幕末期といえば歴史好きは勿論、歴史に興味のない人でも何人かこの時代に活躍した人物の名前を挙げられるくらい浸透してる時代です。
その幕末期は様々な人物が歴史の表舞台に出てきたのですが、その中で現代でも「かっこいい!」といわれる人物を何人かご紹介したいと思います。

土方歳三

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土方 歳三(ひじかた としぞう)は、幕末期の幕臣、新選組副長。諱は義豊、雅号は豊玉、家紋は左三つ巴。
新選組時代には、局長・近藤勇の補佐役として数々の事件で武名を顕し、また隊内に厳正な規律を実施して鬼の副長と称され、剣豪揃いの隊士たちにも恐れられた。戊辰戦争では旧幕軍側指揮官の一人として各地を転戦し、またいわゆる「蝦夷共和国」では軍事治安部門の責任者に任ぜられて軍才を揮った。明治2年5月11日、戊辰戦争の最後の戦場だった箱館五稜郭防衛戦にて戦死。享年35

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幕末期のイケメンといえば筆頭に名前が挙がるのは「鬼の副長」こと土方歳三。司馬遼太郎の小説でもお馴染みの人物で洋装もビシっと着こなしています。

徳川慶喜

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徳川 慶喜(とくがわ よしのぶ)は、江戸幕府第15代征夷大将軍(在職:慶応3年(1867年) ‐ 慶応4年(1868年))。江戸幕府最後の将軍であり、歴史上征夷大将軍に任じられた最後の人物。
御三卿一橋徳川家の第9代当主として将軍後見職・禁裏御守衛総督など要職を務めた後に徳川宗家を相続、第15代将軍に就任。大政奉還や新政府軍への江戸開城を行なった。明治維新後に従一位勲一等公爵、貴族院議員。

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徳川最後の将軍である徳川慶喜もイケメンです。当時も来日した外国人から容姿端麗で物腰も柔らかい人物として紹介されていたそうです。

中岡慎太郎

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中岡 慎太郎(なかおか しんたろう、天保9年4月13日(新暦・1838年5月6日) - 慶応3年11月17日(新暦・1867年12月12日))は、日本の志士(活動家)。陸援隊隊長。名は道正。通称ははじめ福太郎(福五郎とも)、光次、のち慎太郎。号は遠山・迂山など。変名は石川清之助(誠之助)など。贈正四位(1891年(明治24年)4月8日)。

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坂本龍馬の盟友で竜馬と共に薩長同盟を成し遂げた人物である中岡慎太郎もイケメンです。この写真の笑顔にやられてしまう女性は多いかと思われます。

桂小五郎(木戸孝允)

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木戸 孝允 / 桂 小五郎(きど たかよし / かつら こごろう、天保4年6月26日(1833年8月11日) - 明治10年(1877年)5月26日)は、日本の武士(長州藩士)、政治家。位階勲等は贈従一位勲一等。名の孝允は「こういん」と有職読みされることもある。

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維新三傑の一人桂小五郎もイケメンです。何せ奥さまは当時京都で一番の美女と謳われた幾松ですがこのルックスなら納得でしょう。因みに長州藩士は京都で遊ぶ時はお金をじゃんじゃん使って遊んでいたらしいです。

勝海舟

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勝 海舟(かつ かいしゅう) / 勝 安芳(かつ やすよし、文政6年1月30日(1823年3月12日) - 明治32年(1899年)1月19日)は、江戸時代末期(幕末)から明治時代初期の武士(幕臣)、政治家。位階勲等爵位は正二位勲一等伯爵。山岡鉄舟、高橋泥舟と共に「幕末の三舟」と呼ばれる。

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坂本龍馬の師匠として知られている勝海舟もこれまたイケメンです。勝海舟は歯に衣を着せぬ物言いで敵も多かったそうですが維新後は旧幕府の御家人達の再就職支援をなどもして面倒見の良い面もあります。

島津珍彦

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島津 珍彦(しまづ うずひこ、天保15年10月22日(1844年12月1日) - 明治43年(1910年)6月16日)は、幕末薩摩藩の藩主一門。明治期には華族(男爵)に列し、侍従、貴族院議員。

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薩摩の藩主だった島津久光の息子である島津珍彦です。父の久光は割りと

のっぺりとした顔ですが父と違って目鼻立ちがくっきりとしたイケメンです。名前は「うずひこ」ですのでお間違えなきよう。

大鳥圭介

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大鳥 圭介(おおとり けいすけ、天保4年2月25日(1833年4月14日) - 明治44年(1911年)6月15日)は、日本の西洋軍学者、幕臣、軍人、官僚、外交官。正二位勲一等男爵。家紋は鶴の丸。

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戊辰戦争で土方歳三共に新政府軍と最後まで戦った大鳥圭介も容姿淡麗の美青年でした。維新後はセメントやガラス、造船、紡績などの整備に携わり殖産興業政策の一翼を担いました。

奥平昌遭

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奥平 昌高(おくだいら まさたか)は、豊前中津藩第5代藩主。中津藩奥平家9代。「蘭癖大名」の一人として知られている。

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中津藩の藩主だった奥平昌高は藩主らしからぬ行動をしていたことでも有名です。特にシーボルトとの交流は熱心で蘭学を学び、蘭学から西洋文化や西洋科学を導入した人物ですがかっこいいですね。

水野忠敬

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水野 忠敬(みずの ただのり)は、駿河沼津藩の第8代藩主。のちに上総菊間藩主。沼津藩水野家15代。

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旧幕府の親藩大名だった水野忠敬も昭和の銀幕スターを思わせる整った顔立ちです。維新後は一時期藩知事(今でいう県知事)を務めてましたが廃藩置県後は免職となり57歳で亡くなりました。

織田信福

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織田信福(おだのぶよし)は

万延元年(1860)2月9日高知県西部宿毛の生まれで、初名は「羽田馬三郎」です。
明治元年(1868)には宿毛の伊賀家の家臣として羽田馬三郎の名があります。明治6年(1873)12月28日には、幡多郡宿毛村第208 番小学下等小学第七級を卒業しています。証書には「羽田信福」13歳9ヶ月とあります。

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自由民権運動にも参加して爆弾を持って上京したことあるそうですが、明治18年に歯科医師となり、歯科医院を高知に開きました。その歯科医院は今でも「織田歯科医院」として残っています。

あの人物は入らないの?

如何でしたでしょう?どれもこれもイケメン揃いだったかと思います。ここまで見てくれた方で「沖田総司は入らない?」と不思議に思った方もいるでしょう。幕末期でイケメンの代名詞的存在である沖田総司なのですが、実は写真は残っていなくて肖像画を見ますと

こちらになります。こういっては失礼ですがイケメンの部類には入らないでしょう。しかしこの肖像画も本人の肖像画ではないという説がありまして、沖田総司の本当の顔は今のところ正しい資料が見つかっていないという説もありますので今回沖田総司は入れませんでした。
いつか沖田総司の本当の顔が載っている資料が見つかるといいですね。


しかし幕末期のイケメンたちは顔だけでなく心も器もイケメンな人が多かった。それだけは間違いないでしょう。

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