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ド派手な衣装に身を包み、お金持ちというイメージの強いAPAホテルの社長・元谷芙美子さん。とにかくビジュアルのインパクトが強く、どんな人生を歩んできた方なのかということは、あまり知られていないのではないでしょうか。

そこで今回は元谷さんの経歴と、APAホテルの広告の秘密に迫りたいと思います。

1歳で実家が倒壊、進学も断念した少女時代

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元谷さんは昭和22年に福井県に生まれました。終戦直後に生まれたこともあり、食べるものにはかなり苦労したそうです。1歳の時に起きた福井地震では、生家が倒壊するもちょっとした奇跡が起きて、元谷さんは助かることができました。

1歳のときに起こった福井大地震でも命拾いをした。マグニチュード7.1の凄まじい揺れで元谷さんの生家も倒壊。しかし奇跡的に、寝ていた彼女の上に観音開きになった仏壇が落ちてきて、それに守られる形で助かった。

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寝ていた上にまさかの仏壇が着地!しかも観音開きになったまま落ちてきたせいで、元谷さんはケガをすることもなく助かったのです。

相当な強運の持ち主なのかもしれません。

さて、今は経営者として活躍している元谷さん…少女時代はとても聡明な女の子で、将来は教師になりたいと考えていました。

しかし、お父様が倒れたことでその夢を諦めざるを得なくなってしまったのです…。

「あきらめるしかありませんでした」

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私は高校時代、福井でも一番の進学校として知られる学校に通っていました。卒業後はお茶ノ水女子大学に進み、先生になるのが夢。

しかしちょうどその頃、働き者だった父が病気になってしまい、その夢を断念せざるを得なくなりました。特待生などの方法も考えましたが、東京で一人暮らしをするには少なからずお金がかかる。

私の大学進学によって妹たちが犠牲になるかもと考えると、あきらめるしかありませんでした。

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一家の大黒柱だったお父様が倒れたことで状況が一変してしまったのです。

どうにか特待生制度で進学できないものかとも考えるも、上京して学校に通うには難しかったため、元谷さんは高校卒業後に地元の信用金庫へ就職しました。

しかし、学ぶことを諦めていなかった元谷さんは2005年に法政大学人間環境学部を卒業、さらに早稲田大学大学院公共経営研究科の博士課程を修了し、現在では東京国際大学の客員教授になりました。

大人になってからも自分の夢を諦めず努力した結果、教師になるという夢をしっかり叶えていたのです。

ここで気になるのは、どのタイミングでAPAホテルの社長になったのかということだと思います。

実は、高校卒業後に就職した信用金庫で現在のご主人であり、APAグループ代表である元谷外志雄さんと出会い、結婚したことがターニングポイントになっていたのです。

二人三脚で作ったAPAグループ

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1970年、外志雄氏26歳、元谷さん22歳で結婚。翌年、外志雄氏は信用金庫を辞め、注文住宅販売会社『信金開発株式会社』(現・アパ株式会社)を創業した。銀行員時代に外志雄氏自身が作った長期住宅ローン制度を武器に、地元石川県で営業を始めた。

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脱サラして起業した会社が、現在のAPAグループの原点でした。

当初経理や事務を担当していた元谷さんでしたが、営業を始めるとその成績はトップになったのです。玉の輿に乗ったわけではなく、むしろ作った側なのかもしれません。

お子さんを二人育てながら、バリバリのキャリアウーマンとして働いていた裏では、こんな工夫もしていたそうです。

子どもとのコミュニケーションを絶やさなかった

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夕方、家に帰って夕食を作って子供と一緒に食べて、夜にまた出勤ということも多かったが、子供を寂しがらせないよう、手紙を書いたり、出がけに抱きしめてスキンシップを絶やさないように心がけた。

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営業はお客様のスケジュールに合わせなくてはなりません。そのため商談が行われるのが夜ということもあったようで、お子さんのことを考えて手紙を書いたりするようにしていたのです。

懸命に働く元谷さんの背中を見て育った二人のお子さんは、現在APAグループの役員として活躍されています。

やがてバブルが崩壊するも、APAグループは順調に事業を拡大し、元谷さんはホテル事業を任されることになりました。これが広く知られる「APAホテルの社長」の誕生です。

APAホテル=元谷さんというイメージはずいぶん前から定着していますが、この宣伝方法を始めた当時は色々と問題も起きていたようで…

「やめてくれ」と苦情が殺到した広告…

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1994年、社長就任直後のことだ。「私が社長です」のコピーとともに、派手な帽子に花柄のスーツをまとって微笑む彼女の顔が、新聞を開けば一面広告に、電車に乗れば中吊り広告にまでお目見えし、そのインパクトたるや大変なものだった。おかげで本社には電話や手紙が殺到。ほとんどが「やめてくれ」という内容の抗議だった。

でも、元谷さんはまったくめげなかった。

「狙い通りだな。来たな、来たなって嬉しかった。だって、それだけ注目されたってことでしょ」

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苦情の数は元谷さんへの注目度だと受け止めていたため、ご本人は悲しむどころか喜んでいたのです。

今でこそ炎上商法というものが広く知られるようになりましたが、元谷さんのプロモーションはその元祖とも言えるのではないでしょうか。

そして苦情に対しては、予想外の対応をしていたのです。

手紙で苦情を寄せた人には、「おかげさまで頑張ってます」とお礼の手紙を書き、ホテルの無料宿泊券を同封した。

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苦情に対して「無料宿泊券」をプレゼント…敵に塩を送るかのような神対応としか言えません。泊ってもらう機会を与え、あわよくばリピーターになってもらおうということでしょう。批判を受けてもチャンスに変えようとするこの発想には、感服するばかりです。

ホテルの広告だけではなく、販売するグッズにも元谷さんの写真は広く使われており、ツイッターには宿泊客の方がアップしたAPAグッズがたくさんありました。

一体どんなものがあるのでしょう?

こんなにあったんだ…

ミネラルウォーターに元谷さん…。

うまい棒にも元谷さん…あ、たこ焼き味だ。

カップ麺にも元谷さん…。

カレーにも元谷さんが!しかもモンド・セレクション受賞してますよ。

ちなみに、カレーはAPAホテル以外の場所でも手に入れることができます。

元谷さんの息子さんが中央大学のOBという縁から、学食で提供されているとのこと。この春から中央大学に進学する方、召し上がってみてはいかがでしょうか。

おまけ

元谷さん、実は歌手としても活動しており、過去に「藤の舞」という曲を発表しています。3月3日には、新曲「能登の夜叉」がリリースされました。

一部のAPAホテルのフロント、APAホテルの通販サイトから購入できます。

イメージとは違い、元谷さんは地道な努力を続ける堅実な女性でした。

自らをアイコンに、自社の拡大を図るその姿勢は「全責任は自分が取る」という覚悟の現れにも思えます。

今後どんなプロモーションが飛び出すのか、楽しみにしたいですね。

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