学歴詐称、整形疑惑に出自も出鱈目、と世間を騒がせている“ショーンK”氏ですが、報道ステーションで観た姿は、鼻梁がすっと通り、渋い大人の色気を醸し出すイケメン、タイトなスーツをびしっと着こなし、耳に心地よい低音ヴォイス、ショーンマクアードルって名前の響きもクール、インテリらしくコメントもすらすら(一体何言ってるのか僕の頭ではさっぱりだったけど)であって、世の中には、ここまで完璧に格好いい人間がいるのかと驚嘆していたのです。

メディアが流す虚像に僕はすっかり魅了されていました。鼻を高くして欧米人みたいに振る舞い、英語を駆使して人々を騙す姿は、映画で観た「クヒオ大佐」を思い起こさせます。

それと同時に僕は、職場の同僚だったK君のこと、記憶の彼方にしまっていたK君の残像がまざまざとよみがえって来るんです。

チャンピオン

同じ会社に入ってきた青年K君は、まだ二十代前半と若く、色白で目元涼やかなイケメンで、明るい性格で頭の回転も早く、すぐに仕事を覚え、貴重な戦力となりました。しかし若く有能なのに、なんでまたこんな、定年退職したおじさんの吹き溜まり、労働基準法に違反した長時間労働の夜勤、日給月給制で驚くほどの低賃金、昇給も出世の見込みも無い仕事に甘んじているのだろう、僕は疑問をぶつけました。

「おれ、実はボクサーなんです。アマチュアの日本チャンピオンです。もうすぐプロになるんで、この会社はプロボクサーになって稼ぐまでの、あくまでつなぎの仕事です」

チャンピオン?プロボクサー?…はあ?すげえやん、お前すげえやん、自分のすぐ近くに大人物がいたことを知り、僕は自分まで偉くなったような誇らしい気持ちで一杯になりました。正直ボクシングに関する知識はほぼ皆無なんですが、仕事教えた後輩がプロボクサーでさあ、そう周囲に自慢したくてたまりません。

ただ、職場の上司に「あいつ、ボクシングのチャンピオンって知ってたんですか?すごい奴を採用しましたねえ」と語りかけると、上司は「ああ、彼ね。…まあ。その内わかるよ」と何故かため息交じりで冷淡な口調だったのです。

「今度、試合があるんですよ。テレビ中継もされる予定です」

仕事の合間に聞いた、K君の話に喰い付いた僕は、いつ?試合観に行っていい?テレビは何チャンネル?と矢継ぎ早に質問をぶつけます。

「会場はまだ調整中で…。おれが強すぎるんで相手もなかなか決まらない段階で。それから、マスコミとかマジで嫌いなんで、ほとんど情報が載らないようにジムと相談してて、もうテレビも断ろうかなって思ってて」

全く動じた素振りも見せず、淡々と冷静に言葉を紡ぐK君に、そんなもんか、と納得した僕は「試合決まったら教えてよ」とだけ伝えるのが精一杯でした。それからしばらく時間が経ちましたが、K君は何も言いません。しびれを切らした僕は、結果を聞きました。

「えー、相手がおれの強さにびびって会場に来なくて、結局、不戦勝になりました」

そのあたりから薄々感づいていました。不審に思った同僚のおじさんは、知り合いにボクシングジムに通っている人がいるそうで、K君の事を聞いたそうです。

「そんな奴、知らん!」

そう、K君は単なる嘘つき、でした。

エスカレート

K君の嘘は段々、エスカレートしていきました。ただ仕事には真面目で何でも器用にこなすし、整った顔ですらすら澱みなく繰り出される嘘には、知らない人なら油断するとコロッと騙されてしまう魔力が潜んでいるのです。

「駅前に高層タワーマンション建ちよるやん。分譲価格が四千万円らしいね。すごいね。誰が買うっちゃろ?」

「ああ、そのマンションなら先週もう契約しましたよ」

月の給料が20万円を超えることが絶対に無い会社に勤めていて、どうやって契約が成立したのでしょうか。ファイトマネーでしょうか。架空の。

「うちの息子がさ、最近ランクル買ってね」

「ふうん。おれはポルシェとレクサス持ってますけど」

高級車を二台保有しているらしいのですが、土砂降りの日でもわざわざ雨ガッパを羽織り大量の雨水を滴り落としながら、職場の駐輪場に安っぽいオレンジ色のマウンテンバイクを停める姿をみんな目撃しています。一度飲み会の帰り、K君の家まで軽自動車で送迎したらしい先輩は、車は無かったよ、と証言しました。

「いとこが剣道三段で」

「おれは剣道八段ですよ」

K君は口は上手いけれど、基本的には世間知らずだったのかもしれません。二十代前半で剣道八段なんて、修業年限の関係上、絶対に不可能です。他人より上に立ちたい、自分を大きく見せたいという歪んだ欲望が、すぐに暴かれてしまう拙い嘘をつく原因なのでしょうか。

店長としてヘッドハンティングされた、と言い残しK君は職場を去りました。プロボクサーの件は一体どう始末をつけたのか、もう職場の同僚は誰もK君の言葉を信じません。それから暫くして、郊外の大型スーパーの鮮魚コーナーで耳まで隠れる白い帽子と白い服を着用したK君をみかけた、同僚のおじさんが大して興味も無さそうに言いました。

K君はきっと耐えられなかったんだと思います。等身大のちっぽけな自分に。将来に何の見通しも無く、しがない安月給の会社で働くしか能がない自分に。

プロボクサーなんだと自分自身さえ騙して、信じて生きていたんです。映画の中では、幼少時に激しい虐待を受けた「クヒオ大佐」は辛い時に「空を見るんだ」と言い聞かせて現実逃避し、ここでは無い、どこか別の世界を見つめていました。違う自分になりきって。

横殴りの雨が降る日。

僕はバス停で、傘を広げたまま、なかなかやって来ないバスをじっと待っていました。そこへ、見覚えあるオレンジ色のマウンテンバイクが通り過ぎます。雨ガッパを羽織ったK君が、激しい雨脚に顔をしかめ下を向き、一心不乱に立ちこぎしています。

「おうい」

その声が届いたのか届かなかったのか、水しぶきを上げながら回転するマウンテンバイクの後輪とK君の背中は、駅の方角へ徐々に遠ざかっていき、交差点の向うで、やがて見えなくなりました。それが僕がK君の姿を見た最後です。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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