするとき、「君はなぜ答えないんだ」 と怒られる始末…。

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勉強はきちんとしていたので筆記試験は合格していたのですが、口頭試問(所謂面接)であがってしまい、第一志望の学校に落ちてしまったのです。

その後、小県蚕業高等学校に進学した時に「あがり症を克服したい」との思いから、弁論部に入部。原稿を書く楽しさに目覚めていきました。

後に新聞社の採用試験を受けていることからも、文章を書くことは得意だったようです。

中央大学に進学してからは学生自治会書記長を務めており、その後もあがり症を克服する努力を続けていたことが分かりますね。

しかし、就職活動中もあがり症は克服しきれず、希望していた新聞社の内定はもらえませんでした。

そのため、書籍取次の会社である東京出版販売(現・トーハン)を経て、イトーヨーカ堂に入社することになりました。

この後、鈴木さんは商談に臨む際に“あること”を重視して、相手と話すように心がけたのです。

「話術ではなく論法」

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私はこれまで数々の商談の場に臨んできましたが、成功する秘訣を一つあげるとすれば、「成否を分けるのは話術ではなく、論法」ということです。

例えば、セブン-イレブンを日本で創業するため、本家の米サウスランド社(現セブン-イレブン・インク)のトップと交渉したときのことです。交渉は難航し、ロイヤルティ(権利利用料)の率で最後まで揉めました。

先方が要求したのは売上高の1%、こちらの主張は0.5%で、あまりにも大きな隔たりです。

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この時、利用料の率について争っても難航すると感じた鈴木さんは、ロイヤルティの金額に目を向けてもらう提案をしました。

それは、ロイヤルティの金額を上げるために、率を下げてくれないかというものでした。なぜかというと、ロイヤルティの率が下がれば出店のために使えるお金が増えるからです。店舗が増え、トータルの売上が上がれば、結果的に先方が得られる金額も増えていきます。

この提案をしたことで、当初隔たりのあった数字は売上高の0.6%という数字に落ち着きました。

率を下げる=得られる金額が少なくなってしまうと考えがちですが、下げることでメリットがあると説明したことで交渉成立に繋がったのです。

「相手の心理を掴むことを大切にしている」という鈴木さんらしい交渉術と言えます。

さて、今でこそコンビニは生活する上で便利なお店として認知されていますが、鈴木さんがセブンイレブンを出店しようと考えた1970年代は、まだ商店街などで買い物をする人が多く、コンビニ事業そのものに否定的な考えが多かったのです。

当時の様子について、鈴木さんは次のように話しています。

四面楚歌だったセブンイレブン事業

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当時は『日本でコンビニなんてやっても絶対に成功しない』という声が圧倒的でしたね。流通業界は言うにおよばず、イトーヨーカ堂の社内からも、大学のマーケティングの先生方からも言われました。

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社長以下みんながコンビニ事業に反対だったのです。では、なぜ鈴木さんはやろうと思ったのか…。

当時イトーヨーカ堂が出店する度に付近の商店街から反対されていました。商店街の人たちからすれば、「元々の顧客や売上を奪われる」のですから反対は当然ですよね…。納得してもらうには、商店街との共存共栄ができるモデルケースを作るしかありません。

そこで、鈴木さんはアメリカで広まりつつあったコンビニの業態に目を付けたのです。

実際にアメリカのセブンイレブンで研修を受け、試行錯誤しながら1974年豊洲に1号店をオープンさせた後は、試行錯誤しながら独自のスタイルを築き、ついには日本のコンビニ業界NO1となりました。

さらに、今では多くの人が利用しているセブン銀行も、当初は反対されたと言います。

「望むか望まないかを考えればいい」

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反対されながらも、セブン銀行を立ち上げた理由について、鈴木さんはとてもシンプルに回答しています。

40年前にセブン-イレブンを始めるときだって、イトーヨーカ堂、流通業の方々、流通コンサルタント、マスコミ、みんなに反対された。そんなものできっこないと。

でもできたよね。

セブン銀行をつくるときも、やってもコストが見合うはずがないと言われた。だけど今、十分に成り立っている。

自分がそういう立場にあったら望むか望まないかを考えればいい。

セブン銀行をつくった時もそうだった。銀行は土日が休みで、平日も3時までしかやっていない。すごく不便だったはず。だから24時間いつでも出し入れできれば便利だと思い、僕はやった。

何も難しいこと考えているわけじゃない。

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鈴木さんは難しいことを考えているわけではなく、利用する立場として望むか望まないかを基準にしていたのです。

不安視されていたコストは、ATMの価格にありました。通常だと1台800万円するのですが、セブン銀行の場合は必要な機能に絞ることで1台200万円で作ることができたのです。

低価格に抑えられたことで全国の店舗に設置が可能となり、今日の成功の一因となっています。

今回引退を決意するにあたって、何が起きたかを全て会見で話した鈴木さんですが、その経営手腕や実行力を惜しむ声も多いのは事実です。

加盟店のオーナーからも惜しむ声は多く、その対応をきちんとしてから引退することを明言しているあたり、経営者として大変誠実であるという印象を受けました。

今後どのような活動されていくのか、見守っていきたいと思います。

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