ある年の、冬

ある冬の日の夕暮れ時。買い物帰りの私は、思わず立ち止まってしまいました。

坂道を駆け下りてくる女性が、あまりにも薄着だったからです。空は鈍色今にも白い欠片が舞い落ちてきそうな気配なのに、その女性は薄い水色のセーターに茶色のスカート、くるぶしまでのソックスにサンダル履き。

そして腕に荷物を大切そうに抱えて……というか、抱きしめています。じっと見つめるこちらの視線に気付くこともなく、女性は駆け抜けていきます。すれちがった瞬間、思わず私は

「あ……」と声を上げてしまいました。

その方――70代くらいの小柄な女性がしっかり抱きかかえていたのは、生まれてまだ数か月(半年にも満たない)と思われる赤ちゃん。タオルでくるんだ上からカーディガンでさらに包まれた赤ちゃんでした。薄着だったのは赤ちゃんにかけてあげていたから、だったのです。その女性は、腕の中の赤ちゃんにずっと声をかけています。

「大丈夫だよ、ばぁちゃんが先生のとこに連れて行ってあげるからね」


きっと、突然赤ちゃんが体調を崩してしまったのでしょう。孫――もしかしたらひ孫かもしれません――をしっかり抱きしめたお祖母ちゃんは、そのまま坂道を駆け下り、近くの病院へ続く道を曲がっていきました。その力強さ。大ベテランの「母」の姿でした。

数か月後。

それから季節は夏になり――。

炎天下買い物に出かけた私は、スーパーを出たところで、ぎらつくお天道様を恨めし気に睨み付けていました。と、そこで、タッタッタッ……と軽快な足音と、車輪が転がる音が。こんなクソ暑い中を走るモノ好きは誰だ……とそっちを見た瞬間!

「あ!」

見覚えのあるお祖母ちゃんが、走っている――。そうです。例の、カーディガンで赤ちゃんをくるんで走っていたおばあちゃんが、炎天下、ベビーカーを押して走っているのです。白いTシャツにひざ丈のスカート。足元はやっぱりくるぶしまでのソックスにサンダル履き。

「大丈夫だよ、すぐ病院だからね!」

ベビーカーの赤ちゃんには日が当たらないよう、スカーフのようなものがかかっていますが、日傘も帽子も持っていないおばあちゃんの首筋には、汗がびっしり!

最新式の、頑丈なつくりのベビーカーはその小柄なお祖母ちゃんには大きすぎる感じもあります。ですが、まったく危なげなくベビーカーを操作し、線路や横断歩道を難なく渡っていくその姿。

「ああ、いつもこうやって、お散歩してるんだな」

とわかる、とても頼もしい後姿です。ベビーカーには小さな袋がぶら下がっています。
そこにはきっと、赤ちゃんの飲み物が入っているでしょう。でもおばあちゃんの飲み物や上着やタオルは……入っていない気がしました。

三度目の遭遇。

それからときは流れて、初冬。再び、そのお祖母ちゃんを見かけました。今度は、背中に赤ちゃんを背負っていました。ケープをすっぽりと着ていたので服装はわかりませんが、足元は相変わらずくるぶしまでのソックスにサンダル。小走りで向かう先は、きっと病院でしょう。これまでと同じように「大丈夫だからね」と声をかけながら、走っています。

そのお祖母ちゃん、決して体格は大きくありません。小柄で細く、華奢なのです。
しかし、赤ちゃんを抱きかかえる腕のしっかりしていること。地面を蹴る足の力強いこと。どこのどなたかもわかりませんが「この子は絶対に私が守る。絶対に病院へ連れていく」という断固たる思いが伝わってきます。

薄着で走った翌日は、お風邪を召されたでしょうし、足も痛かったと思います。炎天下を走った後は、脱水症状気味になったかもしれません。それでも、お祖母ちゃんはきっと、孫のためになりふり構わず走るのでしょう。

そしてつい先日。お祖母ちゃんがずっと走って守ってきたであろう子供が、お祖母ちゃんと一緒に公園で遊んでいました。はじめて走っていないお祖母ちゃんを見ましたが、なんとも優しそうなお顔でした。

思わず服装や足元を確認してしまいましたが……ちゃんと厚手の上着を着てブーツを履いていらして、安心したのは内緒です。いつまでも元気で走って……いえ、お孫さんと仲良く過ごしてほしいと思いました。

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