母「今日ごはんは?」
私「うーん。わかんない、多分家で食べる」
夕方になって
私「ごめん、やっぱり友達と食べて帰る」

こんなやりとり。学生時代には当たり前にありました。当時はこのようなやりとりに悪気なんてなく、むしろ毎日ごはんはいるかいらないかを確認してくる母に対して「面倒臭い」とか「どっちでもいい」と思うこともありました。

主婦になって

ところが、結婚し主婦になり母になって私は母に対して上記のやりとりをしてきたことに大変後悔しました。というのも主婦になった私が最も苦痛に感じるのが「日々の献立を考えること」だったからです。

もともと料理が得意ではない私。自分1人なら正直、納豆ご飯とかレトルトとかお弁当を買って食べる、もしくは1食くらい食べなくてもいいかな〜なんて感じで生活していたと思います。しかし、夫や子どもにそうするわけにはいきません。数少ないレパートリーの中から栄養のバランスを考えて献立を組み、レシピ本や携帯を使って料理をする日々。

朝食を食べながら、昼食、夕食、翌日の朝食も考え、買い出しに必要な食材を書き出す。本当に毎日多くの時間「ご飯はどうしよう」と考えているような気がします。もう「生きるためにごはんを作るのか、ごはんを作るために生きているのか」なんて思ってみたり…笑

報われないことも多い

それだけ毎日考え、せっせと食事を用意してもなかなか食が進まない子ども達。「これ好きじゃない」と言われたり残されたりすることも時々あります。「家で食べる」と言っていた夫が夕方になって急に「仕事の飲み会が入った」という日もあります。

頭では仕方ないと分かっていても「こっちは頑張って作ってるのにどうして⁉︎」という怒りと虚しさが込み上げるときがあります。そんな時、母も毎日こんな気持ちだったのかなと思うようになりました。

食べてくれる人がいるから

献立を考えることや毎日食事を作っていることに「面倒くさい」とか「大変」と思うこと、すごくあります。それでも作り続けるのは、そのご飯を楽しみにして「おいしい」と食べてくれる人がいるから。本当にそれに尽きると思います(料理がさほど得意ではない私は特に)。

だから、もし帰るとそこに温かい食事が当たり前に出てくるのなら、毎日「ご飯はいる?」と聞いてくれる人がいるのなら、そのありがたさと温かさに気付いてほしいのです。「おいしいよ」「ありがとう」の言葉を惜しみなく使ってほしいのです。

今できる母への感謝

今でも時々実家に帰ると私の大好物を用意していてくれる母。自分が主婦になってから食べる母のご飯、誰かが用意してくれた食事がこんなにありがたく美味しいものだったのかと思うようになりました。母は言います。「毎日4人の子どもたちのご飯の事ばかり考えて食費にも悩まされたけど、やっぱりあなた達が喜んで食べてくれたから作れてたのよね。今パパと2人になったら外食も増えちゃったものね」と。

「あの頃はお米を何キロ買ってたのよ」「みんなの好物を順番に作ったっけね」と嬉しそうに過去の食事事情を話す母の話を「へぇ!」「ほんとすごいよ、尊敬する」「ごはん毎日美味しかったよ」「ありがとう」と言いながら聞いている私です。

この記事を書いたユーザー

ひぃ このユーザーの他の記事を見る

5歳(男)、4歳(女)、1歳(男)の3人の子ども達の育児に奮闘中の主婦です!
母になって、日々思うこと、感じることを書き綴っていけたらいいなぁと思っています♡

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス