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記事提供:messy

4月4日放送の『バイキング』(フジテレビ系)で、「待機児童問題に怒れるママたち」と題した特集を放送した。

『笑っていいとも』の後を継ぐ一時間バラエティだった同番組だが、春の改編で放送時間を11時55分から13時45分まで拡大し、“ホンネの生トーク”を売りに刷新。MCは変わらず坂上忍が務め、両脇をブラックマヨネーズの二人が固める。

初回のトークテーマに選ばれたのは「待機児童問題に怒れるママたち」で、ゲスト出演者は土屋アンナ、IKKO、野々村真、ホラン千秋。

2月に投稿された匿名ブログ『保育園落ちた日本死ね!!!』を起点とし、スタジオに8名の待機児童を抱える母親が集った。うち5名は顔出しで登場。この日、お子さんたちはテレビ局内に設けた託児スペースでスタッフたちが様子を見ているという。

番組では待機児童問題を「都市部を入所希望の児童が保育所の定員を超え、保育先が決まらない家庭が増加している問題」と説明。

厚生労働省の平成27年4月発表によると、全国で待機児童の数は2万3167人とされている。

VTRではこの問題を追い続ける第一人者のジャーナリスト・猪熊弘子さんにも話を聞き、認可保育所と認可外保育所の違いや、新制度の小規模保育所などの説明を受けている。

認可と認可外では保育料の大きな違いがあり、昨年度の大田区のデータをもとに詳細を解説。

住民税の世帯合計が20万だとすると、0歳児の月極の保育料が認可は2万7600円、認可外の場合は自治体の補助金が出る認証保育所は約4万8000円、

補助金の出ない民間の保育施設は約7万円だということや、高価格の認可外保育所でも応募が殺到しており数が足りているとは言えないことなどが示された。

こうしたことを踏まえて、働きたいのに子の預け先がない現状をスタジオに来た母親たちが話していく。

『保育園落ちた日本死ね!!!』ブログやそれに共感するネット上のコメント群に対して、「誰が書いたんだ?」と的外れな批判をし懐疑的な姿勢の政治家もいたが、

そうした見方をする人に対して、このように当事者がテレビに出演して「私は保育園落ちた」と発言していくことは有効かもしれない。

無職の母親たちが陥る「働きたい→子供を預けないと働けない→働いていないと預かってもらえない」負のループ、保育士の待遇などが改善されず保育士不足でもある現状などが伝えられる中、

特に衝撃的だったのは子連れでできるアルバイトを探し息子を乗せたベビーカーを押しながら情報誌のポスティングをする女性の密着VTR。スタジオにはかなり重苦しい雰囲気が漂った。

様々な現状を見聞きしたうえで、坂上は「究極の質問なんですけど、一瞬でも『産まなきゃよかった』と思うことありますか?」と質問。

ブラマヨ小杉の合図で母親たちは手元のトータライザーボタンを押し、8人中4人は「YES」だった。

さすがに茶化すような空気はまったくなく、ゲストの中で唯一“母親”である立場の土屋アンナがコメントを振られた。「それぞれだから」とアンナが濁すと、坂上は「でも瞬間だよね」と助け舟を出し、次のようにまとめた。

「なんでこんな質問したかっていうと、やっぱ現実だと思うんだよね、これが。これをどう考えていただくかってこと」

「ずっと前からこの問題は取り上げられていて、でも解決しなくて不満に思っていた」

「あのブログがものすごくいいきっかけになっちゃったんだなと思うわけ。だったらきっかけなんだから、徹底的にやってもらいたい」

「夏の選挙に合わせて(政治家は)うまいこと言ってる。でも僕らもそう騙されないでしょうもう」

「この4人っていう数字が、一瞬間でもいいからゼロになるようなことを、国を司る方々がやってくだされば、こういう声っていうのもどんどん減っていくんじゃないの」

坂上の真剣な言葉に、頷く出演者たち。

野々村真が「僕も子を持つ父親で」「待機している時間を、子供と一緒に過ごせる貴重な時間だとポジティブに捉えては」と口を挟むも、

坂上は「まこちゃん、そうじゃない。経済状況はまちまちだから。そりゃ今日スタジオに来てくれた人たちだって出来れば穏やかに子育てしたいさ」と冷静であった。

母性本能でやれたら苦労しない

しかしこの「産まなきゃよかったと思う瞬間、ある」という部分だけが、番組を視聴していなかった人々からも注目されており、ネット上で「最低」「引いた」「母親失格!」といったコメントが次々に投稿されている。

「子育てなんて大変で当然。甘ったれるな」

「同じ母親としてショック」

「自分のお母さんが思ってたらかなりつらいな」

一方で「一瞬くらい、そう思うことあってもおかしくない」と擁護する声もあるが、とはいえおおむね「しんどくて『独身だったら自由に眠れるのに』等思う瞬間はあるけど、子供のことは愛してるし産まなきゃよかったなんて思わない!」といった具合で、

やっぱり「母親は無条件に子供を愛しているはず」という前提のもとで議論されている。

確かに親権者が子供に愛情を持てず、世話を放棄すれば子は死んでしまうのだから、母親はとにもかくにも出産後から懸命に子の面倒をみる。

だがそれが全部、無償の愛からきているかと言われると、違うのではないかと筆者は思う。

しかも、母親からのたっぷり滴る愛情を受けていない(と判定される)子供には「かわいそう!」の同情攻撃までかけられるのだから、こんなの当の子供にとっては「逆にかわいそう」でしかない。

また、“お母さんは子供を愛するのが普通”という一見当たり前のような言葉でも、母親規範として広く浸透してしまうと、

“他のお母さんたちみたいに子供を愛せない”と悩む母親がそれをどこにも相談できず、家庭内に深刻な問題を抱えてしまうことになりかねない。

よく「父親は妊娠期間も出産体験もないから、父になったことを実感するのに時間がかかる」といわれるが、母親も産んだことで自動的に母性に目覚めて“母”の心境に一変するわけではない。

もうお母さんなんだ、と自分で言い聞かせ、目の前に存在する我が子を育てながら、意識的に母性を身につけていくものなのではないだろうか。

出産したからといって全自動で無償の愛が湧きあふれ、赤ちゃんが可愛くて仕方がなくなって、睡眠や食事が満足にとれなくとも幸せを感じられるのだったら、どんなに良いだろうかと、産後ぼんやり思ったことがある。

女性には元来、母性本能が備わっているはず…という母性神話は、今なお根深い。実際、産後の女性は「母性」をもたらすホルモン、オキシトシンとプロラクチンの分泌が盛んになるらしい。

おもにボディタッチで分泌されるというオキシトシンは幸せホルモンとも呼ばれ、多幸感を得られるものだという。

医療現場では陣痛促進剤、産後の子宮収縮剤として使用される。赤ちゃんに乳首を吸われたり、スキンシップをとることによって分泌されるほか、信頼する相手とのセックスやペットとの触れ合いでも出るそうだ。

プロラクチンは母乳を与える際に乳首を吸われると分泌され、性欲を抑制する働きも持つ。これらのホルモンが産後に分泌されるため、母親は肉体的にも精神的にも重労働である乳幼児期の育児を乗り切れる、といわれる。

だが人間の感情や行動は多様かつ複雑、ホルモンですべて片付かない。筆者の場合、産後は多幸感にあふれていたからではなく、「自分がやる以外、なすすべがない」と追い詰められていたから何とか乗り切った。

むしろ妊娠中は多幸感に満ちていたが、産後は一転して絶望感に襲われて参った。子供へのありあまる愛情によって世話をしたくなり、やってあげるようなことがあったかどうか、記憶をたどってみても思い出せない。

今どこをどう切り取って思い出しても、「あの頃はつらかった~」という感想になってしまう。もっと自動的に、愛情がとめどなく溢れるのが普通なのかと思っていたが、どちらかと言えば頭の中は不安ばかり。ノイローゼ気味だったのかもしれない。

今は5歳に成長した我が子と生活し、特に悩みや不安が表面化していない家庭の安定期に入ったと言えると思うが、命、他人の人生を預かることの重責を身を持って知ったからこそ、第二子を持つことをためらい、現時点まで産まない選択をしている。

ただこれもあくまで筆者のケースであって、「無償の愛で乗り切れた」ケースの人もきっといるのだろう。それもその人のケースだ。

だから、多様な女性たちをひとくくりに「母親なんだから子供がかわいくて仕方ないはず!」と決め付けるのは乱暴が過ぎる。

その乱暴な前提に基づいて、母親業を首尾よくこなすことが求められている現在の日本社会は、少なくとも筆者にとってはわりと息苦しい。

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