この「黄色い人」を覚えていますか…

ストレッチマン…(懐)。

がんこちゃん…

会社休んでストレッチマン見てる 学校休んだ感半端ない

出典 https://twitter.com

そう…NHK教育テレビを、学校を休んで見ている謎の優越感と罪悪感といったら…。

なんだか冒頭から懐かしさに浸ってしまいましたが、「黄色い人」ことストレッチマン、居ましたよね。思わず「懐かしい」と言ってしまうものの、どうやら過去の産物ではないよう。

20周年を迎え、現在も放送中だった

ストレッチ中の掛け声とともに、隕石が後方左右から飛んできていましたよね。何事もなくストレッチを続ける彼、今思えばすごい演出でした。

言われてみれば…(笑)。

「ストレッチパワーが、ここに溜まってきただろう!」

そういえばこんなセリフでお馴染みでしたよね。1999年に放送を開始した『ストレッチマン』。今も、あの番組スタイルは健在なのか…?居てもたってもいられず、早速ホームページをチェックしてみました。

「初代」ってどういうこと…

…ということはあの「黄色い人」は先代になってしまったのでしょうか。Twitterでストレッチマンを調べると、そこには思いも寄らぬ姿がアップされていました。

!?

なんか、赤いんですけど…!今、「黄色い人」はどこにいってしまったのか、そして「中の人」は何者だったのかを紐解いていくうちに、番組に込められていた真の想いが明らかになってきました。まずは、黄色い人の正体をご紹介します。

「中の人」は、19年間ストレッチマンを演じていた

19年間もストレッチマンを演じ続けた、関西の劇団・五期会の俳優である宇仁菅真(うにすが・まこと)さん

出典 http://number.bunshun.jp

宇仁菅真さんこそが、「中の人」の正体。鳥取県倉吉市出身の俳優さんで、19年間ストレッチマンを演じ続け、現在は高校での演技指導などを担当されているんだそう!

地元の観光PRムービーに出演中

出典 YouTube

現代の倉吉に400年前、伯耆国を治めていた南条伯耆守元続がタイムスリップし、地元の女子中学生とともに倉吉の観光名所を巡るというこのムービー。観光PRや招致動画としては異例のショートフィルムスタイルをとられており、ホームページでは前編・後編として公開されています。

実は『朝ドラ』に引っ張りだこだった

そして実は、宇仁菅真さんはNHKの『朝ドラ』作品に引っ張りだこ!何気なく見ていた彼は、ストレッチマンだったんですよ。そんな出演作品をご紹介すると…

『あさが来た』の“山内”はストレッチマンでした

『純と愛』では“梨田”でお馴染み

『てっぱん』では、“でんさんの息子”を演じる

出典 http://yaplog.jp

『ちりとてちん』の“担任の先生”もこなす!

いかがでしたでしょうか。何気なく見ていたドラマの一幕に、ストレッチマンこと宇仁菅真さんがいらっしゃったんですね。

そして、現在はストレッチマンを引退している宇仁菅さんのインタビュー記事を読んでいると、番組に秘められた真の想いが伺えてきました。

ストレッチマンの始まりは、1994年、NHK大阪放送局が特別支援学校向けに立ち上げた番組「グルグルパックン」の1コーナーとして、であった。以降、1番組として独立し、2013年に後続番組「ストレッチマンV(ファイブ)」へバトンタッチするまで、カルト的なヒーローとして人気を博した。

特に、全国の特別支援学校でロケを行うようになってからは、「イカかいじんコワイカ」など、メイクと着ぐるみで怪人となった先生たちとの対決を中心に熱狂的なファンをも生み出していったが、その盛り上がりの中、番組本来の趣旨が見えづらくなるという一面もあったという。

「もちろん取り上げてもらうのは嬉しいんですが、先生が扮する怪人と対決したりするのは、あくまでも枝葉の部分なんです」

出典 http://number.bunshun.jp

大きく掛け声を出していたのには理由があった

自らの身体を強く意識していなかったり、あるいは麻痺ゆえに体の部位が硬くなってしまっていたり。知的な障害、肢体不自由などを抱える子どもたちとのやりとりは、ストレッチマン=宇仁菅さんにとってもチャレンジであったはずだ。宇仁菅さんは語る。

「ストレッチでは息を止めない、無理をしない、反動をつけない、という三つが大事になります。番組では『1・2・3・4・5』と数を数えた後に、『ストレッチパワーがここに溜まってきただろう』と言いながら、筋肉を伸ばした部位を意識させます。大声で数を数えるのも、子供たちに息を止めさせないようにするためでした

出典 http://number.bunshun.jp

何気なく見ていた『ストレッチマン』は、番組趣旨として「主に知的障がいや肢体不自由などの障がいがある子どもたちに、ストレッチマンと一緒に体操をして、身体を動かす遊びをすることで、「身体を動かす楽しさ」や「学習や生活の基礎」を楽しく養ってもらうこと」を掲げられていました。

ストレッチマンが訪れている学校は、特別支援学校。そしてストレッチマンが対決する「怪人」は、特別支援学校の先生方が演じ、衣装も先生自ら作られていました。障がいがある子どもたちが身体を動かす楽しみを感じられるように。番組を通して、多くの子どもたちや大人が、伸び伸びとした身体の使い方を学べるように。『ストレッチマン』は、20年以上、この想いを実現するために放送されていました。ストレッチマンが大声で数えていたのも、れっきとした理由があったから。同シリーズは、子ども向けのバラエティではなく、特別支援学校・特別支援学級向けの学校放送番組でした。

番組、そして初代の想いを受け継ぎ、ストレッチマンは5人組へ!

こうした想いを受け継ぎ、2013年に宇仁菅真さんのストレッチマンは、“5人”に引き継がれ、『ストレッチマンV(ファイブ)』としてリニューアル!さらに2014年以降は、特別支援学校に加え、幼稚園、保育所も対象に含み、より多くの子どもたちに身体を動かす楽しさを伝える番組へとパワーアップされています。

幼稚園・保育所向けは療育指導領域、小学校・中学校・高等学校向けは特別支援学校(小学校~高等学校)及び特別支援学級(小学校~中学校)に在籍している児童生徒の養護・訓練に対応している。

出典 https://ja.wikipedia.org

現・ストレッチマン5人の正体も明らかに

宇仁菅真さん演じる、黄色い初代ストレッチマンの意志を継ぐ5人の現役ストレッチマンたち。そんな彼らの正体も明らかになりました。

レッドの正体は、あの有名芸人!

2000年に結成したお笑いコンビ「流れ星」の1人。NHK「爆笑オンエアバトル」で、20連勝の新記録を誇る。現在、各種ライブでも活躍中。

小学生の頃からお笑いが大好きで、名前に「ちゅ」が入ってるので、ネズミのマネをして爆笑をとっていた。高校の時、雨上がり決死隊のネタをそのままやったらすごくウケた、その感覚が忘れられずお笑いの道を本格的に目指すことに。お笑い芸の仲でも、体を使った「一発ギャグ」が得意。

出典 http://www.nhk.or.jp

あのお笑いコンビ「流れ星」のちゅうえいさんが、ストレッチマン レッドの正体でした。子どもたちのみならず、お笑いファンも釘付けにするのが現ストレッチマンファイブのセンターです。

ヒップホップ界を揺るがす、オレンジの素顔

オレンジをつとめるのは、ダンサーのISOPP(イソップ)さん。HIPHOPのあらゆる要素を操るブレイクダンサーであり、トータルセッション-フランスで優勝し世界一を獲得するストリートダンサーさんです。ダンスだけには留まらず、DJやヒューマンビートボックスなどもこなすマルチに輝く存在!

武術に長けたアクション俳優が、グリーンをつとめる

24歳で一念発起しアクション俳優の道へ。アクションクラブの養成部をへて、戦隊ヒーローショーのスーツアクターとしてデビュー。その後、特撮ヒーロー作品にスーツアクターとして多数参加。その他舞台俳優としても活躍、現在にいたる。

出典 https://www.nhk.or.jp

中国武術や古流武術に長けている、アクション俳優・谷口洋行さんがグリーンを担当。これらの武術は身体のスムーズな使い方を訓練するもので、ストレッチマンとしての活動にも一役買っていること間違いなしではないでしょうか。

ピンク、貴女でしたか…

なんと、“はるかぜちゃん”でお馴染みの春名風花さんがピンクを担当されていたことに驚き!女優・声優・タレントとして活動する春名さんは、0歳の頃からお母さんが書いていた育児ブログ(現在は削除)に実名で登場し、雑誌などのスチールモデルの仕事をしていたという相当なキャリアの持ち主。Twitterなどでの発言も話題を呼ぶ存在ですよね。

子どもたちに愛される、パープルの存在

1994年夏(16歳)、バイク事故で脊椎を損傷し、下半身不随となり車椅子生活になる。1996年(18歳)、高校の部活動で歌とギターに出会い、文化祭で初めて舞台に上がり、「体の芯がビリビリするほど感動して、これが俺だと思え」、音楽に本格的にのめりこむようになる。1999年(21歳)、知人が開いたバーでバーテンダーとして働き、弾き語りを始めた。ボイストレーニングを受け始め、本格的にプロのシンガーソングライターを目指す。バンドをやめ、ソロ活動に専念する。

出典 https://ja.wikipedia.org

パープルをつとめられている森圭一郎さん。事故により車椅子生活となった彼は、24歳にしてプロのシンガーソングライターとなり、ストレッチマン パープルとしても活動されています。子供たちから「ストレッチマンパープル」と頻繁に声をかけられ、笑顔でご覧の決めポーズをし、声援に応えていらっしゃるそうです。

パープルこと、森圭一郎さんが伝えたい想い

宮城県石巻市の中学校でボランティアで公演し、「人生は挫折してから始まる」と語りかけた。「以前の自分は障害に勝ってやろうと苦しんでいたが、今は障害を受け入れることができた。歩いている時と比べると、失ったものは多いが、今の方が幸せです」と言い切る。

名古屋のライブで、観客の姉妹から手紙を渡された。「あなたを必要とする人がここにいます」と書かれていた。「若い時には誰にも必要とされず、事故後は人の手助けが必要になり、情けなく思っていた。その自分が人に必要とされたことに感動した」

「死んだ方が楽」という考えは頭を時々よぎっていたが、少しずつ前向きになれたという。「『なぜ自分だけ』と思う時はあるが、きりがない。前向きになれば、小さなことでも幸せを感じられ、好循環になると分かった

自分は障害を乗り越えたんじゃなく、受け入れた。歌を聴いた人には『あるがままの自分を受け入れればいいんだ』と思ってもらえるかな

出典 https://ja.wikipedia.org

こうして、様々なフィールドで輝く5人に意志が受け継がれ、発展し続けている『ストレッチマン』。番組が始まった理由や、演じられている方ひとりひとりの想いに触れると、先代もいらっしゃる集合写真に、強く優しさに満ちた信念を感じずにはいられません。障がいがある子どもたちと、多くの大人や子どもが、みんなで伸び伸びと身体を動かしながら楽しむ。それがいかに大切なことで、忙しい日常の中で当たり前と化し、有り難みに気付けていなかったかということに、ハッとさせられます。

放送から20年以上が経過した『ストレッチマン』シリーズ。小さい頃から親しんできた番組とストレッチマンたちに、今改めて、大切なことを思い出させてもらえたように感じますね。

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