駐車場にある障がい者用スペース

Licensed by gettyimages ®

障がい者マークがある場所は当然「障がい者」用の駐車場スペース。最近ではこのマークを無視して健常者でも駐車する人がいるために、判断が非常に難しいと言われています。「あの人、障がい者のようには見えない」というのはあくまでも見た人の判断であって、それが正しいかどうかはわからないこと。

実は、日本のショッピングモールの駐車場で嫌な経験をしたことがある筆者。筆者の父は障がい者手帳を持っています。でも車に乗っていると見た目はわかりません。その時、母が運転し筆者が助手席に乗っていました。父は後部座席に。

障がい者を同乗しているにも関わらず、第3者からは全員が健常者と見られたために障がい者用スペースに駐車したら、前を通り過ぎようとした女性ドライバーから、いかにも「あんた何してんのよ。そんなところに止めるんじゃないわよ。」と言わんばかりの視線を車の中から投げかけてこられ、非常に不愉快な思いをした経験があります。

日本でもどこでも障がい者手帳があるために、それを車内の見える場所に置いて駐車して置くというのが一番いいようなのですが、それをしてもしなくてもやはり第3者が勝手に判断するのは良くないと思うのです。

こういう経験は少なからず、障がい者もしくは障がい者を同乗しているドライバーにはあることなのでしょう。酷い場合は置き手紙までされるというケースも。

ある置き手紙にひどく傷ついた女性

出典 http://metro.co.uk

過去にも、障がい者の女の子がそうとは思われずに障がい者用スペースに駐車したことを批判され、傷ついたと訴える出来事がありました。そして今回もまた、勝手な判断により深く傷つけられた人がいるのです。

貴女方、どうも健常者のようですね。ここは障がい者用の駐車スペースなので、間違って駐車されてますよ。お願いですから、あなた達よりもほんの少し恵まれない人たちの為にスペースを開けておいてください。お願いします。

出典 http://metro.co.uk

この置き手紙をした人は、一応は丁寧な書き方で障がい者の人達の味方を匂わせています。それはいいことだと思う一方でやはり見た目ではわかりにくい障がい者を勝手に健常者だと判断したのは間違いではないでしょうか。

この置き手紙を受け取った車の女性。今後、こういうことが他の人にも起こらないようにとFacebookで自分の意見をシェアしました。

「次は私の番です。一言言わせて頂くわ」

Licensed by gettyimages ®

Facebookには、その女性が「エーラス・ダンロス症候群」を患っていることが綴られていました。

エーラス・ダンロス症候群(EDS:Ehlers-Danlos syndrome)は、皮膚、関節、血管など全身的な結合組織の脆弱性に基づく遺伝性疾患である。皮膚の脆弱性(容易に裂ける、萎縮性瘢痕をきたす)、関節の脆弱性(柔軟、脱臼しやすい)、血管の脆弱性(内出血しやすい)、心臓弁の逸脱・逆流、上行大動脈拡張を呈する。関節型EDSにおいては、関節の脆弱性が中心(脱臼・亜脱臼、慢性疼痛)である。血管型EDSにおいては、動脈解離・瘤・破裂、腸管破裂、子宮破裂といった重篤な合併症を呈するとともに、小関節の弛緩、特徴的顔貌、皮下静脈の透見などの身体的特徴がある。

出典 http://www.nanbyou.or.jp

体内のコラーゲン不足が原因で起こる先天性の疾患で、見た目にはわかりにくいのですが本人にとっては非常に辛いもの。日本では難病指定されていて2万人の患者がいると推定されています。

「あなたのメモを見て泣きました。あなたは、私が日々どんな思いでこの疾患と闘っているか想像もつかないでしょう。」とその女性は綴りました。「あなたが見たのはあくまでも外側だけ。体の内側で起こっていることなんて見えるわけないでしょう。

でも、私は、身体は弱くても心は強いんです。今後このような置き手紙をする前に、その人を知るようにしてください。どうか見た目で人を判断しないでください。エーラス・ダンロス症候群という疾患を聞いたことがない人たちのために、SNSを通して知ってもらいたいと思い、あなたの手紙を投稿します。」

Licensed by gettyimages ®

これを見たユーザーからは「この女性は障がい者だっていうマークを車につけておかなかったんじゃないか」という意見もありました。「置き手紙をした人はあくまでも障がい者のことを考えてのこと」だとも。

それでもこの女性は実際に障がい者であったために深く傷ついてしまうことになったのです。障がい者用のマークがあろうがなかろうが、このような置き手紙をするということは人の心を深く傷つけてしまう可能性があるのだということを、今一度健常者の人達に認識してもらう必要があるのでは、と思います。

障がい者のことを思って「置き手紙」をするような人は確かにありがたい存在。本当に健常者が障がい者用スペースに止めることもあるわけですから、健常者がこういう置き手紙をされれば恥ずかしい思いをすることでしょう。

でも障がい者にとっては、健常者が発したその一言、たった一文でも重いものなのです。「健常者のように見える」けれどもそうじゃないという悲しみを心に植え付けてしまうことほど残酷なことはありません。でも、だからこそ、行動にする前に「待った」をかけることが障がい者にとって公平なのではと思う筆者です。あなたはどう思いますか?

この記事を書いたユーザー

Mayo このユーザーの他の記事を見る

公式プラチナライター。イギリス在住22年目。いつも読んで下さる皆さんに感謝。Twitterアカウントは@mayonesque18です。よろしくお願いします。

得意ジャンル
  • 話題
  • 社会問題
  • 動物
  • 海外旅行
  • 育児
  • テレビ
  • カルチャー
  • 美容、健康
  • ファッション
  • 感動
  • コラム
  • おもしろ

権利侵害申告はこちら

Spotlightのライターなら1記事最大3000円もらえる!日本最大級メディアでライターデビューのチャンス