90歳代の高齢者がドクターヘリを要請したことに対し、作家の曽野綾子さんが1月24日付の産経新聞で「何が何でも生きようとする利己的な年寄りが増えた」とコラムに記載されました。

それを受けて「週刊ポスト」2月12日号では、記事のタイトルを「高齢者は ‟適当な時に死ぬ義務” を忘れていませんか?」と付けました。

欧米では「寝たきり老人」はいない。

曽我綾子さんのコラムや ”適当な時に死ぬ義務” というタイトルに対して、賛否両論が飛び交い、ちょっとした騒ぎとなっているようです。

しかし欧米では「寝たきり老人」はいない。ということは知っておきたい事実でしょう。また、イギリスやデンマーク、スウェーデンでは、高齢者に「胃ろう」を作って延命を図るということは、ほとんどありません。

胃や腸にチューブを入れて栄養補給している人のうち、認知症の人の割合は日本は15%ですが英国は2%です。(数値出典:朝日新聞apital 2015年12月7日付記事)

自力で食事ができなくなった高齢者の延命のために、おなかに管を入れて栄養分を注入する「胃ろう」を作るのは、日本だけと言えます。また、ニュージーランドでは75歳以上の高齢者が病気になった場合は、治療をしないで自然に任せるそうです。
(参考:msnニュース、ダイヤモンドオンライン)

救急車を呼ぶということの意味

救急車を呼ぶ=日本では119番通報をするということは、延命を希望するということです。具合が悪いから119番する、と考えがちですが、そうではないのです。

延命してほしいから・命を助けてほしいから、119番して救急車を呼んで救命センターへ搬送される。119番=救命・延命というのが救急隊員や救命センターなどの医療スタッフ側の考えです。

救命センターに搬送された以上は、心臓マッサージや気管内挿管や点滴などが行われます。「延命治療を望んでいない人は、119番をしないこと」と言う医師も多いのです。

しかし実際のところ、高齢者が倒れた時、駆けつけて来てくれるかかりつけ医を事前に確保しておく必要があります。救急車を呼ばずに何もしないで亡くなった場合、家族が殺人犯だと疑われることもないとは言えません。

そのようなことを避けるためやどうしたらよいのか判らずに、とりあえずは救急車だ!と119番するというケースも多いようです。救命センターで管だらけになった親を見て、「お母さんは管だらけになるのを望んでいなかったのに・・・・」と思った人も結構いるでしょう。

しかし救急車を呼んだ=このような処置を依頼した、ということなのです。今回は救急車ではなくドクターヘリでした。救急車以上に経費がかかります。それも、議論となった一因でしょう。

曽野綾子さんの発言も週刊ポストの発言も、やや過激な感じはしますが、考える機会を読者に与えたのではないでしょうか?

非常に難しい重い問題だと思います。賛否両論あって当然でしょう。騒ぎとなるのも当然でしょう。「命」という重いものに対する発言だから・・・
どのように生きるのか・・・どのように死ぬのか・・・

それは人にとって永遠のテーマなのかもしれません。

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4度の手術に膠原病でバツイチで・・・と波乱万丈の人生ですが、”人生に喜びや笑いを添付したら結果は出るはず!”という「喜笑添結」で毎日を過ごしています。

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