先日、こんなランキングを見かけました。

1位:サッカー選手

2位:医者
3位:ユーチューバー
4位:公務員

これは、大阪府内のある小学校が「4年生男子の将来の夢」を調査した結果です。

このランキングを掲載した記事では、「3位:ユーチューバー」が驚きとともに紹介されていました。

この記事を発端に、「ユーチューバーになりたいなんて、とんでもない」「最近の子どもといったら……」「日本の将来はどうなるのか」といった、批判的な論調も展開されています。

もちろん、どう思うかは個人の自由であり、意見を戦わせる気なんて毛頭ないですし、「俺の意見が100%正しいのだ」とか恐れ多いことを言うつもりもありません。

でも、率直に、なんか違和感を覚えるのです。

サッカー選手やプロ野球選手を目指すのと何が違うの?

まずひとつに、「ユーチューバーで生きていくのは、そう簡単なことでない。それを子どもたちに知らしめる必要がある」という意見があります。

子どもたちの将来を考えたとき、現実を伝えることも確かに大切でしょう。それは否定しません。

でも、「サッカー選手やプロ野球選手を目指すのと何が違うの?」と思うわけです。


というのも、今回の調査で1位にランクインにしたサッカー選手しかり、プロ野球選手しかり、その道で生計を立てていくのは至難の業です。ましてや、一生食べていける人間なんて、星の数ほどいるうちの、ほんの一握りに過ぎません。

しっかりした統計があるのかどうかは知りませんが、サッカー選手やプロ野球選手で経済的に成功するのと、ユーチューバーで経済的に成功するのとでは、確率的にそんなに違わないような気がします。

なのに、例えば、暑い夏の時期に外で汗水垂らしてサッカーや野球に打ち込むことは清いこととされ、クーラーの効いた部屋で動画のプランを考えることが不健全だとする風潮は、知的労働を軽んじ、ブラック企業がのさばる日本社会の特徴を象徴しているようにも思えます。

また、一方では「夢を追いかけることは大切だ」と教えながら、「でも、その夢は駄目」というのは、やっぱりおかしい。子どもたちは混乱するのではないでしょうか。

子どもたちの本能的な欲求を受け入れてあげたい

僕は、ちょうど小学4年生のときに「作家になりたい」と夢見て宣言しました。

親には大反対され、「そんなん無理に決まっている」と突きつけられましたが(笑)
(僕の将来を案じての発言であったことは、大人になってようやく理解できました)

なぜ、作家になりたかったのかというと、いろいろ妄想することが好きだったこともありますが、あまりアクティブな子どもではなかったため、「家の中で、肉体的にしんどいことをせずに働ける仕事っていいな」という、いわば不純な動機があったのも事実です。

でも、それから紆余曲折ありつつも、自分の中で徐々に覚悟みたいなものができてきて、作家ではないものの、一応「ものを書く」世界に身を置いて、なんとかやっていけるようになりました。

まぁ僕の話はどうでもいいんですが、言いたいことは「小学4年生の夢なんて、言っちゃ、その程度だよ」ということです。

だから、いちいち目くじら立てて怒ったり、悲観したりしなくていい。と思います。

それに、きっかけはユーチューバーでも、動画の作り方を学ぶにつれて、もっと興味が深まり、映画監督やCMプランナーを目指すようになるかもしれません。その中からカンヌで受賞するような人間が出てくる可能性だってゼロじゃないわけです。

「4年生男子の将来の夢ランキング」を掲載した記事では、ユーチューバーが犯している違法行為にも警鐘を鳴らし、子どもたちに学ばせる必要性を提言していますが、そんなことは成長とともに後から覚えればいいと個人的には思います(乱暴かもしれませんが)。

何より、子どもたちの本能的な欲求、それが大人から見たら不純なものであったとしても、それを受け入れてあげることこそ、今の教育に求められるのではないかなと思う次第です。

あなたは、どう思いますか?

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