アルキメデスもここに立ったであろうイオニア海を前にした良港シラクーサです。ノスタルジーにあふれた佇まいが素敵です♫

シチリア島はイタリア半島の西南に位置し、イタリア本土のカラブリア半島とはメッシーナ海峡により隔てられています。面積は日本の九州の約64%もあり、四国の約1.4倍にもなる大きな島です。

島はマルタ島を近くにして地中海のほぼ中央部に位置し、北西方向にはサルデーニャ島も浮かびます。島の北側の海はティレニア海、東側の海はイオニア海が開け、その風光明媚な景観はイタリア国内のみならず、世界中の人々に知られるところです。そして、シチリア島の東端近く、また、中心的な存在の街カターニャから北に約100㌔ほど行った海沿いにはこのシラクーサの街があります。

オルティジア島の北側に設けられた遊歩道

オルティジア島の北側に設けられた遊歩道の一角に設けられたテラス。テラスの背後にはイタリア本土が確認でき、近くにはパピレスが自生する泉や州立博物館、中世の教会などが軒を連ね、風情ある佇まいを見せています。

紀元前734年頃、ギリシアのコリントスの植民者たちが発見したと記録されるシラクーサ。土地が肥沃だったことで、それをきっかけにしギリシャ人が次々と移住したのが街の起源の発端ですが、周囲を山と海に囲まれた立地条件の良さからその後も周辺に住む多くの人々が住み着くようになり、時の経過と共に大きく街が形成されてゆきました。人が住み、街が形成されると間もなく、誰彼となくここを低湿地帯を意味するギリシャ語でシラコ(Sirako)と呼ぶようになり、いつしか“シラクーサSiracusa”と呼ばれるようになったのです。

紀元前734年頃から開かれた街は、僭主ディオニュシオス1世により統率されていましたが、紀元前4世紀初頭にはその強大な武力によってシチリア島全域を支配することに成功し、以降、年月をかけて、ゆっくりと衰退しながらも、シラクーサは常にシチリアにおけるローマ政権の首都の地位を温存し、繁栄を続けます。でも、紀元前212年、ローマ軍の侵攻により陥落します。その後、2世紀にも渡るイスラム支配が始まりますが、シラクーサは島の首都の地位をパレルモに奪われ、その後も幾多の国々からの占領を受けます。その変遷は回を重ねて少しずつ解説してゆきます。

ギリシャ神話“転身物語”の舞台となった哀しい物語が伝わる“アレトゥーザの泉”です

《シラクーサが生んだ自然哲学者アルキメデス》

街が誇る著名人は何人もいますが、その中でシラクーサがもっとも誇り、世界的にも知られる人物の一人が、自然哲学者の『アルキメデス』です。彼は古代ギリシアの数学者であり、物理学者、技術者、発明家、天文学者などの他、古代のもっとも優秀な科学者などの肩書を自慢としたマルチ人間で知られます。ですから彼はその頭を使い兵器までも設計し、しかも自分の手で造ったのです。そして、ローマ軍との戦い“第二次ポエニ戦争”では、彼が考案した兵器が大活躍。

とはいうものの軍力はローマ軍の方がはるかに強く、シラクーサ側は戦いに敗れます。そして、落城の際、アルキメデスはローマ軍の捕虜として捕えられます。でも、彼は優れた学者として既に有名人となっていましたから、攻城戦を指揮したローマの将軍マルクス・クラウディウス・マルケッルスは彼を尊重し、部下たちに彼を殺さぬよう厳命していました。ところが上からのそのお達しはすべての部下に通達されていなかったのか、あるいは下手な似顔絵だったのでしょうか、アルキメデスと気付かれずにローマ兵によって殺されてしまいます。

元マルタ騎士団の城館ベネヴェンターノ・デルボスコ”Siracusa in Sicily

元マルタ騎士団の城館ベネヴェンターノ・デルボスコは映画『マレーナ』Malènaの舞台になった広場に面して建っています。

元マルタ騎士団の城館ベネヴェンターノ・デル・ボスコ館は、元々は1600年半ばにマルタ騎士団の城館として建立されたものですが、他の建造物同様に地震で倒壊した後、バロック様式に建て直され、今見るような秀麗な姿になりました。再建されて間もない頃の1778年、ベネヴェンターノ公爵が買い取った後、名工ルチアーノ·アリによって改修され、べネヴェンターノ・デル・ボスコ館と名前も改めて再出発します。

パンカーリ広場

シラクーサ・オルティージャ島の橋を渡ってすぐのパンカーリ広場の南東端に広がる古代遺跡アポロン神殿Tempio di Apollです。

ギリシャ時代に最強を誇ったこの街には、古代遺跡が数多く点在し大切に保存されていることで、2005年には『シラクーサとパンターリカの岩壁墓地遺跡』という世界文化遺産に登録されましたが、画像はオルティージャ島の橋を渡ってすぐのパンカーリ広場に遺されている古代遺跡アポロン神殿です。神殿は紀元前6世紀末に建てられた周柱式ドーリア式で、シチリアを含むギリシャ世界で最も古い石造りの神殿と言われています。神殿はビザンチン時代に教会、アラブ時代にモスク、ノルマン時代に再び教会、16世紀のスペイン時代には兵舎に改築されるなど、時代の流れに翻弄されたばかりではなく、1693年の大地震で崩壊した後、地面の下に埋もれていましたが、1860年に発掘されました。でも、埋もれていたことにより、疲弊度が少なく、今は貴重な遺跡として大切に保存されています。

蒼く澄み渡った海原イオニア海を目の前にして、イタリア本土と出島であるオルティジア島の2つに分かれた街並みは常に爽やかな海の風に包まれ、常夏の島として四季を問わず世界中の人々が遊ぶリゾートです。また、日本人も多く訪れるシラクーサですが、その理由はアルキメデスの生誕地ということだけではなく、日本の作家『太宰治の作品“走れメロス”』のゆかりの地でもあるからです。彼についても後日解説を予定していますが、まずは素敵なイオニア海の海原と爽やかな景観をお楽しみ下さい。

そして、いつか近い将来、この街を訪れ、イオニア海から吹き渡るオレンジ色の風の中に一時身を託してください。素敵な明日を水平線の彼方に見ることができ増すから、是非。

中世の建造物に囲まれた旧市街。中世からの石畳の路地の佇まいが素敵です♫

《シラクーサの歩き方》シラクーサの町は、オルティージャ島と本土の2つに別れていて、観光名所も両方にありますが、

オルティージャ島は、車両進入禁止地区のため、徒歩での観光になります。わずか1キロ四方の小さい島です。島の内部は入り組んだ路地が多く、迷路のよう。情緒ある街並みが楽しめます。

《註:文中の歴史や年代などは各街の観光局サイト、取材時に入手したその他の資料、ウィキペディアなど参考にさせて頂いています》

(旅行ジャーナリスト・作家 市川昭子著)

★画像・記事の転載・転用、ダウンロードはお断りいたします。どうぞよろしくお願い致します。

この記事を書いたユーザー

市川昭子 このユーザーの他の記事を見る

★旅行ジャーナリストとして長い間、公私共に海外の国々を訪れ取材し滞在。美術館巡りが好きで「ヨーロッパの美術館」など著書も出版。海外ガイドブック30冊以上(フランス、イタリア、イギリス、ベルギー、オランダ、スペイン、ポルトガル、ギリシャ、ハワイ、アメリカ、香港、韓国、グアム、サイパンなどなど十数カ国のガイドブック)を取材し出版。★小説【あなたが生きた街】を出版。

得意ジャンル
  • 海外旅行
  • 国内旅行
  • カルチャー
  • コラム

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス