背中にリュックを背負い、柔らかそうなキャメル色のチェスターコートを羽織り、足元はニューバランスのスニーカーを合わせた、そんなスタイル、街へ繰り出せば、つい先日、恋愛対象ではない、お兄ちゃんにしか見えん、と至極あっさりかなり呆気なく袖にされてしまった、あのうら若き二十代女子と瓜二つのファッションスタイルの女の子に目が奪われ、はあ、と遣る瀬無い深いため息をついてしまうのです。と、雑踏の中、良く見れば前述のスタイル、キャメルというのかベージュ色のどれも似たようなコートを着た有象無象の若い女子は、街に無数に蠢いておるのに気づきます。

(なんだ、ただの流行だったのか…)

何度溜息を漏らしても追い付かない数です。孤独な三十路独身男性たる私が岡惚れしたあの子のファッションスタイルは、非常に没個性的で、みんなと同じなのがいい、違ったら恥ずかしい、流行に乗り遅れたくない、陳腐な世間の掟に従った愚劣な装いに過ぎなかったようです。

(ケッ!なんの個性も無い女だ。自分が無いんだな。無だよ、無。中身が空っぽなんだよ。己の嗜好さえも、所詮誰かに操られているのに気付いていない。そんな低脳丸出しの女なんて、こっちから願い下げだっつーの。俺からフッたっつーの。ちょいと先越されたけどさ。ばーか。ああ、よかったよかった。俺、ラッキー!)

胸中で悪し様に罵りますが、蟠った呪詛のセンテンス、それは如何にも負け惜しみ全開で意味不明な戯言、単なる八つ当たりの卑劣な言辞以外の何でもないようであり、私の体内を叩いてみれば、なんだか哀しい音が銅鑼のように鳴り響くのです。

そして、街中でイチャつくカップルに対して、殺意さえ抱いてしまうのでした…。

破裂音

(ああ、折角の休日、無駄につかったー)

或る意味、清々しい気持ちで、何もやる気がせず休日の昼下がりに入ったマンガ喫茶を出ます。いつまでゴール引っ張るんだ、と感心する自転車レース漫画「弱虫ペダル」を一気に読破して、地下にある店から、ゆるい螺旋階段をつかい外に出ようとすると、辺りは既に夕方でうっすら暗くなりかけていました。

(…ぴちゃ…ぺちゃ…)

頭上から音が聴こえました。雨粒がアスファルトを叩き砕ける音でしょうか、天気予報では今日は降水確率ゼロパーセントの筈でした。面妖な、私は訝しい思いで、階段の先へ視線を向けました。

「ぴっちゃぺっちゃぴっちゃぺっちゃっぴっちゃっちゃ…」

高校生カップルが階段の隅で抱き合い、ディープキッスをかましていました。目を瞑り入念に互いの舌を絡ませ熱中しています。唾液を交換し混ざり合う際に生じる情欲にまみれた怠惰な音の響きを存分に楽しんでいるようです。ともに制服姿で、ゴリラみたいな男と小柄な狸みたいな女の組み合わせでした。野球部らしきエナメルバッグを襷掛けしたゴリラは、きっと5番ファーストで狸は尻軽マネージャー、といった所でしょう。

(馬鹿野郎!てめえら、俺がディープキッスさせて貰うのに、店で一体いくらかかるのか知ってんのか!)

私は財布を開き残額を確認しました。股間はテトラポッドで、ジーパンを突き破る勢いに屹立しており、完全に興奮状態でした。しかし、制服姿の女性が奉仕して呉れる店舗へ支払うに足る黄白は、残念ながら其処には入って無かったのです。

今日は仕事じゃないから

イカで有名な観光地に、一人で訪れました。長渕剛の名曲JEEPを聴きながら、俺は今海を見に行くところさ、とご機嫌なドライブです。岬にある、そこまでガッツリ観光客向けでは無さそうな、少し鄙びた食堂に入りました。折角だから奮発して千五百円もするイカ丼を注文します。というより、それが一番安いものだったからです。

「~さん、この前課長がですねエ、なんかあ…めっちゃあ…わたしおー」

客がまばらな店の奥に、一組の男女が差し向かいで喋っていました。男性は三十代、女性は二十代中盤くらいでしょう。整髪料をべっとり今時なツーブロックに頭を刈り上げ、濃紺のジャケットに、踝が見える丈が短いズボンを履き、左手首に馬鹿みたいにでっかい時計を巻いた、仕事が出来る男の休日スタイルな出で立ちの男性は、化粧が厚く顔の表面積が大きな猫撫で声の女性の脈絡がない話を、うんうん、頷きながら耳を傾けています。

「あのさ。今日は仕事じゃないから。敬語はやめよう」

男性の言葉に、女性は頬を赤く染め、媚びを含んだ恥ずかしそうな表情で黙り俯きました。私は男性の左手薬指に嵌まった指輪を見逃しません。

(おやおや。不倫、ですかい?社内恋愛、ですかい?アバンチュール、ですかい?真昼間からお盛んですねえ。イカ喰って、イカ臭え液体をでっけえ顔にぶち撒けよう、って魂胆なのかい、この野郎!羨ましいぞ)

憮然と店を出た私は海辺に体育座り、波の音を聞きながら、砂で団子を作り、海に向かって何度か投げて、すぐに飽きたのです。

グラインド

人もまばら、というより誰もいない無人駅で最終列車の到着を待っていました。まだ時間もあるし寒いので、駅舎の外にある自動販売機で缶コーヒーでも買うかと、ホームから出ました。自販機を目指し歩いていると、ぎょっとして立ち止まってしまいます。自販機横のベンチに人間がいました。男女二人でした。

女性は私に背を向ける格好で、男性に跨っています。腰を、ぐいぐい、押し付ける様に、艶めかしく動かしています。短いスカートと黒いロングブーツの隙間から覗く、むっちりした白い生足に劣情を駆り立てられてしまいます。男性の両手の指が大きなヒップに食い込ませるようにがっしり掴まれています。

(はあ?なに、こんな田舎で。地元の高校生?お前ら…オカズにしてやろうか!)

ごとん、という缶コーヒーが落ちる音に反応したように、跨っていた女性がびくっと動きを止め、私の方を振り向きます。目尻に無数の皺が走り、頬肉がだらしなく垂れ下がった、二重顎のやつれた顔をしていました。

おばさんでした。格好だけ若い、おばさん、でした。多分、五十路に近い雰囲気でした。

(中止!中止!オカズNG!)

家に着いた私はパーソナルコンピューターを立ち上げ、お口直しとばかりに、卑猥な動画の検索に精を出すのでした。

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男は久留米という砂漠の中の一粒の砂であり、クルマ、金、女に縁がないライター志望の孤独で吝嗇な三十路だった…http://ameblo.jp/kt660cc http://tabelog.com/rvwr/002224433/

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