近年、学校などで行われる「組体操」の事故が問題になっています

出典 http://www.amazon.co.jp

以前から、小学校の運動会の見せ場としてお馴染みの組体操。ピラミッドなどの演目は、生徒同士の連帯感や達成感を味わう素晴らしいものとされ、地域や父兄の見学者からも好評であるとされて続いてきました。

死亡事故を含む、多数のトラブルが今まであったこの問題は、衆議院議員初鹿明博氏が、超党派の勉強会を呼びかけ、以前は地域の運動会の演目に国が口を出すのは良くないという空気があったようですが、2月の国会では初鹿氏の馳浩文部科学大臣への質疑で、「重大な問題」「今年度中に見通しを」のような、真摯に受け止められた前向きな答弁がありました。

筆者もTVで国会中継を観ましたが、この問題が前進する予感を感じましたし、各メディアも、この問題を扱うようになってきました。

今回の投稿では、ようやく動き出した「組体操問題」を、実際に経験者であり、現在は幼い子供の父親でもある筆者の意見を含む記事として、発表させて頂きます。是非最後まで宜しくどうぞお付き合い下さい。

組体操問題について、Wikipediaと、衆議院議員初鹿明博氏のHP

組み立て体操は危険が伴うため、開催者は細心の注意を払わなくてはならなく、演目上の性質として高所からの落下、及びその衝撃で上肢切断、歯牙障害、せき柱障害などの事故事例が多発していることがわかっている。1969〜2014年度の46年間に延べ9人の死亡事故と92人の後遺障害が確認されている 、1983~2013年度の31年間に学校の組み立て体操において障害の残った事故は88件発生(そのうち2012年度までの10年間で後遺症が残る事故は20件発生)。

出典 https://ja.wikipedia.org

上に引用させて頂きましたように、Wikipediaにも記載されていますが、多くの死亡事故を含む、多数の事故が発生しています。

筆者の推測ですが、擦り傷や打撲など、比較的軽傷のもので明るみに出ていない事故も多数あると思われます。

多発する事故がありながらも約半世紀に渡り、この演目に拘る意味が筆者には疑問です。

2016年2月24日
馳浩文部科学大臣に、『学校管理下における重大事故を考える議員連盟』(会長:河村建夫衆院議員、事務局長:初鹿明博)で「組み体操事故への対応についての申し入れ」を行いました。

出典 http://www.hatsushika.net

組み体操による教育的効果を評価する声もありますが、言うまでもなく、子
どもの安全を何よりも最優先に考えなくてはなりません。
教育行政について国が関与を強めることに批判の声があることも承知はして
いますが、当議員連盟は、子どもの命や安全に関わることについては住んでい
る地域によってばらつきがあって良いはずは無く、どの地域の学校に通ってい
ても子どもの安全を最優先に考え行動することが国会議員の責務であると考え、
以下の事項を文部科学大臣に申し入れします。

出典 http://www.hatsushika.net

馳浩文部科学大臣へ平成28年2月24日に提出された「学校管理下における重大事故を考える議員連盟」の書面より抜粋させて頂きましたが、河村建夫・初鹿明博両衆議院議員らの熱心な活動により、慎重な姿勢を見せていた文科省側も、動きを見せ始めるきっかけとなりました。

何故に死傷者が出続けてまで拘る演目なのでしょうか?

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筆者は、正直不思議です。組体操は見る人を感動させるということは分かります。生徒たちが一生懸命練習して、運動会当日成功させると、鳴り止まぬ拍手と感動が周囲を支配すると思います。

しかし、それは、練習中の事故が無く、当日も上手くいくという、言ってみれば「たまたま無事だった」の連続の結果なのではないでしょうか?

そもそも誰のための運動会ですか?

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運動会は決められた学校行事で、生徒の成長などを父兄等の見学者に発表し、学校がちゃんと「仕事をしていますよ」の発表の場のような気がしてしまいます。

筆者は、体が生まれつき大きく、ピラミッドは一番下の段の真ん中になりがちでした。砂利のある校庭に直接膝を付け、上には沢山の人が乗っていきます。上に人の膝が背中に当たって非常に痛いですし、何でこんなことをしないとならないのだろうか?と本当に思っていました。

最後まで上手くいけば、たまたま上手くいったと思いますが、そんなことよりも無事に終わって、二度と組体操と関わらい人生になる喜びしかありませんでした。そんな筆者は天邪鬼でしょうか?

誰の連帯感・達成感?

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筆者、これを経験して思ったことは、連帯感などではありません。筆者が一番下の段の真ん中なので、耐えて耐えて崩れず無事に終わることしか考えていませんでした。人のことより、筆者が体勢を崩して、全体が上手くいかなくなる、しかもそういう時に必ず言われた「連帯責任」に怯えていたと言えます。勿論他の人が失敗しても同じことです。「連帯責任」になりますから、結局教師に怒られるということです。

そして、やらされてやっているものですから、無事終わることが最大の喜びで、終わった後の爽快感は皆無でした。一緒に頑張った仲間との連帯感?筆者には感じられませんでした。

達成感も同じです。達成というよりは解放です。運動会が終われば組体操と関わらずに生きていける。そういう気持ちで関わった人は筆者だけではないはずです。

はっきり言うと、見に来ていた大人たちは喜んで写真を撮っていました。そして、体育系の教師こそ、教員同士の連帯感や達成感を味わっているのではありませんか?

その晩の教師達の「旨い酒」の為に筆者たちは頑張ったのかもしれません。筆者の膝は擦り切れていましたが、学校には言っていません。

喜んだのは誰?

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スポーツの得意な子、そうでない子、体の大きい子、そうでない子、腕力の強い子、そうでない子…。いろいろなタイプの生徒がそこにはいます。

従って、組体操が簡単に思う人もいます。筆者は体が大きいだけで腕力が無かったですから、非常に辛かった思い出です。勿論他の理由での「辛かった・楽だった」が個々の生徒にあると思います。

勉強の場合、理解の進度が生徒ごとに違うことに寛容だった気がしますが、運動の場合、急に教員も熱が入り「気合で頑張れ!」みたいな精神論で、個々の事情など顧みない指導がなされていたように思います。

組体操は、父兄や近隣住民の見学者に評判がいいようです。だから毎年やるのだとすれば、本末転倒だと思います。主体は生徒ではないのですね?

企業と違って、見学者はお客様ではありますがスポンサーや株主ではないのです。出来ないことをやってまで喜ばせる必要はなく、日頃の普通の成果を見て頂ければいいのではないでしょうか?その中に楽しませられる内容だってあると思いますが…。

いかがでしたか?

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生徒はやらされているだけ。感動したり達成感を味わっているのは、むしろ周りの大人じゃないか?と筆者は思います。

そして、感動や連帯感?達成感?…他の競技の中にも充分にそれらは感じ取ることが出来るはずです。

ですので、初鹿衆議院議員の直ぐにやめろと言わんばかりの主張も分かりますし、息子がこれから小学校に入った場合など、筆者の時代より難解になって高層化したといわれる組体操をやらせたくないというのがあります。

年長者の「俺たちはやった、若い奴らは安全ばかりで気合が入っていない」的な主張が聞こえてもいます。とは言え、死傷者が運動会などで出るというのはおかしくありませんか?その可能性があることをやる必要がありますか?そして、その発言に責任は持てますか?

最後までお読み頂き有難う御座います。

この記事を書いたユーザー

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東京都大田区大森生まれ。立正大学附属立正高等学校、尚美学園短期大学音楽ビジネス学科、放送大学教養学部生活福祉専攻卒業。STAY UP LATEオーナー。 ライター業と、セミナー講師、司会業も実質少々。江戸川区在住、一児の父。愛猫家。

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